158話 ポロとの再会
セシルグニムを覆う結界の前で、突如跡形もなく消失した魔導飛行船。
だが直後、結界を通り抜けた先で機体は再び姿を現した。
船自体に損傷はなく、また、船内にいる皆も何事もなかったかのように無傷であり。
ただ一瞬だけ、体の感覚が無くなり、転移魔法で移動したような、妙な浮遊感だけが残った。
「今、何したの?」
突然の違和感を不思議に思い、リミナはポロに尋ねると。
「空間魔法の一種だよ。結界に触れる瞬間、船と一緒に僕らの物質概念、つまり体を一時的に消滅させたんだ」
「え、なんか今サラッと怖いこと言わなかった?」
「大丈夫、完全に消えるわけじゃないから。ただ空間の壁をすり抜けただけ」
と、笑いながら言うポロに、先程の信頼を訂正したい気持ちになるリミナ。
「それよりリミナ、本当にいいの? これは業務外だし、君には関係のない戦いになるけど」
念の為の確認とばかりにポロは彼女に尋ねると。
「関係なくはないでしょ。城が落とされたら報酬もらえないし……それに、友達の王女様を手助けするのに、理由はいらないでしょ?」
概ね予想通りの返答に、ポロは微笑を浮かべる。
「聞くまでもなかったね。僕、リミナのそういうとこ好きだよ」
「あ~ら、急に惚れちゃった? けど残念、アタシちんちくりんなお子様よりも、筋肉質な男らしい男性のほうが好みなの」
「そうなんだ。僕も好みで言ったらおっぱいの大きいお姉さんがいい」
「何だとエロガキてめえ!」
「え、なんで怒るの?」
などと、地面に急降下する飛行船の先端で会話をしているうちに。
徐々に戦場の風景が鮮明に映り、二人は戦闘の準備を始めた。
「タロス! 僕達は町の中央で降りるよ。サイカとアルミスは城の近くに降ろしてあげて」
『了解した』
ポロとリミナはゴーグルを装着し、武器を構え。
そして地上にギリギリまで接近すると。
二人は同時に船から飛び降りた。
狙うは、巨体に幅を利かせたゴーレム二体。
「【直下強襲】」
「【四閃斬撃】」
互いに別々のゴーレム目がけ、上空からの急襲を仕掛ける。
強力なスキルが脳天を直撃したゴーレム達は、重量のある上体が傾き、その場で盛大に倒れ稼動停止した。
「……君達は」
息を切らしながらゴーレムを食い止めていた兵士達は、見慣れた二人の姿に唖然とした。
「ポロ船長に……リミナ殿。何故ここに? 団長から避難命令を言い渡されたはずでは?」
「国の存亡がかかってるんでしょ? ここはアタシ達が片付けるから、あなた達は城を守って」
「し、しかし二人だけでは……というか、空に張られた結界をどうやって掻い潜ったのだ?」
「細かいことはいいから早く。じゃないと……」
と、リミナが催促している最中。
突然木陰から、兵士に向けて銃弾が飛んできた。
が、兵士に命中する寸前、リミナはハルバードでそれを弾く。
「無駄に命を散らすことになるわよ?」
「なっ……潜伏していたのか?」
木陰に隠れていた戦闘員の男は、舌打ちをしながら後退すると。
「【女王蜘蛛の捕縛】」
ポロは逃げる戦闘員に黒い網状の蜘蛛糸を放ち、男を雁字搦めにした。
「ぐっ、なんだこれは!」
もがく男の元にリミナは近づき、「そいっ」とハルバードの柄の部分で後頭部を叩き、相手を気絶させた。
「とりあえず、こいつ運んでもらえる?」
手慣れた流れ作業のように戦況を覆してゆく二人に、兵士は格の違いを見せつけられると同時に、圧倒的な安心感を覚えた。
「……すまない、ここは任せた」
そして兵士の一軍が城へ戻ると。
「さてポロ、ここにはあとどれくらい敵が隠れてる?」
ポロは獣人の五感を研ぎ澄まし、周囲の生命反応を探った。
「潜伏してる人はいない……けど、一人だけ真っ直ぐこっちに近づいてきてる」
「へえ~、強そう?」
「う~ん、ここからだとなんとも。……でも、どこかで嗅いだことのある匂い」
そう感じていると。
程なくして、二人の前にその人物が現れた。
「…………あ……ああ、ポロ?」
驚いた表情を向けるその姿は、以前ポロに助けられた少年であり。
「え……ショウヤ、ショウヤなの?」
互いに目を見開き、突然の再会に、ショウヤは自然と笑みが零れた。
「何? この人あんたの知り合い?」
「うん、前にゴブリンの群れに襲われてるところを助けたんだ」
と、ショウヤにとっては黒歴史の話を挙げられ、彼は照れ臭そうに頭を掻く。
「はは、あの時は世話になったな。まさかこんな場所で会うなんて」
「僕もビックリだよ。また災難に巻き込まれたの? そんなボロボロになって」
「あ~まあ、ちょっとな。敵さんと揉めてよ。……ポロ、お前はどうしてここに?」
と、何気なくショウヤは尋ねると。
「セシルグニムをテロ集団から守りに来たんだ。この国とは友好関係を築いているからね」
その言葉に、ショウヤはピタリと止まった。
「え…………」
信じていた者に裏切られたような、そんな感覚に陥り。
「……うそ、だろ?」
颯爽と現れるヒーローだった少年が。
今目の前で、敵として対峙している。
「なんで……なんでだよ…………」
「どうしたの、ショウヤ?」
かつて憧れたその姿が……徐々に憎たらしく淀んで見えた。
「なんでお前がそっち側にいるんだよ! ポロッ!」
人情のもつれは心を蝕む。
もはや彼には、何も信じることは出来ない。
荒み切った精神で、微かな希望があった胸の内。
『この場にポロがいたならば、きっとみんなを救ってくれるのではないか』
そんな希望は、空しくもベクトル違いに成就した。
みんなの中に、自分は含まれていなかったのだと。
悲観的な妄想は、悲しき怒りに変換していった。
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