157話 結界突破
セシルグニム上空に現れた、一機の魔導飛行船。
城にいた兵士達は、結界の外にいるその船に疑問を抱いた。
援軍は呼んでいない。
昨夜、連絡部隊により、この国に予約していた全ての空輸及び旅客機の停泊もキャンセルさせた。
ならばあの船は、敵側の援軍か……。
多くの者はそう思った。
しかしその機体を捉えるレオテルスはぼそりと呟く。
「来るなと……言っただろ」
見たことのあるボディーに彼は顔をしかめながら。
「急用が出来た。お前達の相手は後だ」
そう言って近くにいた飛竜に乗ると、飛行船の方角へ真っ直ぐ飛び去っていった。
その場に残ったオニキスは、「どうやらお互い命拾いしたようだね」とショウヤに言う。
「あれは貨物船かな? 物資の輸送でもしていたのだろうか。援軍なら少しは戦況が変わるかもしれないけど、どうだろうね」
と、若干の期待を持ってショウヤに尋ねるオニキス。
「……どっちにしろ結界の中には入れねえよ。あれは、俺が持つスキルで最大の防御魔法だ。効果が切れるまでの数日間、絶対に破れない」
「へえ、君が張ったのか。大した魔法だ。あれを自分にも付与すれば騎士団長の攻撃にも無傷だったんじゃないのかい?」
「複数展開出来ないんだよ。じゃなけりゃ、とっくに使ってる」
「はは、それもそうか」
気さくに話しかけるオニキスに、とても笑える心境ではないショウヤは、面倒くさそうにその場を離れる。
「君はこれからどうするんだい?」
「決まってんだろ、あいつを追うよ。……あいつは、俺の仇だから……」
しかしショウヤの足取りは重く、まるで無理やり自分に言い聞かせているようで。
「どうも君は、騎士団長と戦うことに躊躇いを持っているように見えるけど」
「あ? 俺がビビッてるってか?」
「そうじゃない。人を殺めることに対してさ」
ショウヤはピタリと立ち止まり、押し黙った。
「物陰で君達の戦いぶりを見ていたけど、君、本気じゃなかったよね?」
「……はぁ? 手加減して勝てる相手じゃねえだろ。俺は本気で――」
「殺意は本物だろうね。けど、君の刃は急所を捉えていなかった」
「…………」
「本当に自分の行為が正しいのか、答えを求めていたんじゃないのかい?」
オニキスの言葉に、ショウヤは動揺した。
それは自分を偽って、先延ばしにしてきた問いだったからだ。
「……あんたも、ハジャのおっさんみたいに知った風な口を利くんだな」
「僕も似たような疑問を抱いているからね。気持ちは分かるよ」
と、慰めるように言うと。
「何が分かるんだよ?! こっちは何百人っていう命が犠牲になってんだ、そいつらの無念を晴らすまで、俺が止まるわけにはいかねえんだよ!」
当事者でもないくせに、と、同調するオニキスに怒りが沸き上がる。
「もう俺に関わるな! 刺し違えてでも、俺はあいつを殺す。それが死んでいったみんなへの手向けだ」
そんな言葉を吐き捨て、ショウヤは去っていった。
「僕は君の事情を知らされていない。けど……」
オニキスは独り言つ。
ショウヤの仇はこの国にはいない。
誰も、彼の村を襲った者などいない。
ルピナスとコルデュークの嘘の情報に踊らされているに過ぎない。
「君も、薄々気づいているんじゃないのか?」
心の奥底ではショウヤも違和感を抱いている。
だが、もう止まれないのだ。
報復するべき相手は、この国だと信じていたいのだ。
そうでなければ、心が張り裂けてしまうのだから。
一方、上空で待機する魔導飛行船の甲板では。
「は~、強力な結界だねぇ。極大魔法でも通るか分かんないよ?」
メティアは下方に張られた結界を見ながら、着陸は難しいとポロに告げる。
「この位置でしたら私の【空間の扉】で一人ずつ空間転移出来るかもしれませんが……正確に転移出来るか自信はありません」
アルミスも打開策を講じるが、決定打に欠ける策。
するとポロは二人に「大丈夫」と告げ。
「タロス! このまま突っ込んで!」
操縦席にいるタロスに向けて、特攻しろと叫んだ。
『ああ、分かった』
ポロの指示に従い、タロスは飛行船の向きを変え、真下に前進する位置へ傾ける。
「いや、分かったじゃないでしょ! 何言う通りにしてんの?! 結界に触れた瞬間船が大破するわ!」
と、慌ててメティアはタロスの元へ駆け寄り、運転を中止させようとするが。
『ポロは考え無しに指示を出さん。あいつを信じよう』
彼女の静止も空しく、タロスは結界に向けてゆっくり前進した。
「ひぃいいいい! ぶっ壊れる!」
「姫様! 早く中へ!」
皆が騒然としながら船内へ避難する中。
ポロは甲板の先端に立ち、タイミングを計っていた。
その様子を、唯一その場に留まったリミナは興味を示す。
「あんた、毎度危なっかしいこと考えるけど、大丈夫なんでしょうね?」
「多分ね。試したことないから確証はないけど」
と言うポロに、リミナは高笑いで返した。
「あっははは! あんたと一緒にいるうちに、もう慣れちゃった、そういうの」
突飛なポロの行動にリミナは何度も助けられ。
彼女はポロを信じると決めていた。
「町に降りたらどうするの?」
リミナはポロの隣に足をかけ、互いに遠眼鏡で町の様子を眺めた。
「おっきい魔物が何体かいるね。兵士の人達が襲われてる。まずはあそこら辺の救助に向かおうか」
「オッケー、付き合うわ」
そして飛行船が結界に触れる直前。
「力を貸して……バハムート!」
ポロは両手をかざし、魔法を唱える。
「【次元突破】」
途端、彼らの乗っていた魔導飛行船は一瞬にして姿を晦ました。
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