152話 サイカの決断
魔導飛行船の一室で、サイカはタロスに国の事情を話した。
「……というわけでな、この事を姫様に知られることなく、さり気なく進路を変えてほしいのだ」
『なるほど。しかし、セシルグニムのほうは大丈夫なのか?』
無機質な表情で、セシルグニムの戦況を憂うタロス。
もはや浅い付き合いではない間柄、あわよくば国に加勢してやりたいものの。
やはりサイカも、そして送迎を手伝うタロスも、優先されるのは王女の安全。
アルミスを戦火に巻き込むわけにはいかないのだ。
「向こうにはレオテルスがいる。そうそう国が敗れることはない」
と言いつつも、サイカは『黒龍の巣穴』で対峙したオニキスとルピナスが気にかかっていた。
底知れない強さを持つ転生者がいる中で、はたして自国の騎士達はどこまでやり合えるだろうかと。
『ふむ、そういうことならば、一度アスピドへ戻り、アルミス王女に何人か護衛を残してしばらく滞在してもらおう。その間、俺達でセシルグニムへ向かうというのはどうだ?』
サイカの心情を理解したタロスは、どちらも丸く収まるであろう解決策を提案した。
「正直、そうしてもらえると助かる。私としても、国の危機に何も出来ないのは心苦しいのでな」
そしてサイカは、タロスの提案に賛成の意を示した。
その直後。
「その気持ちはアルミスも同じなんじゃない?」
ふと、サイカの後ろからポロの声がした。
彼女は驚き振り向くと、そこには床から上半身だけ突き出たポロの姿。
「なっ、お前いつの間に……というかなんだそれは」
はたから見れば床に半分刺さったような状態のポロに驚くサイカ。
「これ? 神獣の思念を取り込んでから急に使えるようになった空間魔法。ちなみにこの僕はスキュラの力で生成した分身体ね」
と言って、床からピョンと這い上がるポロに、サイカは心配そうに尋ねる。
「お前また魔物の思念を取り込んだのか? しかも神獣だと? 精神を支配されたりはしないのか?」
「みんな優しいから大丈夫だよ。三姉妹のお姉ちゃん達に、神獣はお父さんって感じかな」
「自分の体で歪な家族構成を築くな!」
得体の知れない魔物に、簡単に精神を預けるポロ。
そんな考えなしの彼に、より一層不安になるサイカだった。
ポロは気にせず話を進め。
「まあそれはともかく、話は聞かせてもらったよ。セシルグニムの件、僕達も加勢に行ったほうがいいね」
船長直々の判断で、サイカに助力の意を示す。
「ああ、お前の口からそう言ってもらえるのは嬉しいが、その前に姫様を船から降ろす必要がある。だから一度アスピドに戻り――」
「それは、アルミス本人に聞いてから実行するべきだよ」
言いかけるサイカに、ポロは言葉を遮って説いた。
「サイカ、さっき君から不安と動揺の匂いがしたんだ。だから気になって二人の話を聞いていたんだけど……君の焦りは、アルミスにも伝わっているみたいだよ」
「何?」
「長い付き合いだから分かるんじゃないかな。サイカの表情を見た後、明らかにアルミスからも不安の匂いが伝わってきた」
「…………そんな」
見事に平静を装っていたと自負していたサイカの、痛恨の思い違い。
何よりアルミスに気を遣わせてしまった事に、気まずさがにじみ出る。
「しかし……本当のことを言えば、きっと姫様は我らに付いてくるはず。国の王女を戦場へ向かわせるなど言語道断だ」
「ならサイカが守ってあげればいい」
「はっ?」
「国にもしもの事があった時、後から真実を告げられて、何も知らず待たされた過去を悔やむのは、サイカも嫌でしょう?」
「いや……私とは立場が違うのだ! 姫様の身に何かあったらどうするつもりだ!」
「だから守るんでしょ? アルミスと、セシルグニムに暮らすみんなを」
「気持ちでどうにかなる問題ではない、わざわざ危険な場所へ向かわせる事などない!」
「別にアルミスを戦わせるわけじゃない。ただ、せめてみんなと意志を共有させてもいいんじゃないの? 両親の安否も確認したいだろうし」
「…………」
気持ちはわかる。サイカ自身、国の民を心配する気持ちは変わらないのだ。
しかし、合理的ではない精神論に同調することは出来ない。
アルミスに恨まれてでも、ここは彼女に引いてもらうしか道はないと。
そう決断したはずだった。
しかしサイカの気持ちは揺れ。
「……わかったよ、姫様に真実は告げよう。同行を認めはしないがな」
出てきたのは裏腹な言葉。
心を鬼にすることは出来す、せめて事情だけでも知る権利はあってもいいと、ポロの説得に渋々応じたのだ。
「だってさ、どうする?」
すると、ポロは扉に向かって尋ね、分身体の体は黒い液状となって消える。
そして直後、扉の外から本体のポロとアルミスが入ってきた。
「な、あ……姫様?」
突然現れたアルミスに、気まずい表情を見せるサイカ。
「聞いておられましたか?」
「ええ、全部」
サイカは一息吐いて、そして彼女から非難を受ける覚悟を決めた。
「申し上げた通りです。私は姫様の安全を第一に考え――」
「サイカ」
だがアルミスは言いかけるサイカに待ったをかけ。
「ありがとう、心配してくれて」
笑みを浮かべて彼女に感謝を述べた。
「感謝など…………それに姫様、そのお顔は、引く気がないように思えます」
「ええ、もちろん」
そして、アルミスは告げる。
「今回は『黒龍の巣穴』攻略の時とは違う。敵前へ出ることはしないわ。だから私を、お父様とお母様の元まで護衛して。私は国の未来を、この目で見届けたいの」
少し大人びた表情で、足手まといになるであろう自分を示唆して、妥協案のわがままを彼女に問う。
サイカは額に手を当てながら溜息を吐き。
そして仕方なしに決意を固め、くるりと視線を変える。
「……タロス、ポロ、進路の変更は取り止めだ。このままセシルグニムへ向かってくれ」
『ああ、了解した』
「任せて、僕達が必ず守るよ」
そう告げて部屋を出るサイカに、アルミスは小さく「ありがとう」と言った。
真面目で厳しく、そして優しい彼女に感謝して。
『ポロ、うちには非戦闘員も多い。リミナも今回は無関係だ。真っ向からの戦闘は避け、戦う者だけを戦場に送るように、目立たぬ場所へ停泊させるぞ』
「うん、それでいいよ。多分リミナは黙ってても戦うと思うけど」
そして新たな依頼を受けたポロとタロスは、来たる戦闘に向け準備を始めた。
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