149話 一時撤退
突如現れたレオテルスは、自身の間合いまで二人へにじり寄る。
「いつかはセシルグニムに戻ると思っていた。我が国の領地、『黒龍の巣穴』はお前らにとっても重要な場所らしいからな」
レオテルスに隙はなく、二人を逃がすまいと居合の構えを見せる。
「今の僕は中立の立場なんだけどな。……仕方ない、ルピナス、話は後にして今は二人で彼を…………ルピナス?」
と、金属を剣に変えて戦闘態勢を取るオニキスの横で。
ルピナスは【空間の扉】を展開する。
「ごめんなさいね。指揮官として、ここでやられるわけにはいかないの。話の続きがしたいのなら、ここから私を逃がしてくれる? そして明日までどうにかして生き延びなさい。そしたら、もう一度あなたの妄言を聞いてあげる」
撤退準備をするルピナスに、オニキスは頬を掻きながら「薄情だな……」と呟く。
「逃がすと思うか?」
レオテルスは空間移動するルピナスに気の斬撃を飛ばすが。
寸前でオニキスはアダマンタイトを盾のように変形させ、ルピナスを庇った。
「すまないね、団長殿。今ここで彼女を死なせるわけにはいかないんだ」
「民の命を奪っておいて、虫が良すぎやしないか?」
瞬間、レオテルスはオニキスの眼前まで接近し、首を刎ねようと剣を振り。
「っっっ!」
寸前でオニキスは、地面から金属の棘を放ちカウンターを狙うが。
瞬時にレオテルスは察知し、そして互いに距離をとる。
その間にルピナスは【空間の扉】の中へ入り、振り向いた時には二人の前から姿を消していた。
「逃がしたか……」
面倒そうに息を吐くレオテルスは。
「せめてお前だけでも……」
と、オニキスを睨み付け、再び居合の構えをとった。
するとオニキスは両手を上げ、無抵抗の意を示す。
「降参だ。抵抗する気はないよ。だからここで斬り捨てるのは勘弁してもらえないか?」
突然の降伏にレオテルスは疑念を抱くが。
「お前、何か企んでいるな」
そう言って、しばらく硬直が続いた後、彼は剣を収めた。
「いいさ、乗ってやる。お前の持つ情報を話せ」
「話の分かる相手で助かるよ」
そしてオニキスは自ら投降し、地下牢へ収監された。
日が傾き始めた頃、ルピナスは魔導飛行船の上空に狼煙を立たせると、それが合図となり、町にいた戦闘員は皆引き返していった。
セシルグニム側も、住民や旅行客の大半は避難が完了したが、亡くなった者達の被害は少なくない。
たった一隻のテロ集団に、よもやここまでの被害が出るとは、国の者達は誰も予想などしていなかった。
空へ飛び去る魔導飛行船の追撃も、ハジャの防御魔法で防がれ、撤退を許してしまい。
国を覆う結界を、彼らだけが素通り出来る現状に、兵士達は不安を覚えた。
彼らは再び準備を整えて、この国を襲うであろうと。
次はさらに増援して来るかもしれない。
そんな不安に苛まれ、兵士達は休む間もなく警護に当たった。
そして、魔導飛行船の中では。
「てめえ、さっきはよくも邪魔してくれたな!」
「新入りが出しゃばってんじゃねえぞ!」
彼らの無差別な殺戮を軒並み邪魔したショウヤは、部屋の隅でリンチを受けていた。
「てめえが余計なことしなけりゃ、もっと侵攻が進んだんだよ! 救助に兵を回させて敵の数も減らせた。そうすりゃ全員が動き易い状況になったんだ。分かってんのか?! おい!」
「ガキが調子乗んな!」
皆ショウヤを取り囲み、何度も殴り、蹴り飛ばす。
一通り殴られたたショウヤは、唾を吐くように血を飛ばし、馬鹿にしたように笑った。
「……へっ、無抵抗の奴にしか強気になれねえ小物が」
「ああ?!」
「……それらしい理由掲げて自分らを正当化すんじゃねえよ、クソザコ共」
「んの野郎!」
男はショウヤを思い切り殴り飛ばし、部屋の壁に叩き付けた。
すると、船内の騒ぎに気づいたライラは、彼らのいる部屋をそっと覗き。
ショウヤの腫れた顔を見るや否や、血相を変えて彼の元へ駆け付けた。
「な……やめて下さい!」
ショウヤに覆い被さるように男達の壁になると、その内の一人が彼女の白い髪を掴み。
「近づくんじゃねえよ、死体の分際でよ!」
言いながら、ライラを投げ飛ばそうと力を込めると。
途端、空間から現れた一本の剣が、ライラを掴んでいた男の腕を斬り落とした。
「っっっ?! う、ぐあああああ!」
突然腕を斬られた男は、噴き出す血にパニックを起こし地面にのたうち回る。
男の腕を斬り落とした剣は、ショウヤが召喚した神聖武器だった。
ショウヤは顔の血を拭いながら上体を起こし、男を睨み付け。
「おい……てめえ今なんつった?」
鋭い殺気を放ちながら、周囲に幾つも神器を召喚し、彼を取り巻く全員にその武器を突き付ける。
「妨害した事についての制裁は受けてやる。だが、ライラを傷付けるなら話は別だ」
「ひっ……!」
のたうち回っていた男は、ショウヤの殺気にビクリと背筋を凍らせた。
「なんなら今ここで全員殺してやってもいいんだぞ? そしたらもれなく全員、死体仲間の完成だ。これで差別は出来ねえよな?」
「くっ……この!」
全員がショウヤに牽制する一室。
と、その時、突然ルピナスが部屋に顔を出してきた。
「みんな、争うのはやめなさい」
そして喧嘩を仲裁するべく、彼女は皆の間に立つ。
「けど、こいつが邪魔しなきゃ……」
「この子を止められなかったあなた達の実力不足よ。認めなさい」
その一言で、男達は皆沈黙した。
そしてルピナスはショウヤに目を向け。
「それからショウヤ、……一つ勘違いしているようだから教えてあげる」
「あ? 勘違い?」
すると、ルピナスは魔力を放出し。
「ライラちゃん、ショウヤの顔を思い切り殴って」
「えっ……?」
急に言われたルピナスの言葉に困惑するライラ。
しかし、彼女の体は自分の意に反して勝手に動き。
ショウヤの目の前に立つと、彼を力の限り拳で殴っていた。
「っっ! え、いや、私、なんで?」
そして困惑する二人に、ルピナスは種明かしをする。
「言ったでしょ? 【死霊術】は蘇生じゃなく、魂を操る魔法だって。そして操る権限は術者の私にある」
「は! ……お前」
彼女は脅している。
ライラを蘇らせたのは、最初から人質にするつもりだったのだと。
そう気づいた時にはすでに遅かった。
「私がその気になれば、いつでも彼女の体と魂を分離させられるのよ。二度とライラちゃんに会えなくなってもいいの?」
「ルピナス! てめえ……」
「私だって本当はこんな真似したくないの。分かったなら、もう邪魔はしないで。明日からはあなたもちゃんと働いてもらうわよ? 探索が遅れた分、巻き返しをしたいの」
そう言い残しルピナスは部屋を出ていき、男達も舌打ち交じりにゾロゾロと去っていった。
「……ショウヤ様、すみません、私…………」
涙も出ない体で、身を震わせながら深々と謝罪をするライラに。
「……お前は悪くねえだろ。待ってろ、必ずお前を自由にしてやるから。絶対俺がなんとかするから」
自分に言い聞かせるように、ショウヤは彼女の頭を撫でる。
味方のいない戦場で、誰の手も借りず、己の目的を果たしてみせると心に決めて。
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