146話 オニキスの離反
セシルグニムのとある飲食街にて。
「おら、逃げねえと死んじまうぞ~? 逃げても殺すけどな!」
と、一方的な殺戮を楽しむ戦闘員は、兵士が手薄な場所で町の人々を無差別に襲ってゆく。
「やめて、殺さないで!」
「助けてくれ、金なら出…………ぐあっ!」
極めて残虐で野蛮な所業。
彼らの大半は、国の兵にもなれず、冒険家ギルドからも追放されたはぐれ者の集まりである。
実力はあるものの、貧しい家柄に生まれた事や、仲間に裏切られ出世の道を絶たれた過去を持つ者が多い。
それらの反発によって粗暴な行為を繰り返す、群れに属せない集団。
故に、恵まれた環境に身を置く者を殺めることに、なんら抵抗などなかった。
戦闘員の一人は、次々と身の丈程ある大剣で町民を斬り伏せ、堂々と街中を練り歩く。
その途中。
一軒の酒場から逃げ遅れた女性が目に入り。
「あ……いや……」
腰を抜かした彼女は、声にならない声を発し、恐怖に身を染めていた。
「はは、間抜けな面だなぁ。だが体つきは悪くねえ……。少しこいつの体で発散してから殺すか」
と、男は大剣で器用に女性の服を破り。
「やめ……やめて!」
生身の肌に触れようと、男が手を伸ばした瞬間。
突如、地面から鋼で出来た金属の棘が突き出し。
男の掌を深く貫いた。
「うっ……うあああ!」
咄嗟に戦闘員の男は手を離し、吹き出る流血を布で押さえる。
「なんだこれ……魔法か?」
男は地面に生える鋭利な棘を訝しげに見ていると。
ふと、二人の前に黒い正装を纏った青年が近づいてきた。
「……無事かい? レイちゃん」
そこに現れたのは、以前酒場の店主をしていた転生者、オニキス。
「マ、マスター……?」
オニキスは自身の羽織っていたブレザーを脱ぎ、そっと彼女の肩にかけた。
「な、なんであんたがここに? 今回の召集には応じなかったじゃねえか……」
「悪いね、本来なら僕は君達の側に付くべきなんだろうけど、僕にも情ってものがあるんだ」
言いながら、オニキスは『金属掌握術』の力によって、地面に生えた鋼の棘を分解し、剣の形に再構築してゆく。
「数年この酒場で働いた身としては、僕の元従業員に傷を付ける行為は見過ごせない」
「くっ……この裏切りもんがあああ!」
激高した男は狂ったように自身の大剣を振り上げ、オニキス目がけて力の限り振り下ろす。
だが、オニキスはそれを片手で軽く受け止めると。
「僕に金属は無意味だ」
大剣はいとも容易く溶解され、ドロリとした液状の金属が地面に垂れ落ちた。
「あ……うそだろ……」
渾身の一撃を防がれた男は驚愕した表情を浮かべ。
次の瞬間、再構築した鋼の剣で、その首を斬り落とされた。
「ひっ……!」
その生々しい光景を目の当たりにした女性は、恐怖しながらも恐る恐るオニキスに声をかける。
「マス……ター?」
彼女の呼びかけに、一息吐いてオニキスは振り返り。
「……怖い思いをさせちゃったね。もう大丈夫だよ」
人の首を刎ねたとは思えぬくらいに優し気な表情を浮かべた。
彼女にとって、それは目の前に転がる男の首よりもゾクリと恐怖を煽る顔だった。
「あの……マスター」
「僕はもうマスターじゃない。ただのオニキスだ」
言いかける彼女の言葉を遮ると。
オニキスは酒場の中へ入り、ゴソゴソと床下を物色し始める。
「うん、よし。隠してたアダマンタイトは無事のようだ」
と、最高硬度の金属、アダマンタイトの塊を手に取り、その他酒や食料を適当に荷袋に詰めた後、彼は店から出てきた。
「あの……」
気まずそうに見つめる彼女に、オニキスは軽く溜息を吐くと。
「ここへはたまたま私物を取りに来ただけだよ。この国じゃ、僕はお尋ね者だからね。なかなか顔を出せなかったんだ」
そう言って、過ぎ去ろうとするオニキスの手を彼女は掴んだ。
「何かの間違いなんですよね? 優しいマスターが国に追われるなんて……私、信じられなくて……」
彼が指名手配犯など、ただの濡れ衣であってほしいと願い、彼女は本人に問い質す。
だが、オニキスは首を振り。
「今さっきの僕を見ても、そう思えるのかい?」
躊躇なく人を斬った自分を再確認させ。
そして彼女の手はゆっくりとオニキスから離れた。
「……ごめんよ。僕は君が思うような善人じゃないんだ」
「でも……私を助けてくれました」
オニキスは困ったように頬を搔きながら。
「レイちゃん、ここに留まるのは危険だ。早急に城へ向かうか、店の床下の収納庫に隠れたほうがいい。多分、一日、二日で制圧出来る戦力じゃないだろうからね」
彼女に身の安全を促して、再び歩を進めた。
「マスターは、どうするんですか?」
彼女が問うと。
「彼らと話をつけてくる。少しでも早く、この争いを終わらせる為にね」
それだけ言い残し、オニキスは去っていった。
彼が求めるは、無意味な殺戮の果てに行き着く未来ではなく。
出来る限りの平穏を平等に分配する未来。
それが彼の信念。
遥か遠くの世界で、幸せに暮らしているであろう想い人へ。
自分は精一杯生きたのだと、いつの日か胸を張って言えるように。
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