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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第四章 空中都市、セシルグニム防衛編
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146話 オニキスの離反


 セシルグニムのとある飲食街にて。


「おら、逃げねえと死んじまうぞ~? 逃げても殺すけどな!」


 と、一方的な殺戮を楽しむ戦闘員は、兵士が手薄な場所で町の人々を無差別に襲ってゆく。


「やめて、殺さないで!」

「助けてくれ、金なら出…………ぐあっ!」


 極めて残虐で野蛮な所業。


 彼らの大半は、国の兵にもなれず、冒険家ギルドからも追放されたはぐれ者の集まりである。


 実力はあるものの、貧しい家柄に生まれた事や、仲間に裏切られ出世の道を絶たれた過去を持つ者が多い。


 それらの反発によって粗暴な行為を繰り返す、群れに属せない集団。


 故に、恵まれた環境に身を置く者を殺めることに、なんら抵抗などなかった。


 戦闘員の一人は、次々と身の丈程ある大剣で町民を斬り伏せ、堂々と街中を練り歩く。

 その途中。


 一軒の酒場から逃げ遅れた女性が目に入り。


「あ……いや……」


 腰を抜かした彼女は、声にならない声を発し、恐怖に身を染めていた。


「はは、間抜けな面だなぁ。だが体つきは悪くねえ……。少しこいつの体で発散してから殺すか」


 と、男は大剣で器用に女性の服を破り。


「やめ……やめて!」


 生身の肌に触れようと、男が手を伸ばした瞬間。



 突如、地面から鋼で出来た金属の棘が突き出し。


 男の掌を深く貫いた。


「うっ……うあああ!」


 咄嗟に戦闘員の男は手を離し、吹き出る流血を布で押さえる。


「なんだこれ……魔法か?」


 男は地面に生える鋭利な棘を訝しげに見ていると。


 ふと、二人の前に黒い正装を纏った青年が近づいてきた。



「……無事かい? レイちゃん」



 そこに現れたのは、以前酒場の店主をしていた転生者、オニキス。


「マ、マスター……?」


 オニキスは自身の羽織っていたブレザーを脱ぎ、そっと彼女の肩にかけた。


「な、なんであんたがここに? 今回の召集には応じなかったじゃねえか……」


「悪いね、本来なら僕は君達の側に付くべきなんだろうけど、僕にも情ってものがあるんだ」


 言いながら、オニキスは『金属掌握術メタルグラスプ』の力によって、地面に生えた鋼の棘を分解し、剣の形に再構築してゆく。


「数年この酒場で働いた身としては、僕の元従業員に傷を付ける行為は見過ごせない」


「くっ……この裏切りもんがあああ!」


 激高した男は狂ったように自身の大剣を振り上げ、オニキス目がけて力の限り振り下ろす。


 だが、オニキスはそれを片手で軽く受け止めると。


「僕に金属は無意味だ」


 大剣はいとも容易く溶解され、ドロリとした液状の金属が地面に垂れ落ちた。


「あ……うそだろ……」


 渾身の一撃を防がれた男は驚愕した表情を浮かべ。


 次の瞬間、再構築した鋼の剣で、その首を斬り落とされた。


「ひっ……!」


 その生々しい光景を目の当たりにした女性は、恐怖しながらも恐る恐るオニキスに声をかける。


「マス……ター?」


 彼女の呼びかけに、一息吐いてオニキスは振り返り。


「……怖い思いをさせちゃったね。もう大丈夫だよ」


 人の首を刎ねたとは思えぬくらいに優し気な表情を浮かべた。


 彼女にとって、それは目の前に転がる男の首よりもゾクリと恐怖を煽る顔だった。


「あの……マスター」


「僕はもうマスターじゃない。ただのオニキスだ」


 言いかける彼女の言葉を遮ると。

 オニキスは酒場の中へ入り、ゴソゴソと床下を物色し始める。


「うん、よし。隠してたアダマンタイトは無事のようだ」


 と、最高硬度の金属、アダマンタイトの塊を手に取り、その他酒や食料を適当に荷袋に詰めた後、彼は店から出てきた。


「あの……」


 気まずそうに見つめる彼女に、オニキスは軽く溜息を吐くと。


「ここへはたまたま私物を取りに来ただけだよ。この国じゃ、僕はお尋ね者だからね。なかなか顔を出せなかったんだ」


 そう言って、過ぎ去ろうとするオニキスの手を彼女は掴んだ。


「何かの間違いなんですよね? 優しいマスターが国に追われるなんて……私、信じられなくて……」


 彼が指名手配犯など、ただの濡れ衣であってほしいと願い、彼女は本人に問い質す。


 だが、オニキスは首を振り。


「今さっきの僕を見ても、そう思えるのかい?」


 躊躇なく人を斬った自分を再確認させ。


 そして彼女の手はゆっくりとオニキスから離れた。


「……ごめんよ。僕は君が思うような善人じゃないんだ」


「でも……私を助けてくれました」


 オニキスは困ったように頬を搔きながら。


「レイちゃん、ここに留まるのは危険だ。早急に城へ向かうか、店の床下の収納庫に隠れたほうがいい。多分、一日、二日で制圧出来る戦力じゃないだろうからね」


 彼女に身の安全を促して、再び歩を進めた。


「マスターは、どうするんですか?」


 彼女が問うと。


「彼らと話をつけてくる。少しでも早く、この争いを終わらせる為にね」


 それだけ言い残し、オニキスは去っていった。




 彼が求めるは、無意味な殺戮の果てに行き着く未来ではなく。


 出来る限りの平穏を平等に分配する未来。


 それが彼の信念。


 遥か遠くの世界で、幸せに暮らしているであろう想い人へ。


 自分は精一杯生きたのだと、いつの日か胸を張って言えるように。





ご覧頂き有難うございます。

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