143話 開戦準備
魔導飛行船のとある一室で。
「ルピナス、入っていいか?」
ノック音と共に、ハジャの声が聞こえた。
「ハジャ様? どうぞ」
突然入室したハジャに、ルピナスは疑問符を浮かべる。
「どうかされましたか?」
「一つ聞きたい。どうして彼に本当の事を言わなかった?」
彼とは、ショウヤのことだろうと思い。
「ああ……意外ですね。そんなに気になりますか?」
彼女は気まずそうに微笑を向けた。
「彼の村を襲ったのはグリーフィルの者達だ。それも、コルデュークが計画してやったことだろう?」
「ええ、それが?」
「私が気になるのは、君がコルデュークの話に乗ったことだ。君の性格から見て、罪無き者を殺戮し、その罪を他国に擦り付けるやり方は好かないと思っていた」
「幻滅しました?」
「いや、咎めはしないさ。結果、君は地母神イズリス様の加護を受けた彼を懐柔したのだから。我々にとってこの上ない戦力になる」
「『神言獲得術』でしたか? 神の知恵を譲渡されるっていう……もうチートですよね」
「上手く使えばオールドワンをも超える力だ。間違っても世界を滅ぼすような使い方はしてほしくないものだな」
「そうはなりませんよ。あの子はそんなことはしない」
確信を持ってルピナスは返す。
「大した自信だな」
「だって、あの子は奴隷や人種差別の反対派だから。…………もし私が転生した日にあの子がいてくれたなら、きっと私の人生も違っていたのかもしれない」
などと、遠い目をしながら呟く。
「だから、本当は私だって心苦しいんですよ? ショウヤを騙して手駒のように利用するのは。コルデュークの計画にも協力なんてしたくなかった」
ハジャはじっと彼女の目を見て、その言葉に嘘偽りはないことが窺えた。
純粋にショウヤの真っ直ぐな性格を買っていたのだ。
それでも尚、のちに彼を傷つける結果になろうと、偽りの敵国に矛先を向けさせるのは、それ以上に成し遂げたい未来がある為。
「君の夢は、自分の世界に帰ることだったか?」
「ええ、その条件を叶えるのが星の核、『エドゥルアンキ』の起動なんですよね?」
彼女の問いに、ハジャは間を置いた後、小さく頷いた。
「そして空中都市セシルグニムが地に落ちた時、発動する為のピースが埋まる。……それで長年の夢が叶うなら、私は悪魔にだって魂を売りますよ」
と、ルピナスは満面の笑みでハジャに返した。
だがハジャは思う。
彼女に対しての後ろめたさを。
――ルピナス、たとえ君達の生まれた場所がこの世界と結合しようとも、君が望む結果にはならない。
理不尽にこの世界へ招いてしまったことへの贖罪を。
――それを知った時、君は私とオールドワンに耐え難い憎しみの感情を抱くだろう。
そして来たるべき日の自己犠牲を。
――その時は、どうか私の命一つで許してほしい。到底足りるとは思えないがね。
そう胸に抱き、ハジャは彼女の部屋から出て行った。
数時間後、魔導飛行船はセシルグニムへ接近する。
「みんな、そろそろ戦闘準備を始めてちょうだい。今回の作戦が成功すれば、オルドマンから特別報酬をもらえるわ」
ルピナスは皆の指揮を執り、戦闘員達に準備を促す。
そんな中、ショウヤは周りを見ながらルピナスに尋ねた。
「ずっと思ってたけど、国を落とすのにこの人数で足りるのか?」
セシルグニムに攻め込むのは、今乗っている魔導飛行船一機だけ。
戦闘員は自分達を含めても五十人程度。
国を相手にするにしてはずいぶんと人員が足りていないように思えた。
「この船はグリーフィル国から非公式に借りたものだけど、セシルグニムへ奇襲を仕掛けるには、国籍を隠さないといけないの」
「お前らの国がやったってバレないようにか?」
「そう。今グリーフィルは他国との戦争で忙しいから、別の火種を対処する余裕はないの。今回の作戦はオールドワンの独断、つまり現王も私達がセシルグニムに行く事を知らない。知らないなら、動かせる人員も限られるでしょ? だからこの人数が精一杯」
「理由は分かったけど、結果、俺達はだいぶ不利な戦いを吹っかける事になるんだよな?」
泥船に乗ってしまったのではと、ショウヤは若干不安になるが。
「私達の目的は国を滅ぼすことじゃなくて、地下にある魔鉱石の停止。大人数で動くよりも、少人数で城に乗り込んだほうが効率良いわ」
「ポジティブに捉えてるだけのように聞こえるんだけど……」
「大丈夫、戦力なら私の召喚魔法で補えるから。それにオールドワンの所有する魔導生物も数体借りてきたの。平和ボケした丸腰の兵士なら、十分勝機はあると思うわ」
と、ルピナスは頑なに自分達の勝利を疑わず。
「あとは手筈通り、あなたの力で国一帯に強力な結界を張ってちょうだい。援軍が入って来れないようにね」
そして今回の勝率を完全なものとする為、ルピナスはショウヤに大規模な結界を任せた。
「ああ、分かった」
国籍不明の魔導飛行船は、今まさに開戦の合図が告げられる。
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