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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第三章 水の都 海底に渦巻く狂乱編
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138話 その後の彼ら【1】


 神獣復活騒動から二日が過ぎた。


 神獣の化身に飲まれた人々も皆解放され、人的被害は最小限に収まり、壊れた建物も徐々に復旧されつつあるテティシア領。


 しかし、人々の恐怖は未だ消えず、その発端となった研究所の職員と関係者は皆、国の法に従い適正な処分を受けることとなった。


 それがたとえ国の王子だとしても……。


「……ハイデル」


 アデルは気まずそうに、鉄格子の向こうにいる弟を見つめる。


「何故そのような顔をされるのです? 私は兄上に罪を擦り付けようとし、あまつさえあなたを殺害しようとした。もっと怨嗟に満ちた表情をされるべきでは?」


 今回の一件は第二王子、ハイデルの加担によるものが大きく。

 騒ぎが収まった後、彼は父であるテティシア王の命により、王族の地位を剥奪された。


 処刑こそ免れたものの、向こう数年は投獄生活を余儀なくされ、その後は国を追放される。


 ハイデル自身は処刑を望んでいたが、王にも情があり、アデルからも弟の刑罰を軽くしてほしいという要望で却下されたのだ。


「ハイデル……すまなかった」


「何故兄上が謝るのです?」


「お前の孤独を知っていたのに、何もしてやれなかったからさ。お前が今回の騒動に加担したのには、幼い頃からの劣等感や嫉妬が肥大した影響もあるのだろう? もっとも身近にいたのに、僕はお前を蔑ろにしてしまったのだ。本当にすまない」


 と、アデルは自責の念を抱き、深々と頭を下げた。


「……兄上にも立場というものがおありでしょう。私のような囚人に頭を下げないで下さい」


 ハイデルはこれ以上アデルと会話をしたくない様子で、面倒くさそうに視線を逸らした。


 すると、アデルは察したように身を引き。


「僕はもう行くよ。他にもお前に面会したい者もいるからな」


 そう言って、奥から人を寄越す。


 現れたのは、騎士団長のミュレイヤだった。


「……ミュレイヤ」


「ハイデル様。少しの間、中に入ってもよろしいでしょうか?」


 ハイデルは答えず。代わりにアデルは無言で鉄格子を開け、ミュレイヤを中へ入れた。


「しばらくしたら戻る。それまで二人でいてくれ」


 と言って、アデルは収容所を去って行く。


「……何か用か? 俺はお前も利用したのだ。望むならここで俺の首を刎ねても――」


「そのようなこと、私がするとお思いですか?」


 微笑を浮かべながら言うと、ミュレイヤはハイデルの隣に腰を下ろした。


「今回の件、我々騎士団にも多くの責任がございます。内乱を起こし、王を拘束し、他国の姫君とその従者を危険に晒した。本来ならば処刑は免れない罪なのに、下った処罰は貴族の剥奪と騎士団の解雇のみ……」


「…………」


「ハイデル様、我々に飛び火が来ないよう、ご自身ですべての罪を被りましたね?」


 ハイデルは何も言わなかった。


「他の者は存じません。ですが、私はあなたのすべてを受け入れ、ご希望ならば私がそのすべてを背負う覚悟でございました。……なのに、何故あなた一人で抱え込もうとするのです?」


 そこまで聞いて、ハイデルはため息を吐き彼女に返した。


「俺は他人がどうなろうと構わない。興味がないんだ。だが、利益目的だろうとも、俺を支持した者達にはせめてもの償いをしたかった。損得ではなく、ただの気まぐれだ」


「そうですか」


「だからお前はもう俺に構うな。権力を失った俺には、もはや何の価値もないのだから」


 投げやりに言うハイデルに、ミュレイヤはフルフルと首を振った。


「いいえ、私がお仕えするのは、今も昔もハイデル様ただ一人でございます」


「何故? 俺と関わっても何の得もないぞ?」


「あなたと同じ、損得ではなく気まぐれです」


 ミュレイヤは意地悪気に言った。


「私は歌が下手な歌鳥人セイレーンの落ちこぼれです。剣の腕がなければ、それこそ何の価値もない女でしょう。ですが、幼いあなたは私に言ったのです。『お前の歌が好きだ』と……。あなたは団長の私ではなく、セイレーンの私に価値を見出してくれた。あなたに忠誠を誓う理由として、それでは不十分でしょうか?」


 ハイデルは彼女を見ず。


「覚えてないな。それに、なんとも軽い理由だ」


「見方の問題です。私にとっては大事な理由ですので」


 嬉しそうに笑みを浮かべる彼女を見ながら、ハイデルは仰向けに、彼女の膝の上に頭を乗せた。


「歌を、歌ってくれないか?」


「申し上げました通り、上手くはございませんが?」


「いい。個性的なお前の歌が、今は心地良い」


「ふふ、かしこまりました。坊ちゃん」


 そう言って、ミュレイヤはハイデルの頭に手を添えて、鎮静作用のある歌を歌った。


 今この瞬間、ほんのひと時でも、彼に纏わりつく孤独を、嫌悪を、自責の念を和らげて。

 彼が再び立ち直れるようにと、願いを込めた。


 そんな彼女の声を耳に留めながら、ハイデルは静かに涙を流す。


 病により早世した母親を思い出し。


 久しく忘れていた人の温もりを、その身に感じながら。





ご覧頂き有難うございます。

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