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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第三章 水の都 海底に渦巻く狂乱編
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129話 遠き日の記憶③ 【1】


 ――つまらない、どうしようもなく気怠い毎日が、つまらない。


 五年前、とある少女が学校帰りに思っていたこと。


 ――耳障りなクラスの会話、腫れ物みたいに扱う教師、仕事から帰っても目も合わせず布団に入る父に、表面上しか自分を見ない鈍感な母。


 他者に思う疑心暗鬼と、状況が好転しない日々のストレスで、少女は次第に心を閉ざしていった。


 ――最後に誰かとまともに会話したの、いつだっけ?


 と、橋の上で一人思いふける。


 おもむろにカバンから取り出すは、山盛りに画びょうが混ざられた弁当と、汚い字で一面に罵詈雑言が書かれた答案用紙。


 少女は両方を見やり、馬鹿にしたように息を吐くと、そのどちらも川へ投げ捨てた。


 ――ホント、馬鹿ばっかり……。


 下らない人間達に嫌気が差し、願い事が叶うならば、漫画や小説のような心を揺り動かす世界へ行きたい。

 そう思い。


 少女は嫌々ながらも居心地の悪い自宅へ帰ろうとした時。

 突然強風が舞い、しまおうとしたカバンの中身が風に飛ばされていった。


 ――あっ、ママに渡さなきゃいけない紙……!


 すると少女は咄嗟に身を乗り出し風に舞う用紙に手を伸ばした瞬間。


「えっ……」


 少女は足を滑らせ、橋の下へ真っ逆さまに落下した。


 ――え、ちょっと待って、私泳げない!


 川に落ちた少女はパニックになり体をバタつかせるが、もがく程に体は水中に沈んでいき。


 普段車も滅多に通らない田舎道で、自分に気づく者も来ず。


 自由を願った少女の人生は、そこで一旦の幕を迎えた。












 再び少女が目を覚ますと、そこは少女の知る風景とは全くの異質な場所にいた。


 見たところ少女は馬車に乗っており、隣には見知らぬ女性が座っている。


「あら、目が覚めた?」


 ニコリと笑いかける女性に少女は問う。


「あの……あなたは?」


「私はルピナス。あなたと同じ転生者よ」


「てん……せい……?」


「来たばかりだもの、分からなくて当然ね。安心して、私が一から教えてあげるから」


 優し気に説明する彼女に連れられ、少女はとある教会へ連れられた。












「ようこそ、新たな転生者よ。私はオールドワン、君達を統率する者だ」


 何がなんだか分からぬ少女に、男は続ける。


「君は七番目の転生者だ。これから君がこの世界で生きていく為に、新しい力を与えよう」


「新しい……力?」


「そうだ。その為に君には以前の名を捨て、新しく名前を決めてもらいたい」


 これは夢なのか、はたまたゲームの世界なのか……。


 いずれにせよ現実とはかけ離れた世界を見て、少女は投げやりに男の言葉に返答する。


「……じゃあ、ナナ」


「ほう、理由は?」


「別に。私、七番目らしいから、ナナ」


 実際は本名である菜々美(ななみ)から一文字抜いただけだが、どうせすぐに覚める夢ならと思い少女はその名に決めた。


 すると男は高笑いをし。


「はっはっはっ、いいだろう、つけた名前によって力が変動するわけではないからな。好きにするといい」


 そして、少女は新たにナナとして、この世界で第二の人生を歩むこととなった。













 ナナが授かった『固有能力ユニークスキル』は『小さな世界樹(リトルユグドラシル)』。決して尽きることのない無限の魔力と、全属性の魔法が扱える力であり。


 非公式で知る者もほとんどいないが、その時点でナナは世界最高峰の魔導士ソーサラーとなった。







 しばらくの間、ルピナスが彼女の世話係として、世界の一般知識などを教授することとなり、ナナもルピナスに次第に心を開いてゆく。


 そんなある日のこと。


「よう~ルピナス、久しぶりだなぁ」


 ケラケラと薄気味悪い笑みを浮かべた男が二人の部屋に入ってきた。


「コルデューク……なんの用かしら?」


「おいおい冷てえな、俺はただ新しく来た転生者を見に来ただけだぜ?」


「邪魔しないで。この子はまだ子供よ。あなたの毒気に当てられて道を踏み外してほしくないの。早々に帰ってくれる?」


「くひひ、ひでえ言われようだぁ……。嬢ちゃん、名前は?」


「……ナナ」


 そう言いながら、コルデュークは鑑定スキルで彼女のステータスを覗くと。


「いいね、ラッキーセブン的な? 縁起の良い名前じゃねえの。どうだい嬢ちゃん、今度俺と冒険しに行かないか?」


「ちょっと、あなたが勝手に決めないで!」


 と、静止するルピナスだが。


「……冒険」


 ナナ本人は興味あり気にコルデュークを見つめた。


 なんの才能もない自分に加え、どこか遠くへ行く度胸もなかったつまらない前世。


 そんな彼女が憧れたのは、小説のような冒険だった。


「やめときなさいナナ。この男に関わるとロクな目に遭わないわよ?」


 そうは言っても、ナナの幼い感情は止まらず。


「私、冒険、行ってみたい」


 そう口にした。


「くひひ、決まりだな。そんじゃ来週またここに来るぜ」


 それだけ言って、コルデュークは部屋を出て行った。


「ナナ、あなたを思って言うけど、あの男は本当に信用しないほうがいいわよ」


「でも、約束しちゃったから」


 ルピナスは頭に手を当て溜息を吐くと。


「いい? 何かあったらすぐに逃げて。これを渡しとくから。『テレパスストーン』って言って、離れた者同士でも会話出来る魔道具、まあケータイみたいなものね」


 彼女を自分の妹のように心配するルピナスに微笑を浮かべ。


「うん、ありがと」


 ナナはそれを大事にしまった。





ご覧頂き有難うございます。

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