11話 出発前の騎士たち
『黒龍の巣穴』攻略作戦三日前のこと。
「オーグレイ、一体これはどういうことだ!」
攻略部隊の編成に異を唱えるのは副団長サイカ。
「何がでしょう? 副団長」
「三日前に私が編成したメンバーとまるで違うではないか!」
オーグレイはとぼけたような表情でサイカの怒号を受け流す。
「そもそも貴様を攻略部隊に入れた覚えはない! それに他の兵士も大半が貴様の部下ではないか!」
「たまたまでしょう。そして異論を申しますと、これは国王陛下がお決めになったこと。今更訂正は効きますまい」
「馬鹿なっ! 何故陛下が貴様など……」
しかし目の前にある部隊編成表には、しっかりと国王のサインが書かれていた。
グッと歯を食いしばるサイカの姿を見ながら、オーグレイは不敵な笑みを浮かべ彼女の横を通り過ぎる。
「まあ決まったものはしょうがないでしょう。これから仲良くやりましょうや」
優位に立ったつもりでいるオーグレイは急に気を強くし堂々と去ってゆく。
「オーグレイ……貴様、何を企んでいる?」
後ろ姿を睨み付けながら、サイカもその場を後にした。
そして仕事に戻るオーグレイは。
「……全く騒がしい小娘だよ」
独り言ちながらサイカへの鬱憤を漏らす。
――俺はロアルグ様が王位を継承する前から仕えている古参だぞ。何故後からやってきた若僧共にヘコへコと頭を下げなきゃならんのだ。
などと、私怨を抱きながら。
レオテルスとサイカが就任する以前、オーグレイは副団長を務めていた。
次期団長として期待が集まり、自身もその自覚があった。
しかし彼は裏で権力者達に賄賂を贈り、団長昇格への便宜を図ってもらっていた。
さらには違法で入手した、世界的に禁止された魔道具を購入し、裏ルートで転売、不正に金儲けをするなど、城の関係者でありながら権力にものを言わせて罪を重ねてきたのだ。
のちに数々の賄賂や着服が発覚し、先王から処分を受ける。
長く仕えていた情けもあり、彼自身の解雇はなかったものの、副団長の称号は剥奪、重役も任されず馬や飛竜の騎乗も許可されない、騎士とは名ばかりの一兵卒となった。
――こんな不条理が許されるはずがない。俺はこんなところで終わっていいはずがない。
自業自得なのだが、恨みに支配された彼に、反省も後悔もない。
――地位が足りぬなら、圧倒的な力を手に入れ蹂躙するまで。
――姫様、あなたはその為の礎とさせて頂きましょう。
憎悪が渦巻く脳内で、再生されるは凄惨な未来図。
絶対的支配を目論む男は、来るべき日に心躍らす。
そして出発前夜。
城の中庭で女騎士が一人、剣を振るい空を斬る。
一息ついた頃、背後の気配に向けて彼女は言った。
「いつまで見ているつもりだ?」
その一言で観念した人影は、柱の陰から姿を現す。
「バレてたか」
「お前は女の尻を眺める趣味でもあるのか? レオテルス」
不満げに言うサイカにレオテルスは微笑を浮かべた。
「あまり根を詰めると明日に響く。今夜は早めに体を休めたほうがいい」
「わざわざお節介を焼きに来たのか?」
サイカがそう言うと、レオテルスは静かに彼女の元へ近づき、小声で話す。
「……オーグレイに気をつけろ。あれは野心家だ、今回の件で君の地位を落とすつもりかもしれない」
「そんなことは分かっている。私とて、みすみす奴に不覚を取るつもりはない」
「ああ、そうだな、君は強い。……ただ、少し嫌な予感がしてね」
その先は語らず、レオテルスは軽く息を吐いた。
「……本来なら俺が行くべきだった。君は将来、俺の代わりに国の兵をまとめる人間になるのだから」
「まるで自分がいなくなるような言い方だな。私からすれば、お前こそ団長に相応しい者だと思うがな」
「平民である俺がか?」
「階級は関係ない。私がいなくなってもお前がいる。だから私が今回の攻略部隊に志願したのだ。だから……国を、姫様を頼む」
サイカは真っ直ぐ彼を見つめ、己の覚悟を示す。
今夜がここで過ごす最後の時間かもしれない。
ダンジョン内で無残に魔物に食い散らかされるか、不慮の事故に遭うか、はたまた第三者によって亡き者にされるか……。
だからこそ、レオテルスに後の事を任せたい。そう思いながら。
「請け負おう。ただし、君が生きて帰ってくることが条件だ。でなければその頼みは聞けないな」
「なっ、卑怯だぞ! 何が起こるか分からん未開の地で、そのような条件を……」
するとレオテルスは、サイカの頭をそっと撫でた。
「自分を信じろ。そして、背中を預けられる者を味方につけろ。うちの兵士にいなければ、共に向かう冒険家でもいい。飛行士の彼らでもいい。自分一人で抱え込まず、仲間を見つけることが、生きる才能だ」
今回のメンバーで背中を預けられる者などいないとサイカは思うが、自分の身を案じて言ってくれているのだと、彼の言葉を素直に聞き入れた。
「肝に銘じておこう」
そして、空中都市の夜は更けてゆく。
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