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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第三章 水の都 海底に渦巻く狂乱編
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112話 動乱のテティシア


 テティシア城の地下で激闘が繰り広げられる数時間前の事。


 ディナー用ドレスの着付けに向かったアルミスを待つアデルは、彼女の帰りがあまりにも遅いことに心配しながら、自室をウロウロしていた。


 ――いくらなんでも遅すぎる。ハイデルはちゃんと衣装室に案内したのか? 手違いで別の場所に向かわせてしまったのでは……。


 そこまで考えてアデルは自己嫌悪に浸る。


 ――いや、僕は馬鹿か。弟を疑うなんて……。ハイデルから信頼されないわけだ。


 そう思い、アデルは苦笑いを浮かべた。


 と、その時、自室の扉からノック音が聞こえ、程なくして給仕の女性が顔を出す。


 それは先程ポロ達を地下へ落とした、キメラの女性であった。


「失礼致します。アデル様、ご報告が」

「ああ、カナンか。どうだった? アルミス様はまだ衣装室に……」


 言いかけて、アデルはカナンと呼ぶ女性を見ながら目を丸くした。


「ど、どうした、その傷は?」


 よく見ると、カナンの額からは血が流れ、所々給仕服が破れた状態。

 まるで戦闘後のようだった。


「先程参られた、セシルグニムの従者の方々と戦闘になりまして」

「なんだって?!」


 アデルに疑問が浮かび上がる。

 何故? 何の為に?

 争う理由が全く見つからなかった。


「どうやら、アルミス王女はテティシア城に保管されている魔鉱石を狙って侵入したと思われます」


「『海王石かいおうせき』を? 何故彼女が?」


「セシルグニムを支える『浮遊石』のエネルギーが枯渇しているという話はご存じでしょうか?」


「ああ、だがその問題は解消されたと聞いている」


「ええ、しかしまた同じ問題が起こらないとも限りません。アルミス王女は国を守る為、我々テティシア国と戦争に発展してでも魔鉱石を手に入れたかったのではないかと……」


 カナンの話を聞いて、アデルは冷や汗を垂らしながら崩れるようにソファーへ腰を下ろした。


「……それで、今彼女はどこへ?」


「おそらく従者を連れて宝物庫のほうへ向かったと思われます。……不幸な事に、先程アルミス王女の案内を担ったハイデル様も、彼女らによって負傷しました」


「なっ……ハイデルが?! 大丈夫なのか?」


「幸い命に別状はございませんが、しばらく傷は癒えないでしょう」


 アデルは頭を抱え、アルミスを招いたことを後悔する。


「今は兵を向かわせ彼女らの捕縛を試みておりますが、なにぶん従者の方々も一筋縄ではいかず、事態は難航しております」


 この失態は、見合いの相手をアルミスと決めた自分の責任になるだろうと、アデルは覚悟を決める。


「分かった……父上には私から報告しよう。ハイデルの様態も気になる。カナン、後ほど案内を頼めるか?」


「かしこまりました」


 静かに頭を下げると、カナンはその場から去っていった。



 残されたアデルは大きな溜息を吐きながら、これから先のことを考える。


「最悪……セシルグニムとの戦争も視野に入れなければ……」


 そんなことを呟き、重い腰を上げて王の元へ向かった。

 在りもしない、でっち上げの情報を鵜呑みにしながら……。













 そして現在、城の地下にある研究所、『魔原子炉マナタンク制御室』では。

 アルミスは見たこともない拘束具で体を固定されながら、目の前のハイデルに視線を向ける。


「ハイデル様……どうしてこのようなことを……」


 ハイデルは歪んだ笑みを浮かべ。


「一つは兄様を陥れる為です。あなたがテティシアで暴動を起こしたという情報を流せば、その責任は少なからず、あなたを見合いの相手に選んだ兄様が負うことになりますので」


 実に楽し気な様子でアルミスへ返す。


「そして二つ目は、兄様の代わりに私が次期国王の座に就いた際、世界最大の戦力を得る為……。あなたには神獣を召喚する為のエネルギー源になって頂きたいのです」


「……しん、じゅう?」


「ええ、おとぎ話に出てくる、空を泳ぐ巨大怪魚、『天王バハムート』です」


 そう言うと、精密機械の前に立つ研究員に指示を出す。


「やれ」

「かしこまりました」


 研究員はカチャカチャとタイプ音を鳴らし、そして仕上げに手元のレバーを下ろした。

 不安になるアルミスはハイデルに問うと。


「あの、一体何を………………あっっっ!」


 と、その瞬間、アルミスに取り付けられた拘束具から強力な電流が走る。


「うあああああああああああ!!」


 今まで受けたことのない衝撃に、アルミスは悲鳴を上げながら体を躍動させた。


「おお……素晴らしい! やはりコルデューク様の見立て通り、『統一する者(フルコンダクター)』の魔力は凄まじいですな」


 研究員はモニターを見ながら、みるみる魔原子炉マナタンクに溜まってゆくマナに高揚した表情を浮かべる。


「あああああああああああ!!」


 必死で拘束具を外そうともがくアルミスだが、両手両足に取り付けられた枷はビクともせず。


 ハイデルはその様子を見ながら、もしも自分が彼女の立場だったらなどと想像し、ゾワゾワと寒気を覚える。


「ああああああ……あ……か……」


 やがてアルミスは白目を向きながら意識を失った。


「お……終わったのか?」


 全身から力が抜け、ぐったりとするアルミスを見ながらほっとするハイデル。


「いえ、体内にマナを溜め込むのは限界がありますので、再びアルミス王女の魔力が回復するまで待たねばなりません」


「い、一度で終わらせられぬのか?」


「はい、一度に負担をかけ過ぎると体が耐え切れず、すぐに死んでしまいます。なのでアルミス王女が目覚めるまで、体に栄養剤を打ちながらしばし待機します」


「ほ、ほう……意外と面倒なのだな」


「まあ、この作業をあと五回も繰り返せば、神獣を召喚する為のエネルギーは溜まるでしょう。それまでは慎重に扱わねばなりません」


「五回…………」


 その数に、ハイデルは平静を装いながらも冷や汗が垂れる。

 何より間近で人が苦しみ悶える姿を目撃しながら、何事もないように作業を続ける研究員達に目に見えない恐怖を感じていた。





 生かさず殺さず、濃厚なマナを搾取する。

 人体実験に慣れた研究者達に罪の意識はない。

 すべては神獣を復活させるという、長き研究の集大成を披露する為。

 海底に渦巻く欲望の闇は肥大し。

 罪なき者達を犠牲にしながら破滅へ向かう。





ご覧頂き有難うございます。

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