108話 キメラ隊戦闘員
サイカとリミナが激戦を制した後の事。
ポロとリノ達は収容所を抜け、上層へと進んでいた。
「ふぇ~ホントに広いね、ここ」
階層的にはリミナと同じ場所にいるが、かなりの面積と入り組んだ通路が繋がっている為彼女からは程遠い距離にいる。
「あーしらも捕まって来た身だからね、この場所は詳しくないんだよ」
通路にはいくつもの扉が連なり、どこが上に繋がっているのかも分からないまま、ポロ達は勘で歩を進めていた。
すると、ポロは急に目を閉じ、周囲から漂う匂いに鼻を近づける。
「ポロ、どうしたんだい?」
「香ばしい匂いがする……」
そして吸い寄せられるように、トテトテと匂いの発生源へ向かってゆく。
「あ、ちょっと!」
リノは頬を掻きながら仕方なくポロの後に続くと。
向かった扉の先は、調理場に繋がっていた。
目の前には大量の食材と、提供前と思われる料理が鉄板の上に乗っている。
「これだ! 美味しそうなお魚!」
ポロは鉄板に乗った巨大な焼き魚に近寄り、はむっ、と一口。
「んん~脂が乗ってて美味ひい!」
「ちょっと……何やってるんだよ」
「いや~たくさん動いたからお腹空いちゃって。有無を言わさず僕達を監禁したんだから、これくらいの仕返しは許されるよね?」
と、のん気に空腹を満たすポロに溜息を吐きながらも。
「まあ、あーしらもろくに食事をとってなかったからね。これからに備えて体力をつけるのも悪くないか……」
リノもつられて調理台に転がっていた林檎をかじる。
「今のところ敵は見当たらないけど、ここに調理途中の料理があるってことは必ず戻って来るだろうね。……もしくはこれが罠かも」
リノは警戒心を怠らず、ポロにも注意を促すと。
「んむんむ……その時はその時だね。ただ単に席を外している最中だった場合は、戻ってきたら謝ろう。それでも許してくれなかったら……逃げちゃおう」
ポロは食い逃げの発想でその場をしのぐつもりのようで、リノは呆れたように笑みを浮かべた。
「あんなに強いのに、ずいぶん平和ボケした坊やだな、お前は」
言いながら、リノ及び部下達は各々調理場にある食材を平らげてゆく。
と、そんな時。
獣人であるポロとリノの耳に、何者かの物音が聞こえた。
「……リノさん」
「ああ、上だな」
二人は同時に、コンロの上にある換気扇へ視線を向ける。
すると、突如フィルターの中からゲル状の液が垂れ流れ、水たまりのように床に垂れ零れると。
それは徐々に人の形を成し、やがて人間の女性の姿へと変貌した。
「つまみ食いをするなんて……いけない子」
ぼそりとポロをたしなめると、その女は落ち着いた様子で近くに掛けてあったコックコートを羽織る。
するとリノはポロを背にやり女の前に立ちはだかった。
「その体、お前もキメラか?」
その女性は静かに頷き。
「被検体コード:スライム、キメラ隊のメルティナよ。あなた達の事はメイラーから聞いているわ。彼女から足止めを頼まれているの」
「……あの女!」
メイラーが送り込んだ刺客だと知ると、リノは彼女に激しい怒りを見せる。
「抵抗はお勧めしないわ。たった六人で、この数を相手に出来る?」
メルティナが言うと、タイミングを計ったようにして扉から十数人の女性がポロ達を包囲した。
「……こいつら、まさか」
「ええ、全員キメラ手術を受けた、キメラ隊の戦闘員よ」
相変わらず声量控え目なメルティナは、彼女らに向かって手を挙げると、それに従いキメラ隊は一斉に武器を構える。
「悪く思わないでね。これも仕事なの」
と、メルティナが告げると。
巨大魚を頬張っていたポロは、突然彼女達に両手を向け。
「【女王蜘蛛の捕縛】」
キメラ隊全員を覆うように、粘着性のある黒い蜘蛛の糸を放った。
「なっ?!」
全く殺気を見せないポロの不意打ちにより、油断した隊員は回避する間もなくポロの蜘蛛糸に捕らえられた。
「いきなりごめんね。お姉さん達に危害を加えるつもりはないんだ。あと、勝手につまみ食いしてごめんなさい」
と、ポロは律義に謝罪する。
「僕達助けなきゃいけない人がいるから、ここで捕まりたくないんだ」
そう言って、ポロ達は調理場を出ようとすると。
「行かせない……」
突如、メルティナは自身に吸着する蜘蛛糸を酸のような体液で溶かし、再びゲル状のように体を変質させると、そのままポロに飛びかかった。
そして自身の体にポロを取り込もうと、ゲル状の体をドーム型に広げた直後。
「させないよ!」
リノは筒状に指を曲げ口元へ近づけ、途端に彼女の口から炎のブレスが放たれた。
直撃を受けたメルティナは、蒸気を発しながらゲル状の体が辺りに飛び散る。
「ぐっ……」
そして再び散らばったスライムの体は磁石のように集約してゆき、元の人間体へ姿を変えた。
「ドラゴンのブレスを再現したのね……被検体コード:シェイプシフター……『化け狐』の異名は伊達ではないようね」
未だ熱傷による体の蒸発は止まず、メルティナは苦い顔をリノに見せる。
「あーしも好きでこの体になったんじゃない。だからせいぜい利用させてもらっているのさ。スライムのお前に炎は効くだろ?」
そう言ってリノは手を振り、皆を外へ誘導する。
「今のうちに行くよ!」
ポロの糸で身動きの取れないキメラ隊にトドメを刺さないのは、彼女の情けである。
敵同士とはいえ、合成生物実験の被検体という、同じ境遇を持った者達に向けたリノの優しさだった。
そして彼らは援軍が来る前に調理場を後にした。
ご覧頂き有難うございます。
次回はバルタ、ナナ、グラシエの話です。
話が右往左往してすみません。