106話 Sランク冒険家と元Sランク冒険家【2】 サイカ、リミナサイド
早く傷を付けたい。顔面を血のメイクで赤く染めてあげたい。
ナイフで装飾した生け花が、彼女にとって最高のコーデ……。
クロナは「キヒッ」と笑みを零し、武器を構えるリミナにゾクゾクと欲が湧き上がる。
彼女は未だぶらりと武器を下したまま。
そんな無防備な状態のクロナに、リミナは先制でハルバードを大振りした。
「【爆散風】!」
気を纏った斬波をクロナに飛ばすと。
彼女は予備動作を見せず、ノーモーションで飛び上がり斬撃を躱す。
そして空中でリミナの眼球目がけ手投剣を放った。
「舐めんな!」
リミナは寸前でナイフを回避すると。
ハルバードを軸にして、棒高跳びのように宙へ飛び上がり。
「【四閃斬撃】!」
空中でバッテン十字に気の斬撃を飛ばし反撃。
「アハッ、すっごい!」
しかしクロナは依然余裕の笑みを浮かべ、後方宙返りでそれを避けると。
リミナが着地した際に、ブーツの先端に仕込んだナイフで彼女の顔面を斬り付けた。
「ぐっ……!」
頬から額にかけて刻まれた傷口を押さえながら、滴る血をそのままに、リミナはクロナを睨み付ける。
「ヤバイ濡れてきたっ!」
クロナは血に染まるリミナを眺め、性的興奮から身を押さえつける。
「キモいのよさっきから!」
彼女の様子に嫌悪するリミナは、ハルバードを振り回しながらクロナに接近した。
対人戦用に習得した槍さばきと足運びでクロナに刃を向けるが、クロナもまた、衣類の中に仕込んだ無数のナイフで受け止める。
その傍ら。
「ね~ね~ね~、あなたが所属してたパーティーに一人だけキメラの女の子がいたわよね~」
と、煽るように話しかけるクロナ。
「たしかシャルナって言ったっけ? 魔獣討伐クエストの最中に戦死したとか」
「今その話する必要ある?」
リミナは不謹慎なクロナの言動に苛立ちを見せながら、一心不乱にハルバードを振った。
「私も元冒険家だからね、自分が所属していたギルドの話くらいは耳に入れているの」
「ああそう!」
クロナの話を聞き流し、なおも彼女は振り続け。
「その子、元はアスピドの研究所にいた実験体だったのよ」
クロナはそんなリミナをからかうように、短剣でその斬撃をすべていなす。
「だったらなんなの?!」
「知ってる? ここの人体実験。女性の子宮に魔物の遺伝子を注入して、体内で遺伝子を育てるの。数年もすれば自分の体と混ざり合って、晴れて合成生物の出来上がり」
そして嬉しそうに研究所の内実を暴露するのだ。
「けれどそんな人権に反する行為を表沙汰には出来ないわよね~? だから身寄りのない子供や人権を剥奪された奴隷を集めて、来る日も来る日も人体実験を行うの。研究所に収容された女の子達はさぞかし耐え難い苦痛を味わったでしょうね~」
「だからっ! 何が言いたいのよ!」
怒りに任せ、リミナは大振りの横薙ぎで払うと、クロナは振り切ったタイミングを突いて彼女の胴を斬りつけた。
「ぐっっ!」
「キャハハ! デコレーションがまた一つ!」
クロナは満足気に笑みを浮かべ、リミナを斬ったナイフを舌で舐める。
「つまりね、せっかく地獄から逃げ出せたのに、弱っちいパーティーメンバーと関わったばっかりに、悲惨な死を遂げたシャルナちゃんが可哀そうだなってこと」
「っっっ!」
反論したいリミナだが、クロナの話は的を得ていた。
「その頃あなた達はBランクだったっけ? 一番勢い付いていた時代に、さっさと昇格したいが為に身の丈に合わないクエストを受注して、失敗しちゃったのよね~」
リミナ自身理解していた。
元パーティーメンバーであるシャルナが亡くなったのは、自分達の傲慢が招いた結果だと。
リミナは歯を食いしばり、クロナに全力の刺突を放つ。
「【突風穿ち】!」
しかしクロナは最小限の動きでリミナの突きを躱し、彼女が横切る最中にナイフで太ももを斬りつけた。
「うっ……!」
「あ~もう、なんて斬り易い柔肌なの!」
クロナは斬り付けるたびに歓喜に満ちた声を上げ。
リミナは徐々に負傷してゆく体に満足に動けなくなる。
回復ポーションは先の落下で全滅。
体力もすり減り疲弊してゆく。
――スピードじゃ敵わない……、大技も避けられる……。
そう思いながら、流れる血と自身の指にはめた指輪を見やり。
――魔法は得意じゃないんだけど……アニス様の得意技、やるだけやってみるか。
吸血妖精の師匠から学んだスキルを、付け焼刃で使用する。
「【鮮血の刃】」
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