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空駆ける黒妖犬は死者を弔う  作者: 若取キエフ
第三章 水の都 海底に渦巻く狂乱編
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104話 海の団長と空の副団長【2】 サイカ、リミナサイド


 サイカの周りに増幅する冷気。

 辺りは凍り付き、室温はマイナスへ傾いてゆく。


 未だ戦意喪失しない彼女の気迫に、ミュレイヤはわずかに危機を感じた。


 ――あれだけの重傷を負っても、まだ魔力を生み出せるの?


 途端にミュレイヤから余裕が消え、本気を出さねばこちらがやられてしまうと、直感で理解する。


「【歌神の恩恵(ミューズベネフィット)】」


 すると、ミュレイヤは自身に声帯能力を底上げするスキルを付与し、自身の喉から鎮静効果のあるノイズを発した。


「【鎮めの歌(カルムボイス)】」


 超音波のように響くソプラノ調は、サイカの体の中心、骨の髄にまで刺激され。

 その声を聞き続けると、次第にサイカは力が入らなくなる。


「……歌鳥人セイレーンの、歌の力か……」


「さっきも言ったけど、私歌は得意じゃないの。セイレーンの落ちこぼれなのよ。だけどあなたにはこれで十分。力を引き出させないあなたに、私は斬れない」


 爆発しそうな怒りが嘘のように収まり、無理やり奮い立たせていたボロボロの体は、気力の低下と共に再び地に膝を付く。


「これは私が唯一得意とする歌なの。不安も怒りも悲しみも、すべてを洗い流す魔法の呪文。あなたから戦意を削ぐだけで、赤子のように無抵抗になるでしょ?」


 片膝をついたまま、サイカは動かず。


「それじゃあ終わらせてあげるわね。……【牙城穿通がじょうせんつう】!」


 そしてミュレイヤは再び気を纏った刺突を繰り出すと。

 瞬間、サイカは横に逸れミュレイヤの突きを回避した。


「っっ?!」


 突然流れるような回避術を見せたサイカに、ミュレイヤは動揺した。


「……まだ子守歌のほうが気は休まるぞ」


 鎮静効果のある声を聞いたサイカだが、彼女は再び立ち上がると自身の剣に魔法で生成した氷塊を付与してゆく。


「あなた……どうして?」


「姫様の誘拐に加えレオテルスの侮辱。そのような歌で私の怒りが収まると思うか?」


 やがてサイカの剣は巨大な大剣へと変貌し、ミュレイヤに向け大きく振りかぶる。


「【巨剣の氷刃(ギガス・アルマス)】!」


 ビリビリと振動する広間に、凍てつく氷塊が炸裂した。


「サイカ……カザミ・ベルクラスト……」


 広範囲に及ぶサイカの剣技に避ける事は叶わず。

 ミュレイヤは練気を全身に纏い、巨大な氷の刃をレイピアで受け止めるが。


「……あなたを見くびった時点で、私の負けか……」


 しかしその威力はミュレイヤの剣を針金のようにへし折り、剣を振り切ると同時に彼女を壁際へ吹き飛ばした。


 壁にめり込んだ拍子に彼女の体ごと周囲が凍り付き。

 ミュレイヤは氷塊に拘束されながら、そのまま意識を失った。


「ミュレイヤ・エル・ロックバード……貴様はたしかに私より強い。油断さえしなければ負けていたのは私のほうだった」


 気絶するミュレイヤに敬意を表し、再戦を誓う。


「私にトドメを刺さなかった分の借りは返したぞ。次にまみえる時は、その首もらい受ける……」


 と、その時。

 魔力を使い果たしたサイカはが崩れるように倒れた。


「ぐ……また傷が開いたか」


 傷口を塞いでいた氷も魔力切れの影響で溶け出し、再び衣類越しに血が滲む。

 しかしそんな中、今が好機と言わんばかりに騎士の残党がサイカを取り囲み、息の根を止めようと迫り来る。


「よくも団長をやってくれたな。貴様に次などない、ここで死ぬからな!」


 そして一斉に武器を構え、動けぬサイカに刃を振るう。


 ――くそ、こんなところで……。


 逃げる力もなく、死を覚悟するサイカ。

 その刹那――。



「【炎斬輪舞ブレイズアトラクター】!」



 突如騎士達の前に炎を纏った手投げ斧(トマホーク)が接近し、一人の騎士が触れると同時に全身が爆炎の炎に包まれる。


「なっ、なんだ……ぐあっ!」

「ひっ!」


 二本のトマホークはブーメランのように戻っては飛び立ち、次々と騎士達を火だるまにしながら吹き飛ばしていった。


 鎧を身に着けていなければ胴体が真っ二つになる程の速度を持つトマホーク。

 その中心にいたのは。


「……バルタ・スルト」


 奥にいる見慣れた竜人ドラゴニュートを目で捉えながら、サイカは弱々しく呟いた。


「おっと、あれも壊しとかねえと」


 バルタはサイカに取り巻く騎士達を一網打尽にすると、大広間に数カ所設置された監視カメラもトマホークで破壊してゆく。


 そして全ての監視カメラを破壊したのち、バルタ、ナナ、グラシエの三人は地面に倒れるサイカへ近づいた。


「よう、副団長。久しぶりだな」


「何故……お前がここにいる?」


「メティアから聞いたぜ、お前達が城に招かれたって。けどその様子を見るに、やっぱり嵌められたみたいだな」


「メティアに? ……どういう……ごほっ、がはっ!」


 吐血しながら喋り辛そうにするサイカに。


「おいおい瀕死じゃねえか……。ナナ、治療してやってくれ」


 バルタはナナに頼み、彼女に治癒魔法を施す。


「治癒」


 詠唱とも言えない言葉を発すると、上級の治癒魔法がサイカに流れ、たちまち彼女の傷口が塞がった。


「すまん……礼を言う」


 と、ナナに言うと、彼女はプイっと視線を逸らし、バルタの背に隠れてしまう。


「あ…………」


 彼女の素っ気ない態度を呆気にとられるサイカ。


「あ~気にすんな。こいつ人見知りなんだ」


 そしてフォローを入れるバルタに、サイカは再び問う。


「ああ、それはすまなかった。ともかく助かったよ。それで、何故お前はこのような場所にいるのだ?」


「ん~まあ色々事情があってな。この研究所を潰しに来たんだよ」


「研究所? ここは城の中ではないのか?」


 サイカは疑問を抱く。


「上は城に繋がってるが、ここは海の中に建てられた地下研究施設だ。俺はこの国の研究所を全て破壊することが目的でな。ここが最後の砦ってわけ」


「は? まさか近頃アスピドの町を騒がせているテロ行為は……」


「ああ、俺達のしわざだ」


 サイカの頭に再び疑問符が浮かぶ。


「お前っ……なんでそんなこと」


「ああ、まあ安心しろ。おそらくお前らと敵は一緒だ。つまりは俺達と共存関係を築けるわけだ」


 そう言うと、三人は再び奥へ歩き出す。


「おい待て、最後まで話を――」


「せっかくだが時間がなくてな、先に行かせてもらうぜ。俺とナナは今、この姉ちゃんに捕らえられた事になってるからよ。今は下手に動けねえんだ。時が来るまでは別行動にしようや」


 と、バルタは告げ、サイカを残して去って行った。


 後を追うにも未だ体力と魔力は回復せず。

 仕方なくサイカはしばしの休息を余儀なくされた。





 ご覧頂き有難うございます。

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