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再会、そして下僕になる -03-

 私の王城での生活は、すでに二ヶ月が経過しようとしていた。


 どうして、孤児の私にここまで優しくしてくれるのだろうと思いつつも、生きていくためにその厚意に甘えた。


 普通に生活ができるようになってきた頃から、文字の読み書きや礼儀作法、淑女としての教育まで、主にアンジュさんが手取り足取り教えてくれた。


 もちろんその厚意を無下にしないためにも、全てのことに精いっぱい全力を降り注いだ。それに勉強することはとても楽しかった。


 厚かましいと思いつつも、少しでも王城というこの場所に相応しい人間になれるように頑張った。


 乱雑だった言葉遣いも、歩き方も、全てが見間違えるほどに変わったと、自分でも思えたほど。


 くすんでいた肌は透明感を取り戻し、切りっぱなしだった髪は綺麗に整えられ、良い香りのする香油までつけてくれた。


 今の私は、お姫様まではいかなくとも、貴族のご令嬢様に間違えられても不思議ではないくらいだ。ちょっとだけ、盛りすぎたかも。


 箒を持ってテオに決闘を挑んでいた日々が、まるで嘘だったかのように。


 ……違う。今の自分が嘘つきだ。


 こんなに良くしてもらっているのに、まだ全てのことを話せていないのだから。


 けれど、昔の私の行いを知られたら、ここにはいられない。いや、本当はここにいてはいけないのに……


 私が罪人だということは、決して忘れてはいけないのだから。




「ソフィア様、お散歩に行きませんか?」

「お散歩、ですか?」

「たまには気分転換も必要ですよ!」


 私は王城に来てから、ほとんど部屋の中から出ていない。そんな私を心配してくれたアンジュさんが誘ってくれた。


「お城の敷地内ならだいたいどこにでも行けますよ。行きたいところはありませんか?」

「えっと……」


 行きたいところと聞かれ、ひとつだけ頭に思い浮かんだ。けれど、はっきりと答えられない理由があった。


 私がなかなか言おうとしない様子を見たアンジュさんには、容易に想像がついたらしい。


「騎士訓練場」

「うっ!?」


 アンジュさんのその一言に、私の鼓動がドキッと跳ね上がる。一気に顔が熱ったのがわかるほど。


 だって、全くその通りだったから。


「もしかして、私が騎士の訓練中に会わない方がいいと言ったから、行きたいとおっしゃることができなかったのですか?」


 私は無言で頷いた。それもまさにその通りだったから。


 ここまでアンジュさんに心の内を読まれてしまい、すでにお手上げだった。アンジュさんには、私の気持ちが手によるように分かるらしい。


「そうですね。そろそろ一度、行ってみますか。様子はどうなんだ、と煩くなってきたところでしたし丁度いいですね。でもソフィア様、覚悟だけはしておいてくださいね」


 覚悟と言われても、正直なところよく分からなかった。けれど、私はアンジュさんの言葉にこくりと頷いた。


 私は、助けてくれた騎士様にやっとお礼が言えるかもしれないと嬉しくなって、早々と、外に出る準備をし始めた。


 ただ、アンジュさんが「おもしろそう」とひっそりと呟いていたことが、少しだけ気になったけれど。




 騎士訓練場までは少しだけ距離がある。アンジュさんは歩きながら、王城の敷地の中を説明してくれた。


 春になると、ガーデンパーティーが開かれる花の香る綺麗な庭園。


 夏になると、多くの人が涼みに来る憩いの噴水広場。


 秋になると、赤黄橙、色とりどりの紅葉に心が奪われる並木道。


 冬になると、ロマンチックにライトアップされる、とっておきの秘密の場所。


「全ておすすめのデートスポットですよ。ソフィア様もぜひ使ってくださいね」

「は、はい……」


 王城の敷地内でデートだなんて、そんなことを言い出すアンジュさんはすごいな、と正直思った。


 同時に、そんな風に恋について話すアンジュさんの表情が、眩しいほどにきらきらと輝いて見えて、とても素敵だな、と羨ましくも思った。


 ずっと部屋の中にいて、ふと気付けばあの日のことを思い出してしまい、心が滅入りそうになっていた自分を、こんなふうに外に連れ出して楽しい気持ちにまでしてくれる。


「アンジュさん、ありがとうございます」

「ふふ、お礼を言われるような特別なことなんてしていませんが、どういたしまして」


 素直に気持ちを受け取れるアンジュさんはやっぱり素敵な女性だ。




 そして、とうとうお目当ての騎士訓練場に着いた。


 騎士訓練場には王城の騎士様の他、上級騎士学校の生徒さんたちも一緒に訓練をしているという。


 この国の上級騎士学校は、王城に勤める騎士様を養成する学校だから、生徒さんたちの訓練も実践的で、実務訓練として王城の騎士様に付いて学ぶシステムらしい。


 今まさに、たくさんの騎士様たちが訓練をしているところだった。


 掛け声や怒声が鳴り響き、私を圧倒する。


「ソフィア様、大丈夫ですか?」

「は、はい。毎日このように訓練をなさっているのですね。すごいです……」

「ふふ、今はまだ大人しい方ですよ。さあ、ソフィア様の愛しの騎士様を探しましょう!」

「い、愛しの、って、違います。命の恩人です!!」

「同じことですよ。じゃあ、運命のお相手、ならいいですか?」

「命の恩人です!!」

「はいはい」


 素直じゃないんだから、とアンジュさんは笑う。


 素直も何も、まだあの時しかお会いしていないんだから……


「でも、たくさんの騎士様がいらっしゃるので、ここからではわかりませんよね?」


 私の持つ手がかりは、大きくて鎧を着た騎士様だということ。


 訓練している騎士様たち全員が漏れなくそれに該当しそうだった。私の手がかりは、全く役立ちそうにもない。


 残された手掛かりは、声と、優しいラベンダーの香り、だけ。


 私は「仕方がないですよね」と肩を落とす。そんな私にアンジュさんがはっきりと告げた。


「大丈夫ですよ。きっと、もう少しすれば始まると思うので、ここからでもはっきりとわかりますから」


 自信満々に告げるアンジュさんの言葉に、私は首を傾げる。


「どうしてそんなに自身満々なんですか?」


 今、私たちがいる場所は騎士訓練場の外だ。騎士様たちの姿は辛うじて豆粒くらいの大きさで見えるだけ。


 アンジュさんのその自信が疑問でしかなかった。


「それはですね、ふふ、百聞は一見にしかず、です。もう少しだけ待ってみてください」

「はい……」


 アンジュさんに言われ、私は騎士様たちの訓練を見守った。


 やっぱり騎士様という存在は格好良いと思う。物語の世界でしか知らなかったけれど、昔から私の憧れの存在だったから。


 だから、ただ見ているだけでも、私は楽しい気持ちでいられた。それなのに、


「!?」


 突然聞こえてきた一際大きい怒号に、私はビクッと肩を振るわせる。楽しい気持ちも一気に吹き飛んでいってしまった。


「怖い、怖すぎる……」


 身の毛もよだつほどの恐ろしさを覚えた。救いを求めるかのようにアンジュさんを見ると、


「あ、始まりましたよ」


 どうしてか、とても嬉しそうに教えてくれた。






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