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逢魔が時の優しい魔物 -01-

「聖女様がいれば、か……」


 就寝前の誰もいない部屋で、私はぽつりと呟いた。


「アラン様は、どうして突然そんなことを言い出したのかな? もしかして、本当は私が偽聖女だって知ってる? ううん、それはないはず。知っていたら今ごろ、私はここから追い出されているはずだもの」


 自問自答を繰り返す私だけれど、いくら考えても答えが出てくることはなかった。


 それどころか、助けに来てくれた時のアラン様のことが脳裏に浮かび、思わず枕を抱きしめる力が強くなる。


「本当にお姫様を守る騎士様みたいだった……って、アラン様は本物の騎士様だし!! 私がお姫様なわけないし!!」


 言ってて自分が恥ずかしくなる。


 お姫様どころか、アラン様にとっての私という存在は、女でさえないというのに。


 でも、勘違いもしたくなってしまう。だって、今もあのほろ苦いチョコレートの味が鮮明に思い出されるのだから。


「訓練場に行くたびに、毎日チョコレートを用意してくれていたのって、きっとアラン様だったんだね。どうして、そんなに優しくしてくれるのかな? もしかして、私のことが……」


 そこまで口にしたところで、私は枕に顔を埋めて悶える。


「私ってば、何を言おうとした!? えっ、どうして!? とりあえず落ち着け、深呼吸だ!!」


 顔を埋めたまま、一度大きく深呼吸して、少しだけ冷静になって考える。


「アラン様が私を“好き”だなんて、それだけはあり得ないわ。さっきもブサイクな顔って言われたし、抱っこしようかだなんて、絶対に子供扱いだもの。そりゃあ、アラン様から見たら私なんて子供だろうけど……それに、私は下僕だもの! 優しいふりして餌付けまでして、信用させて、何か無茶なことをさせるつもりなのよ。きっと用が済んだらポイっとされるはずよ!!」


 けれど、ポイっとされても仕方がないな、と私は思う。


「私が本物の聖女だったら、アラン様は喜んでくれたのかな? 少なくとも下僕じゃなくて……」


 初めから、女扱いをされるくらいには……


 けれど、私は偽聖女。


 どうにもできない虚無感に襲われ、とうとう私はそのままふて寝した。



 そして、翌日になり、私は昼食を自分に与えられた部屋で食べながら、午後は何をしようかなと考えていた。


 そんな私にアンジュさんが尋ねてくれる。


「どうなさいました?」

「今日、突然お仕事が休みになったじゃないですか? 午後からは何をしようかと思って考えていたんです」


 ちなみに、午前中は図書室で本を読んでいた。もうほとんどの文字が読めるようになっていた私は、本を読むのが楽しい。


「騎士訓練場に行けばいいじゃないですか。みなさま喜びますよ?」

「……そうですかね?」


 働きはじめてからは、仕事に支障をきたさないためにも、騎士訓練場にも来なくていいと言われていた。


 だから、久しぶりに騎士訓練場に行こうかな、とも思ったけれど、昨日の今日で、行くのを躊躇ってしまった。


 会わせる顔がないというか、どんな顔して会えばいいのかがわからなくて。


「アラン様は今日は?」


 含み笑いを浮かべながら、アンジュさんは私に聞いてきた。


「どうしてここでアラン様のお名前が!?」

「ふふ、知ってますよ。昨日、お二人が仲良く手を繋いで歩いていたって」

「どうしてそれを!?」

「城中大騒ぎです!!」

「城中、大騒ぎ……」


 私は迂闊だった。


 孤児院では、男の子と手を繋ぐことなんて良くあった。けれど、アラン様は男の“子”ではない。立派な男性だ。


 しかも、ここはみんなが家族のような孤児院ではない。由緒正しき王城だ。国の中枢だ。


 それに何と言っても、淑女は気軽に婚約者以外の男性と手を繋ぐことなんてあり得ないとアンジュさんから教わったのに。


 けれど、先に手を繋いできたのはアラン様の方なんだよね……


 私はまた勘違いをしそうになる。


「ふふ、そのリボンもアラン様からのプレゼントですよね」


 私の髪には、初めて王都の街に出掛けた時にもらったリボンが飾られている。あの日からずっと、私の髪を可愛らしく彩ってくれている。


「はい。とってもお気に入りなんです。宝物……あっ! ペンダント!!」


 私はとても大切なことを思い出した。


 昨日、シャロンさんにペンダントをもう一度見せて欲しいと頼まれ、首から外して渡したまま、店が忙しくなり、返してもらっていないということを。


「私、食堂に忘れ物をしたので、午後はそれを取りに行ってきます」

「休みの日なのにですか?」

「休みの日でも、シャロンさんのお料理はとっても美味しいから食べたくなります。それに、今から行けば、空いた時間にお料理を教えてもらえるかもしれないですし!」


 シャロンさんの料理が美味しくて、料理も教えて欲しい。それは本当だ。


 それに、もしお料理を教えてもらえたら、それを口実にアラン様に素直に会える気がするから。


 でも一番は、ペンダントがないとやっぱり不安だということ。クロエ姉さんの生きた証、大切なペンダントだから、早くあるべきところに戻ってきて欲しい。


 私は歩いて食堂へと向かい始めた。私にとって歩くのは苦じゃない。むしろゆっくりと街並みを見ながら歩くのが好きになっていた。


「いろいろと手続きをしていたら遅くなっちゃったけど、お客様のいなさそうなちょうどいい時間に食堂に着けそうだね」


 私が王城の外に出るには許可が必要で、その申請を行なっていたら、出発するのが遅くなってしまった。


 そして、私は食堂に着いた。今はまだ夕食まで時間はある。食堂は閑散としているはずだ。


 私は、ちらっと中の様子を窺った。もし忙しかったら迷惑になるだろうからと思ってのこと。けれど、


「え? どうしてここにいるの?」


 店の中には、アラン様とエリーさんが二人きりで座って話をしているのを目撃してしまったのだ。


 二人きりで……


 心を抉るような痛みと、胸の内に芽生えはじめている何かが、私を襲う。


 瞬間、ペンダントを取りに来たはずなのに、反転して駆け出していた。私は無我夢中で走った。何も考えないように。


 そして、昨日男の人に絡まれた橋の上までやってきた。とりあえず、周りに変な人がいないことに私は安堵する。


 私は橋の欄干に頬杖をつき、川の流れを無心で眺めはじめた。けれど、どうしても考えてしまう。


 二人は本当は恋人なのかな、と。


 王城ではアラン様に気軽に話しかける女性など見たことがなかった。


 けれど、アラン様とエリーさんはとても気心が知れている仲だということくらい、鈍い私でもわかる。


 何より、アラン様とエリーさんは同じ香りがする……


 お揃いのラベンダーの香り。


「あ、だめ、泣きそう……」


 私は必死に泣くのを堪えた。この涙の答えに、もうすでに気付いてしまっていたから。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。紺碧の空は茜色になり始め、少しだけ肌寒くなってきた。


「そろそろ帰った方がいいかな? でも、なんとなく、帰りたくない……」


 私は未だ、川の流れをボーッと見ていることしかできないでいた。




「ソフィア……」


 突然、私の名前を呼ぶ声がした。とても聞き覚えのある声で。


 ドクンと大きく鼓動が跳ね上がる。


「嘘、あり得ない、だって……」


 私の心臓が、バクバクとありえない速さで早鐘を打ち続ける。その音が頭に鳴り響き、周りの音なんて、もう何も聞こえない。


 その声は、大切な大切な思い出の中にいるあの人の声と同じだったから。


 もう、思い出の中でだけしか会えないと思っていた人だから……



 震える身体を抑え、その声の主の方へと、私は振り返る。



「テオ……」



 燃える夕陽を背に、死んだはずのテオが、目の前に立っていた。






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