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無知とは……

いつだって大切な事は後から知る

作者: 夏月 海桜

またも思い付きですみません。

前作【虚ろな目〜】は、アンハッピーエンドのつもりで書いたのですが、胸糞エンドと言われたので、これくらいがアンハッピーエンドになるのかなぁ……?

と思いつつ執筆しました。

掌編作品です。

「もう我慢ならない。君とはこれきりだ。婚約は解消する!」


私は長年の婚約者に解消を突き付ける。破棄と言わないのは彼女との10年を大切にしていたからだ。


私と彼女は同い年で彼女の父が医師である関係で元は病弱な私の主治医だった。治療のために彼女の父が訪ねてくれる度に彼女も共に来てくれた。彼女に母がいないため、家に1人にしておけない、という彼女の父が連れて来ていた。


私達は交流を深めた。

病弱で投げ槍な態度の私を明るく叱って励ましてくれる彼女に惹かれるようになり、彼女のおかげで元気になっていった私を彼女も好きになってくれたらしい。

私達の想いを知った互いの父が婚約を締結した。


そうして10年。

私達はずっと一緒だった。8歳の時から互いを慈しみ思い合い愛を育ててきた。

ーーそう思っていたのに。


優しかったはずの彼女はいつの間にか、学園生活の中で人を虐めるような醜い女性に変わっていた。最初は信じられなかった。あの彼女が。

だが実際この目で見てしまえば信じないわけにはいかない。私は彼女を諫めた。だが彼女は私が見たと言っているにも関わらず、知らぬ存ぜぬを押し通す。


10回彼女を諫めた時点で彼女が虐めている相手を守る事にした。彼女の父は立派な方で数々の人間を救って来た医師だ。その功績が認められて平民から男爵位を授かっている。

私は子爵家の嫡男なので彼女を娶るのに何ら問題はなかった。

そして彼女が虐めていた相手は生粋の男爵令嬢だった。彼女と同じ男爵令嬢でも彼女の方が新参者だというのに、敬意を払う相手を虐めるなんて……。


しかも彼女に虐められていた男爵令嬢の婚約者は浮気者で有名だった。だからこそ、彼女が更に男爵令嬢を虐めている事が許せなかった。私は彼女の魔の手から男爵令嬢を救うため男爵令嬢と一定の距離を保ちつつも親しくなっていった。


その度に昔の彼女を彷彿とさせるような明るく優しい男爵令嬢に惹かれていく私がいた。男爵令嬢も私を好きになってくれているのに気付いた。だが私達は互いに婚約者が居る身。どうにもならない。


だがある日男爵令嬢の浮気者の婚約者との婚約が解消になったと聞いた。それを聞いた私は彼女の虐めに限界を超えた事もあり、「彼女と婚約を解消するからあなたと婚約したい」と男爵令嬢に申し入れた。それに了承を得た私は、長年の婚約者だった彼女に解消を求めた。


あっさりと受け入れられて、私の父も彼女の父も了承し、私達は婚約を解消した。そして彼女に虐められ婚約者にも浮気されていたあの男爵令嬢と婚約した。


学園卒業後に結婚することになったので最終学年だった私達は急いで結婚の準備を進めて無事に結婚した。私が子爵の嫡男なので既に家を継ぎ、父は亡くなった母の墓がある領地へと隠居していた。子どもにも恵まれ私達は久しぶりに互いの親に孫を見せに行く事になった。妻の両親も私の父と同じく領地にいる。学園卒業後5年目。23歳の私は2人の男の子の父になっていたところだった。


下の子は妻が面倒を見て、上の子を庭へ連れ出していた私は、私の父と妻が仲良く喋っている様子を庭から眺めて幸せだと思っていた。長年婚約者として思い合っていた彼女の事など、すっかり忘れていた。……この時までは。


上の子が眠そうにしていたので屋敷に入り侍女に子を頼んで、妻と父が居る応接室へ向かう。建て付けが悪くなっているのかあちこちが悪くなっていて人が通る度にギシリとろうかも鳴る。修繕するか、と考えていれば応接室の扉が開いていて、これも直すようだな。などと考えつつも聞こえて来た父の話に硬直した。


「孫を2人も産んでくれてありがとう。息子の前の婚約者はいい子だったが、君も知っての通り子が産めない身体だったからね。嫡男の妻が子を産めない身体では我が家が断絶してしまう」


は?

どういう、ことだ?

前の婚約者って彼女のことだろう?


「いえ。私もあの子から頭を下げられましたから。旦那様の子を産めない身体の私では妻になれない。あなたはあの浮気者の婚約者と別れたいけれど、彼と別れたら良い縁談が見込めないのでしょうから、彼と結婚してくれ、と言われた時は驚きましたわ」


「うむ。私もあの子から提案された時は困惑したがあの子の父は医者だ。その父から子を産めない身体だと言われたのでは、可哀想だったが……」


「彼女は私に、虐めるフリをする。そうすれば旦那様は優しい人だからあなたを守るために動くだろう、と。私の元の婚約者の件は彼女がお父様にお願いして別れさせると言ってくれて、本当にそうして下さいましたし。あの子には感謝しかありません」


「なんでも、浮気性という病らしいな。心の病のようだ」


「まぁそうなんですか」


うふふ。わはは。と2人の笑い声が聞こえてくるが私の頭の中はグルグルと思考の渦に飲み込まれて息が詰まりそうだ。


「旦那様にはこれからも内緒でお願いします」


「うむ。あの子との約束だからな。真実を知ってしまえば、あいつはあの子に会いに行こうとする。今更会っても仕方ないのに、それでも行こうとするからな」


「はい。彼女も言ってました。優しい人だから真実を知れば罪悪感に押し潰されてしまうだろう。だから知らせないでくれ、と」


何という事だろう。

妻との仲が深まったのは、彼女の策略だというのだ。

ああ。どうして私はいつだって大切な事は後から知るのだろう。母が病気にかかった時も母が死ぬ間際まで教えてもらえなかった。

今回も彼女の真実などまるで知らなかった。


……いや。家が古くて扉がうまく閉まっていないまま、私が居ないから……と話し始めた父と妻の油断が無ければ、私は一生知らなかったに違いない。


彼女が優しいと知っていたのに。

彼女が辛い事にも気付かず私は妻に恋した。

それすら彼女の望みで。

彼女はきっと解っていた。私達は10年も一緒だったのだ。私の性格を誰よりも理解していた。

だから彼女は、私が妻に恋するように私の前で妻を虐めているフリをしたのだろう。


私は解っていたはずだ。彼女がそんな人間ではない事を。

彼女の豹変ぶりを訝しんでいたのに、彼女の心を聞く事はせずに、豹変した彼女を責めていただけだった。

私は愚かだ。

彼女に一言、どうして変わったのか尋ねれば良かったのだ。彼女と私。2人だけの約束に尋ねられたら嘘はつかない、というものがあった。

それを思い出していれば。

彼女に尋ねていれば。


嘘をつけない彼女は真実を話してくれただろう。


たとえ子が産めない身体だと言いたく無かったとしても。彼女は嘘をつかなかった。その約束を忘れていたのは私だ。彼女の豹変ぶりに驚き憎むだけで彼女の心の内側に迫る事をやめたのは私だ。


ーー真実を今更知っても私に出来る事などない。会いに行ってしまえば、罪悪感から妻子と別れようとしてしまうだろう。


彼女はそんな私の性格を知っていた。だから父と妻には私に話さない事を頼んでいたのだろう。

この家がこんなに建て付けが悪くなければ。

私がもう少し庭に出ていれば。

私は何も知らなかったに違いない。彼女の事を忘れたまま、今の幸せを享受し続けただろう。


もう今更なのだ。

私は彼女の心の内に迫らず彼女の外側だけの豹変に嫌悪を示して、……彼女を捨てたのだから。

真実を知ってもどうにもならない。

私は今まで通り知らぬフリをして幸せな日々を過ごしていかなければならない。彼女を捨てた痛みを抱えて。

アンハッピーエンドを書きたい意欲がおさまったので、次に短編を書く時はハッピーエンドになるような話だと思います。多分

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