6 ゴールド達のお茶会
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残念ながら桜は散ってしまい、全て葉桜になってしまった。ふと時計を見ると予定の時間が近付いていたので、海は注文しておいた特注の和菓子の包を抱えて撫子棟に急いだ。
今日は各クラスのゴールドの交流会だ。クラス同士は派閥争いが絶えないが、建前上各クラスは連携し、協調性を保っていることになっているので、時折こうした交流会が催される。
招待されたのはゴールドと任意の者、各クラス二名ずつ。Bクラスは紫藤伊織、七沢桜。Cクラスは秋月慧斗、神野朱里。Dクラスは三ノ宮冬馬だけだった。ゴールドとシルバーは和装で、ノーランクは制服だった。これは指定した訳ではないが、自然とそう決まっている。
招待客は律が撫子棟の和室へと案内し、海は裏方だった。出来るだけ顔を合わさないように計らってくれたのだろう。
お茶会は滞りなく進み、その間海は別室で待機していた。そしてお開きになった後、見送りの為に玄関に向かい、そのまま礼をしていれば終わるはずだった。
───が、しかし。
「かーいちゃん!」
「よォ日野森」
海は声をかけられ恐る恐る顔を上げた。
「朱里先輩、三ノ宮様・・・・・・」
二人は海の目の前に立っていた。軽く周りを見渡すとBクラスは既に帰ってしまっている。少しホッとする。
ふと朱里の着物が目を引いた。
朱里はシャーベットグリーンの生地に、全体に牡丹の柄があつらえられている。髪はテンプレートなまとめ髪ではなく、編み込みなどで今風にヘアアレンジしており、小さいパールをいくつか飾っていた。
バッグには細やかな金の糸で刺繍が施され、草履も新しい。見ているこっちが胸踊るような可愛らさが詰まっている装いだった。
(三ノ宮様は相変わらずだな)
相変わらず金髪オールバックだ。しかし服装は無地の濃紺のスーツに渋目の赤ネクタイをしている。赤色が鮮やか過ぎないのでとてもスーツがシックになっていた。
髪も常にブリーチを欠かさないのか、全く地毛が出ていないので美しかった。今回は前回あった時と違い(サングラスと傷メイクも無いので)この前より品があった。
「お茶会はいかがでしたか?」
「お茶と和菓子、とっても美味しかったわ」
「確かに、あれは凝ってたな。和菓子の餡が美味かった」
「よかったです」
海はホッとした。お茶を点てたのは朝陽で、あの和菓子は海がデザインを選んだものだった。喜んでくれたなら素直に嬉しい。
「それにああいう閉鎖的な場所って、人間の性根とか魂胆が見え見えで楽しいのよね」
「どういう楽しみ方ですかそれ」
朱里は顔は可愛いのに時々えげつないことを言う。しかし彼女は直感で人を見抜ける性質らしいので、それは致し方ないことなのかもしれない。ふと朱里の後ろを覗くと秋月が呆れた顔で眺めていた。目が合ったので軽く頭を下げると、瞬きを一つ返して先に帰っていった。
「秋月様帰られましたけど大丈夫ですか?」
「車呼んだから大丈夫。私は実家だから慧斗とは帰りは別々なの」
「そうなんですか!」
シルバーは特権で実家通いが認められている。そこに苦言を呈したのは三ノ宮だった。
「相変わらずだよなお前。ザお嬢様って感じで」
「三ノ宮先輩こそ、相変わらずお暇ですよね」
「お前の方が暇だろ。つか何勝手に学院に使用人呼んでんだよ。自分で歩け」
「着物って着るの大変なんですよ。草履で歩くのも一苦労だし。だから先輩もスーツなんでしょ?」
「そうだが?」
(そうなんかいっ!)
堂々と言うな。
「そういえば三ノ宮様、稲葉くんは今日来てないんですね」
「稲葉って誰?」
海の質問に朱里は首を傾げる。
「アイツはブロンズだからな。一応誘ったが逃げられた」
「先輩が取り巻き作るなんて珍しい」
「舎弟だ」
「いやパシリでしたよね明らかに」
朱里は「うわー最低」と漏らしたが、三ノ宮は素知らぬ顔で続けた。
「お前の所にも物好きが入ったよな。確か秋月に心酔してて、高等部に入学してから寄付金積みまくって一週間でAクラスからCクラスに編入したんだろ?」
海には心当たりがあった。
「え、それってもしかして」
「そ。この前会った垂水雄一郎。悪い奴ではないんだけど、時々めんどくさいとこあるのよねー」
クラスは自分では決められない。しかしこの学院は一定の条件を満たせばクラスを変更出来る。
「シルバー捨ててCクラスのノーランクになるんだから相当な根性だよな」
ノーランクよりもシルバーの方が格上とされている。またシルバーにはシルバーのグループが形成されており、ゴールドに次いでブロンズを支配する形だ。
そのシルバーを捨て、ノーランク、言わば裏方に徹するのは確かに並大抵の根性ではない。
「まあ中等部からの持ち上がりだから、別にどのクラスでもやっていけるんでしょう。私は三ノ宮先輩の方が根性あるなって思ってますけど」
クラスは派閥そのものだ。それを乗り換えたということは、前のクラスからも新しいクラスからも浮いてしまいそうだが、世渡りは上手いらしい。
朱里のいうように、秋月が絡んでくる時だけめんどくさいのだろうか。
するとそこに一台の白い高級外車が止まった。朱里の迎えだ。
「じゃあまたね、海ちゃん。先輩も」
「はい、ありがとうございました」
海はピカピカに磨かれた車を見送った。
「そうそう。龍之介はまだ来てないか?」
「何しにですか?」
「落とし前付けに」
そういえばそんなこと言っていたなと苦笑する。
「本当に結構ですよ。気にしないで下さい」
(そもそも事の発端はあなただと思うんですけど)
「そうか。じゃあ何か困ったら頼るといい。案外困ってる奴はほっとけないタイプだ」
その言葉には稲葉への信頼が垣間見え、海は笑った。
「ありがとうございます」
***
朱里と三ノ宮を送り出した後、海は慌てて撫子棟の和室に向かった。既に律がほとんど片付けが終わらせており、海が出来たのは洗い物くらいだった。簡単な台所で茶碗などを乾燥機に入れ、海は掃除機をかけ終わった律に謝る。
「ごめんね、ほとんど手伝えなかった」
「いいよ。元々お前の本分は情報収集なんだ。俺と同じことをしなくていい」
そこに袴姿の朝陽が顔を覗かせる。
「無事茶会も終わったし、着替えたらなんか食べに行くか」
おっ、と律は笑う。
「朝陽の奢りか?」
「勿論。カナールに行こう」
「やったー!」
海は両手を上げて喜んだ。学内にはいくつかカフェやレストランが点在し、その中でもカナールは一番高級なカフェだった。特にケーキが絶品と評判で、世界的にも有名なパティシエが作っている。
「さては投資ファンドが上手くいったな?」
「想像に任せる」
朝陽はバイトをしていない分、知恵を働かせて稼ぐタイプだった。グリュック学内はバイトは禁止されていないが、何分お金持ち学院だ。そもそもバイトという概念が無い。
それでも朝陽は、親の仕送りに頼らず自己資産を着々と築いている。
「朝陽くん、ケーキ三点とドリンクセットにしてもいいですか!」
「いいよ」
「じゃあ俺パスタセット」
「あー確かに小腹空いたすいたね。パスタもイイなぁ」
盛り上がっていると、朝陽は眉尻を下げた。
「なんでもいいからとりあえず着替えを手伝ってくれ。後ろの帯が解けないんだ」
「はいはい」
朝陽が律と着替え始めたので、海は外で待機していた。
今日は休日だったが、三人とも制服になった。結局校内ではこの姿が一番落ち着いた。カフェカナールに向かう途中、芝生が敷かれたグラウンドの横を通った。グラウンドではサッカー部が練習をしている。
この学院で唯一クラス間の影響が無くなるのは部活動だ。この学院の生徒は授業は授業、部活は部活と分別をつけて行動する。特に体育会系はスポーツマンシップに基づいて行動するので、基本的に仲は良さそうだった。
すると海の側頭部に向かってサッカーボールが飛んで来たのを、朝陽があらかじめ察知して海の腕を後ろに引いた。
「!」
「悪い、引っ張ったの痛かったか?」
「大丈夫。ありがとう」
ボールは通路を挟んだ向こうにある木にぶつかり、跳ね返って転がりながら戻って来たのを海は拾い上げた。
基本的にグラウンドはフェンスで囲まれているが、偶然出入口の扉が開いていて、その間をくぐり抜けて来たのだ。
そこに一人のサッカー部員が走って来た。番号十番、サッカー部のエースだ。
彼はほんのり小麦色の肌をしており、サッパリとした髪型で、細身の長身だった。整った顔立ちをしており、いかにも女子からモテそうな顔をしていた。
「すみませんでした!怪我してませんか?」
彼は丁寧に謝り、心底心配そうな顔をしたので、海は手を振った。
「全然大丈夫ですよ」
海はボールを手渡すと、彼は意味深に笑った。
「ありがとうございます!よかった、Aクラスのゴールドの方々を怪我なんてさせたら、生きていけないですから」
会釈してから走り去っていく彼の背中を、朝陽と律が複雑そうな面持ちで眺めていた。
「・・・・・・今のは、紫藤伊織の腹違いの弟だ」
「え!?」
朝陽の言葉を聞いて思わずさっきの彼を振り返った。印象も大きく違い、遠目から見ても似ていない。
コートに戻った彼は勢いよくボールを蹴った。それからプレーをするチームメイトに指示を出し、指で合図を送ったりと、コートの中でリーダー的存在だった。
「サッカー部、二年Cクラスシルバーの戸崎晶。紫藤伊織の父親の愛人の息子だ。認知はされていて、伊織とはほとんど似た環境で育っている」
兄の伊織はカリスマ性で人を惹きつけるタイプだが、弟の晶は努力で人の上に立つタイプに見える。
ただ確かに、どこか似ている雰囲気は感じられた。
「りっちゃんどうして詳しいの?」
「基本的にシルバーの素性は全て調べ上げている。うちのクラスはあまり無いが、シルバーはゴールドの取り巻き的存在だからな」
確かに、と海は思う。
「そういやそうだね。特にBクラスは両手に花どころか、両腕いっぱいに花だもんね」
「Bクラスのシルバーの女子率が高いのは偶然だけどな」
「行くぞ二人とも」
朝陽はB組の話題を避けるように歩き始めた。
***
お茶会から数日後、律と明日の古典の小テスト勉強中、海はあることを尋ねた。
「最近の朝陽くん、なんか変じゃない?」
朝陽は最近心ここに在らずといった感じで、ずっと考え事をしている。思えばお茶会の日からだ。お茶会で何かあったのだろうか。
律はなんと言おうか悩んだ末に結局、
「お前が気にするほどじゃない。疲れてるんだろ」
とはぐらかされた。海もそれ以上は追及しなかった。
「あ。りっちゃん、ノート見っせて!」
うふっと笑いながら律のノートをねだる。律は問題を解きながら、「ん」とノートを突き出してきた。律のノートを開いて海は呻いた。
「うっわ何これ書道のお手本かよ」
流麗に綴られた字は、シャーペンで書かれたとは思えないほど達筆で、まるで印刷かと錯覚する。他のノートを見てもどれも同じく綺麗な字で丁寧にまとめられていた。
「ただの板書だろ」
「いやこれはどう見てもこれは先人顔負けの美麗字だよ!・・・・・・そうだったー、りっちゃんは腐ってもボンボンだった」
(見た目はヤンキーなのに)
余計なことな心の中で付け足しておく。
何がそう連想させるのだろう、常に真面目なのに何故か印象はヤンキーなのだ。律はクラスメイトと一線を引いている。それは自分から率先しており、律が特定の誰かと親しくしているところを見たことがない。
本当なら一番人付き合いが上手いのは律だと海は考えていた。
「腐ってもってなんだ、腐ってもって」
「やっぱ書道好きなの?」
「いや、あんまり字を気にしたことはねぇな。好きなのは水泳」
「ガタイいいもんねぇ!いい身体してる!うん!」
「お前オッサンくさいぞ」
海は椅子をグラグラ揺らしながら頭の後ろで手を組んだ。
「だって、勉強がアレ過ぎてどうでもいいことばっか脳に入ってくるー!」
「それとなく俺の全てをどうでもいい判定しやがった。いいから次の問題解けって!あと転ぶぞ」
「えーん、本当分かんないんだよー」
チラッと律を見やると、ため息をつきながらこっち側にまわってきてくれた。
「どこだよ」
「ここです」
「その『む』は後ろに体言があるから『婉曲』で訳さないと。あとそもそも活用表のここ、写し間違ってる」
海はガックリ項垂れた。勉強しやすいようにまとめたつもりが表を写し間違えていたなんて、元も子もない。
「だから永遠に解けなかったんだ。はー!もう無理だわ!」
「無理じゃない。ほら頑張れ。古典テスト明日なんだからよ」
海は渋々シャーペンを握った。
「大丈夫かなぁ、私」
独り言のつもりで呟いた言葉だったが律にも聞こえたらしく、少し困った顔をした気がして、それからすぐに次の問題に取り掛かっていた。
***
「失礼しまーす!」
バーンと勢いよく執務室のドアを開ける。
「ひい、もっと静かに入れ」
「失礼すると宣言してますから」
「そんな意味じゃないだろそれ」
言葉とは裏腹に、朝陽は声を出して笑っていた。少しは気が紛れてくれただろうかと、海はホッとする。
「テスト勉強は捗ったか?」
「まあまあかな」
というのは嘘だ。めちゃくちゃ手こずった。
「律は?」
「まだやってる。もうすぐ来ると思う」
「そうか。実はそろそろクラス別校外合宿の打ち合わせをしておこうと思ってな」
「五月の行事の?」
「そうだ」
クラス別校外合宿は、各クラスが別々のホテルや旅館を貸し切って三学年合同で宿泊する。毎年恒例の行事だった。
「三泊四日。一年から三年のAクラスが同じ宿泊施設に泊まって集団意識を高める、というのが建前で、実質は勉強の詰め込み合宿だ」
「そんな・・・・・・」
海はガックリした。まあおおよそそんな予想はついていた。エスカレーター校なのだから勉強は必要無さそうにも思えるが、この学院は他校への受験も推奨している。
常に向上心を保たせることこそが、この学院から数多くのエリートが輩出される理由だ。
「一応レクリエーションもあるぞ。一番人気は最終日のキャンプファイヤーだ」
慰めのつもりで教えてくれたのだろうが、海にとっては逆効果だった。
「高校生のレクリエーションで最大の目玉が、焚き木を燃やして火を眺めることだというの!?そんな訳ないでしょっ!」
もっと他に何かあるだろう。勉強のし過ぎでみんな評価基準がおかしくなったのか。
「でも今年はいつものホテルを抑えられなかったから、いつもより楽しい合宿になるかもしれないぞ」
朝陽から今年の宿泊施設のパンフレットを渡された。海は飛ばし飛ばしに読み上げる。
「龍高温泉旅館。創業二百年の老舗で、源泉かけ流しの湯。和洋折衷な館内で、研修用会議室、WiFi、プロジェクター完備。他にもリラクゼーション施設や、レクリエーション施設でお楽しみ頂けます・・・・・・うわ、部屋めっちゃ綺麗」
写真に掲載されているのは、一般料金の客室だが、合宿にしては上等過ぎる部屋だ。そもそも一泊の宿泊料金が相場の三倍なのがおかしい。
(合宿って名前の旅行じゃん!)
ちなみに館内での行動は制限されていないので、リラクゼーション施設ではスパやエステが体験出来る。レクリエーション施設ではバッティングやバスケ、卓球が行えるらしい。
「ちょっと元気出てきた」
少なくとも勉強で脳が爆発することは回避出来そうだ。
「ひい」
「うん?」
「本当は三つ欲しかったんだが、ラスト一個しか手に入らなくてな。お前が食べろ」
そう言って渡されたプラスチックの箱に入っていたのは、大ぶりで立派な苺大福だった。
「苺大福だ!いいの!?」
「ああ」
「朝陽くん神〜〜〜!!!」
ふとその見た目には見覚えがあった。
(あれ?これ開店して即完売すると噂の、ふくふくっと堂の数量限定特大苺大福では・・・・・・?)
ネットで話題のグルメだ。それもかなり効果で、一つ二千円もする。本当に食べていいのかな?と思いながらも頬張った。脳は遠慮したが、身体が勝手に動いたのだ。
「んー!んんん(おいし)ー!!!」
「食べながら話すと喉に詰まるぞ」
柔らかくも弾力のある求肥を噛むと、中から特大大きくて甘みの強い苺の果汁が溢れ出る。そしてほんのり酸味が後を引き、周りの餡子と絶妙なハーモニーを奏でていた。
「律には言うなよ。夕飯前に食べたってバレたら怒られるからな」
海は一口目を飲み込んだ。
「了解です!」
朝陽は喉に詰まらないようにとお茶まで入れてくれたので、海はのんびり大福を味わう。勉強後の甘味は素晴らしいな。
───ちなみに律はすでに戻って来ていたが、「聞こえてるんだよなぁ」と小さく呟いて外で待っていた。海があまりにも幸せそうに食べていたので、今日だけ夕飯前の苺大福に目を瞑ってを知らないふりをする為だ。