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4 不在のはずのゴールド



 ***



「お腹空いたね」

「そろそろ来るだろ」


 呼び出しのインターホンが鳴ったので、律が顔を確認して中に案内した。

 来たのは食堂のスタッフ。クラス専用棟には特別に配達してくれる。そもそもクラス専用棟には基本的にゴールドと、許可された人間にしか入ることは許されないので、それほど頻繁に呼び出されないという算段なのだ。


 また入るにはカードキーを持つか、今のようにインターホンを押して入れて貰うかのどちらかとなる。今のところ撫子なでしこ棟に入れるのは、朝陽、律、海、そして学長だけだ。


 教師ですら許可無く入ることは出来ず、学長はスペアキーを持っているだけなので、撫子棟に入れるのは実質三人だけと言える。


「さて、早速食べたいところだが」


 海の前にオムライス、律の前にラーメン、朝陽の前に定食が置かれていた。三人はトレイをグルっと回して交換した。


「これ朝陽の醤油豚骨ラーメンチャーシュー増しな」

「ありがとう。()()がロースカツ定食か」

「どもー。で、りっちゃんのオムライスケチャップ増量」

「サンキュ」


 つまり本当に注文したのは、海がロースカツ定食、律がオムライス、朝陽が醤油豚骨ラーメンだった。


「まあスタッフ俺達へのイメージ、分からなくもないな」


 朝陽が醤油豚骨ラーメンに胡椒をぶっかけながら笑った。


「確かに。りっちゃんは可愛いの食べるね」

「お前は男らし過ぎるだろ」

「そんなこと関係ありませーん!カツは可愛いよ!」

「いやそれは無茶だろ」


 流石に朝陽はツッコんだ。


「そうだ、ひい。茶道具がいくつか足りなくて取り寄せ中なんだ。悪いが食べ終わったら、練習用に茶道室に行って茶道具を借りてきてくれないか。話は通してあるから言えば分かる」

「分かった」


 それから三者三様に昼食を終えると、三人は再びそれぞれの仕事に取り掛かった。ちなみに食器は後で回収しに来てくれる。


 海は部活棟の茶道室に向かった。茶道室は文化系の部室が集まる三階の奥にある。今日は休日なので、奥に行けば行くほど人気ひとけが無くなっていく。最後にこの角を曲がれば茶道室というところで、ある男子生徒に前を塞がれた。


「ちょっと待たんかいっ!」


 荒らげた声に海は眉をひそめる。

 ふと彼は、海が女子生徒であると気が付いたようで、少しだけ申し訳なさそうにした。


「あ、ごめん女子やったんか。いやそもそもなんで男もん着とるねん!ややこしい!」


 関西弁の言葉が特徴的で、ネクタイの色は緑色だ。それは高等部一年を表しており、後輩にあたる。敬語が無いのが気になったが、海はさほど気にしなかった。それよりだ。


「なんの用?」

「今ここから先は通行禁止や」

「どうしてダメなの?」

「理由は言えやん」


 海はムッとした。


(私達も忙しいのに)


 普通なら休日をまったり自室で過ごしていたのだ。それを休日返上で朝陽を手伝っている。これ以上時間を無駄にするわけにはいかない。


「私は茶道室に用事があるの。すぐに帰るからここを通して」

「茶道室?やったら尚更通されへん」

「ダメだと言うなら・・・・・・無理矢理通るのみ!」


 海は彼の顔の前で手を叩いた。すると彼はビクリと震え、同時に目を閉じた。いわゆるねこだましだ。その間にすかさず背後を取る。


「そうはいくか、って痛ァ!ちからつっよ!」


 そのまま彼の腕を背中にねじ曲げ、押して体制を崩した。どてーん、と見事に転がった彼を視界の端に捉えながら、海は走った。海はダテにパーソナルトレーナーを付けられたわけではない。あの筋肉痛が無駄ではなかったとようやく証明されたが、こういう状況なのは不本意だった。


「茶道具取ったらすぐに帰るから!」

「いったァ・・・・・・もー、だからそれがアカンねん!俺が()()()に怒られるねーん!!!」


 後ろから情けない声が聞こえたが、海は急いで茶道室の扉を開けた。そして靴を脱いで中の障子をそっと開ける。


「失礼します、Aクラスの鷹坂の代理で来ま───」

「なんじゃいゴラァアアア!!!」

「キャーーー!?!?!?」


 突然金髪オールバックのサングラス和装男に刀を向けられえ、真正面から切りかかって来られた。慌てて海はその刃を両手の平で受け止めたが、次の瞬間海はゾッとした。


(え、これ、真剣みたいなんだけど・・・・・・)


 これが本当の真剣白刃取り、なんてことはどうでもいい。刃の冷たい感触と、緊張からの手汗でヒヤヒヤしたが、男はすぐに切り込む力を抜いた。


「お前女か?」

「だったらなんですか!?」


 男は刀を鞘に収めたので、慌てて両手を確認する。運良く手は切れていなかった。


「悪い悪い。男みたいなナリしてるから、てっきりうちの龍之介かと思ったぜ」

「はい・・・・・・?」


 すると後ろから、ようやく追いついてきた彼が飛び込んで来た。


「あーもう入ってるわ!困るねんて!」


 さっき廊下で転がした生徒だ。すると彼を見るなり男は物凄い剣幕で怒鳴り始めた。


「龍之介お前なんしとんじゃゴラァ!!!人通すなゆーたやろがァ!コ○スぞワレェ!」

「ちょっ、なんで冬馬さん関西弁なんスか!自分関東人やんか!」


(え、この金髪の人、関西人じゃないの!?)


 じゃあどうして関西弁なんだ。


「るせーなぁ、今日は最高に()に入り込める日だったんだよ!お前がちゃんと仕事すれば()()()()()ですんだのに!」

「痛ァ!蹴らんといて下さいよほんまー」


 その言葉に海はハッとして部屋を見渡すと、すみにそっと置かれた三脚に気付いた。そこには本格的なカメラがセットされている。これはもしや。


「アンタ、ここで見たこと言わんといてや」

「いやあの、何してのこれ?」

「自主制作映画の撮影だ」


 そう言われて合点がいった。


(やっぱりそうだったんだ)


 関西弁の彼が通行止めにしていたのは、ここで映画を撮っていたからだったのか。それにしても一体なんの映画を撮ってるのか。


「ちなみにタイトルは?」

「仁義ある関西人の戦いだ」


 海は頬を引き吊らせる。


「それちょっとアウトでは・・・・・・」

「穏やかなパロディだ」

「どの辺が穏やか!?」


 めちゃくちゃ治安の悪そうな映画だ。どおりで和装に金髪オールバック、サングラス。さらに頬に傷メイクまでされている。


(でもこれ、本当に演技だけ?)


 若干極道とチンピラが入り混じっており、これが通常では?とも思えたが、穏やかなパロディらしいので口は出さなかった。


「コイツは一年Dクラスの稲葉龍之介いなばりゅうのすけ。俺はDクラスゴールドの三ノ宮冬馬さんのみやとうまだ」


 バーンと雷に撃たれたような衝撃が海に走った。


(Dクラスのゴールド!?この人が!?)


 制服を着ていないからか、生徒にすら見えないというのに。そもそもDクラスのゴールドは不在だったはずだ。


「ゴールドって冗談ですよね?」

「あ゛ぁ?」

「ひっ」


 サングラスのせいで表情が上手く読み取れないが、声のドスが怖すぎる。あとなんで金髪なんだ。


「ああそうか、今は着物だったな。龍之介、俺の制服持ってこい」

「なんで俺が・・・・・・」


 そう言いつつも稲葉は大人しく三ノ宮のブレザーを持って来た。


(すごいパシられてる・・・・・・これは何か弱みでも握られてるかな)


 海は心の中で稲葉に同情した。ブレザーを渡された三ノ宮は光る何かを海に投げつける。


「ほらよ」

「うわっ!・・・・・・あ、本当だ」


 確かに投げられたのはゴールドのピンズ。こんな粗雑に投げられるとますますゴールドの信憑性しんぴょうせいが無いが、それは確かに本物だった。

 ちなみに稲葉には、ノーランクではなくブロンズのピンズか付けられているのが意外で印象深かった。


「撮影中だったんですね。それならそうと言ってくれればちゃんと待ったのに」

「俺のことぶっ飛ばしといてよーうわ!」

「なんだお前ぶっ飛ばされたのか?相変わらず弱いな」

「冬馬さんは黙ってて下さい!女子や思ってちょっと油断しただけです!」


 稲葉はふと目に入った三ノ宮の刀を見て青ざめた。


「ちょっ、それ真剣ですやん!なんか家宝に伝わるとか言うてたやつ!?まさか怪我させてないですよね!?」

「しっかり真剣白刃取りされたよ」

「振りかざしたんかいっ!」


 ビシィっと綺麗なツッコミが入った。


(これが本場のツッコミか?)


 と海は謎に感心してしまうが、そもそも何故自分はこの場にいるんだろうという疑問が降ってきた。


「私茶道具取りに来ただけなので、もう帰っていいですか?」

「なんでアンタはケロッとしとんねん。肝座りすぎやろ」

「元はと言えばお前のせいだろ龍之介。そういえばお前名前は?」

「あ、二年Aクラス日野森海です」


 三ノ宮はチラリと海のノーランクのピンズを見たが、それ以上何も言わなかった。


「日野森か。この借りはまた今度龍之介が返すから、今日のところは見逃してくれ」

「まぁたそんな無茶ゆーやん・・・・・・」


 稲葉は大きなため息をついた。


「茶道具はあっちに置いてある。俺は忙しいんでな、早く行ってくれ」


 そう言われるや否や海は速やかに茶道具を回収し、


「失礼しました!」


 脱兎のごとく逃げ出した。君子危うきに近寄らず。いやもう近付いてしまったが、早くあの人達から離れたいと本能が叫んでいた。絶対ヤのつく人達だ。



 ***



「今の奴面白かったな」


 三ノ宮は刀を手入れしながら呑気にそう言ったが、稲葉は内心気が気でなかった。問題はさっきの女子生徒のランクだ。


「日野森ってノーランクでしたやん?」

「そうだな」


 稲葉はカッと目を見開いた。


「なんてことしてるんですか!つまりアイツはAクラスゴールドの側近!あー・・・・・・終わった、俺の静かなハイスクールライフ完全終了や・・・・・・」


 ガラスの心がハンマーで粉々に砕かれたような気持ちになった。木っ端微塵に砕け散る。


 中学までは実家のせいでまともな学生生活を送れず、高校こそはと思って実家から遠く離れた全寮制の学校に入ったのに。よりによってこの三ノ宮冬馬に目をつけられるとは思わなかった。


「別に元々静かでもなかっただろ。平穏を望むならもっと努力するんだな」


(いや、アンタのせいやがなっ!!!)


 心の中で大声で叫んだ。しかし三ノ宮には弱みを握られているので反抗は出来ない。三ノ宮は入学早々稲葉を脅して来たのだ。


 どうして三ノ宮は稲葉にちょっかいを出しに来るのか分からないが、一つだけ分かっていることがある。


「さぁ続きを撮るぞ。お前もっかい見張ってこい」


 それは明らかにパシリにされているということだ。


「鬼ぃ・・・・・・」


 稲葉は泣きながらまた廊下で見張らされたのだった。



 ***



 海から話を聞いた朝陽は苦笑いしていた。


「そうか三ノ宮さんに遭遇するとは、災難だったな」


 その言葉から三ノ宮がトラブルメーカーであることは簡単に想像出来た。


「Dクラスってゴールド不在じゃなかったの?」

「ああ。だから三ノ宮さん自身が名乗り出て、急遽決まったんだ。代わりに見合う人間も居ないし、まあいいだろうということになってな」


(ゴールドの選定も結構適当だな)


 厳正な審査の末に学園が指名すると聞いていたが、適材が見つからず、苦肉の策だったのだろうか。それにしてもだ。


「変わった人だったなぁ」


 今まで見たゴールドの中で三ノ宮は群を抜いていた。そもそも高校生が金髪っていいのかあれ。


「悪い人ではないんだけどな。確かに変わっているから、俺も得意ではない。何か言われたのか?」


 朝陽が得意ではないと言うなら、この世の九割の人間は苦手かもしれない。


「言われたというか・・・・・・ちょっと真剣振りかざされて白刃取りしただけ」


 横で聞いていた律はギョッとした顔で振り返った。


「お前何と戦ったんだよ!?」

「怪我は無いか!?」

「うん大丈夫」


 やっぱりあの状況は普通ではなかったと何度思い返してもそう思う。Dクラスには極力近付かないでおこう。ふと三ノ宮にパシりをさせられていた関西弁の男子生徒が思い出された。


「そういえば、あの稲葉龍之介って子ブロンズだったなぁ。ノーランクじゃないのに、なんでゴールドと一緒に居るんだろう」


 ゴールドがノーランクとしか親しくしてはいけない訳ではない。Cクラスのようにゴールドの横に居るのがシルバーであったりする。それでもシルバーなのだ。ブロンズを引き連れるのは珍しい。

 律が軽く首を傾げた。


「稲葉?聞いたことないな。何年だ?」

「一年。友達って感じではなかったから、余計に分からないんだよねぇ。・・・・・・いやまあ、三ノ宮さんヤクザみたいな人だったしなぁ」

「ひい、三ノ宮さんは大手銀行の頭取の息子だぞ」

「マジか」


 世の中というのはよく分からないなと海はしみじみ思った。


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