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3 異質な学院

 ***



 朝陽の居るAクラス専用の撫子なでしこ棟に戻った。各クラスのゴールド専用棟には花の名前が付けられている。Bクラスは鈴蘭すずらん棟。Cクラスは椿つばき棟。Dクラスは桔梗ききょう棟。


 洋風な校内とは対象的な名前だが、海外生まれの創設者が好きだった花の名前を付けたと律が教えてくれた。

 朝陽の執務室に入ると、そこには先客が居た。


「失礼しました」


 慌てて退出しようとしたかいを、


「待て」


 と誰かが呼び止めた。振り返ると彼のゴールドランクを示すピンズが光った。その隣にはポニーテールを揺らすシルバーの女子生徒。


「俺達はすぐに退出する。居ても問題は無い」

「は、はい」


 海が部屋に留まったのを見届けると、彼は朝陽に向き直った。この学院にゴールドは四人しか存在しない。そして今現在Dクラスのゴールドは不在なので、消去法で彼の正体が分かった。


(あの人、秋月慧斗あきづきけいとだ)


 慧斗はCクラスのゴールドだ。父親はディベロッパー業務を行う企業の社長で、一代にして財を築き上げた一流企業だ。ちなみに慧斗本人はゴールドで唯一の二年生だ。


 ゴールドは学年性別に関わらず選出されるが、大概が三年生だ。それでも二年生から選ばれたのは歴代でも数えるほどしか居ない。朝陽もその一人だが、慧斗も本人の成績と実家の資産の兼ね合いが良かったのだろう。


 ふと背中を向けた彼とは違い、女子生徒は海を見ていることに気が付いた。


「あの、何か?」

「あなた新しく転入してきた子?」

「はい」


 彼女はシルバーだっただけに、鷹坂の会長が用意してくれたゴールドとノーランクの資料には無く、初めて見る顔だった。


「私三年Bクラスの神野朱里こうのあかり。慧斗の従姉いとこなの。よろしくね」


 妙に好意的な雰囲気に海は一瞬戸惑ったが、海も名を名乗った。


「二年の日野森海です」

「あら、慧斗と同級生?同期だって、慧斗!」


 そう朱里が慧斗に呼びかけると、朱里共々冷たい目で睨まれ海はビクッと震えてしまう。


「話中だ。静かにしろ」

「そうだった、ごめんごめん」


 怒られた当の本人あかりはテヘッと笑ってるあたり、本当に申し訳なく思ってはいなさそうだった。


 慧斗は不必要な笑顔を見せるタイプではなく、無闇矢鱈むやみやたらに愛想を振りまいた伊織とは正反対のタイプだった。また背の高さも相まって威圧感が凄く、孤高という言葉が脳裏にひらめく。


(朝陽くんと同じくらい顔は整ってるけど、笑顔が無いとこんなに違って見えるものなんだなぁ)


 そんなことを考えていると、不意に朝陽は海に声をかけた。


「ひい、棚から一年の名簿のファイル取ってくれ」

「はい」


 海は言われたファイルを取って朝陽に手渡す。


「ありがとう。あと資料室に律が居るから、整理を手伝ってきてくれ」

「その前にお茶入れてきましょうか?」


 気を利かせたつもりだったが、それを断ってきたのは慧斗だった。


「結構だ。お前はゴールドに言われたことを優先しろ」


 そただ物言いがキツイことには変わりないが、その目に怒りはなかった。


「慧斗ー、言い方ってものがあるでしょ」


 後ろから朱里が慧斗をたしなめる。朝陽を見ると、目配せで行けと言われたので、海は少し頭を下げて執務室を出た。そして逃げるようにそそくさと律の元へ向かった。


「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「いやなんか、怖い人だなって」


 言い方が悪く、律は、


「不審者か!?」


 と勘違いさせてしまう。海は首を横に振った。


「いや、Cクラスの秋月さん」

「ああ、アイツか」


 律は少し苦笑いした。


「二年生とは思えない威厳だよな」

「それなんだよ。なんか氷みたいなだった」

「厳しいけど筋の通ってる奴だよ。朝陽に対しても好意的だし」


 知らぬ間に律が朝陽を呼び捨てにする仲になっていたことには驚いたが、問題はそこではない。


「好意的?そんなの分かるの?」

「他のゴールドとの会話を聞けばなんとなく分かる。基本的にゴールド同士の会話は探り合いか嫌味の言い合いのどっちかだ」

「ふぅん」


 去年からゴールドを続けている朝陽と、その隣にいた律だから言えることだ。その律が言うならきっと、秋月は悪い人間ではないと海は思った。


「あ、りっちゃんの資料整理手伝えって言われたんだけど」

「いや?俺は自習してただけだけど・・・・・・ああ、秋月さんにビビった()()に気を使ったんだろ」


 海は驚いて目をしばたかせた。


「そんな、気にしなくてよかったのに」


 確かにビビったのは事実だが。このくらいのことを耐えられなければ、この先やっていけない。でもやはり朝陽は昔から優しい性格だった。


「まあ明日小テストだから勉強してろってことだろ。ここ空いてるから座れよ」


 それは律の隣の椅子だった。


「横行っていいの?」

「なんで聞く」

「いや、朝ちょっと怒ってたから」


 ああ、と律はきまりが悪そうに首を抑えた。


「悪かった。あれはお前に怒ってたわけじゃないんだ。元々朝陽の傍に居ないといけないのは俺なのに、俺が力不足なばかりにお前を巻き込んじまったのが情けなくて・・・・・・。八つ当たりしちまった。本当にわりぃ」

「ここには私が好きで来ただけだよ。家の融資の為に、だけど・・・・・・」


 海は目を逸らす。二人も知っていることだろうが、それでも雇われてきたことに引け目を感じた。素直に友情だけで出会えたならどれだけ良かっただろう。


「それでも、鷹坂会長がお前を呼び出したんだ。昔から会長はお前の家に執着している節がある。情報収集なら他の人間にも出来たんだ」


 確かにそうだった。わざわざ海がこの学院に来なくても、他に手はあった。なのに何故海を送り込んだのか。


「どうしてだろう・・・・・・」

「さあな。ほら、かばん取ってこいよ。さっさと自習するぞ」

「うん」


 それから一時間ほど経った。永遠に似たような数式を写しながら、海の脳内ではゲシュタルト崩壊が起きかけていた。


「ふーうぅぅ」

「何の鳴き真似だ」

「ため息を深呼吸ふうにしました」

「さっきから全然進んでねぇじゃねぇか」

「だって!」


 海は机を叩いた。


「数学苦手なんだよ!数Ⅰも嫌いなのに数Ⅱだなんて!大体なんで初っ端からテストぉ・・・・・・」

「じゃあ何が得意なんだ」

「全体的に平均的です」

「・・・・・・ナルホド」

「コメントに困って適当に返事しないで下さい」


 海はノートの上に突っ伏すと、ふと気になっていたことを律に尋ねた。


「ねえりっちゃん、爆弾が送られてきた時のこと、詳しく聞きたいんだけど」


 律は海を疑わしそうな目でチラリと見やった。


「勉強が嫌なだけじゃないだろうな」

「そんなことないよー!ちゃんと聞いておこうと思ってたんですー!」

「・・・・・・まぁいいか。知っておいた方がいいだろうし」



 事件が起こったのは去年のクリスマス。部屋には各クラスのゴールドや、Aクラスの生徒からの贈り物が並べられていた。


 ゴールド同士の送り合いは毎年の慣例的な行為で、Aクラスの生徒からは賄賂的な意味合いが大きかった。その数はかなりのもので、クリスマスが過ぎてからまとめて開封作業をするのが恒例だった。

 だから流れ作業のように、届いたプレゼントはそのまま確認されずに部屋に置かれていた。


 そしてある日、撫子の棟でボヤ騒ぎが起こった。すぐにスプリンクラーが働き、事なきを得た。


 鷹坂はすぐに警察に届けた。調べてみると火元から火薬が検出され、火薬は市販の花火などに使われるものだった。つまり犯人は、律儀にも花火を分解して時限式爆弾を作って送りつけてきたということだ。


 材料が市販品であることから、技術を独学で身につけた素人ではないかと推定されたが、それ以降捜査が進展することはなかった。



 律の話が途切れ、海はポカンとした。


「え・・・・・・他にもまだやることあるでしょ?誰が送ったのかとか、どうして爆弾を送ったのかとか」

「死傷者が出なかったからな。警察はここまでだ」


 そんな訳がない。日本の捜査機関はそれほど甘くはない。


「普通じゃないよ」

「でもそれがこの学院だ。おおよそ、世間に露呈することを恐れた学長が手を回したんだ。お陰で事件は迷宮入りだ」


 調べられることはまだあるのに迷宮入りするだなんて、あまりにも理不尽な事件だ。


「じゃあどうするの」

「同じてつを踏まないように、自衛するだけだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「納得出来ないか?」

「納得出来る出来ないじゃない。どんな理由があっても、この学院を利用して人の命を狙う犯人が許せない。狙われたのが朝陽くんなら尚更」


 律は腕を組んだ。


「そうだな。会長も黙って次を待つつもりは無いんだろう」

「次があるの?」

「少なくとも会長はそう考えてる。俺もただの愉快犯とは思えない」

「そうだね」


 犯人はクリスマスプレゼントが後日開封されるのを知っていたと考えられる。だから時限式にしたのだ。しかし流石にそれをゴールドの朝陽本人が開けるとは分かっていたのだろう。犯人は賭けで時間を設定し、そしてその賭けは外れた。


 ここまでで分かるのは、犯人はこの学院に内通している人間だ。でなければクリスマスの恒例行事を知るはずがない。


(犯人は近くに居る)


 さっき伊織に言われたことは事実だ。気を抜いていればいつ奇襲されてもおかしくはない。


「ひい。今ならまだ逃げてもいいんだぞ。融資が気になるなら、せめてこの学院で居るだけでもいい」


 海は笑った。律はいつでも海を守ろうとしてくれる。けれどもう小学生ではないのだ。


「逃げないよ。融資の件もあるけど、何より朝陽くんと律の為だから」


 律は軽く目を見張って、複雑そうな表情を浮かべた。


「そうか。・・・・・・おい待て、お前さりなく数学のノート閉じてるんだ!続きをやれ!」

「違う違う!なんかノートが勝手に閉じたの、キョウハムリってノートが言ってるの!」

「バカ!留年するぞ!ほら教えてやるからノート出せ」

「いやぁぁぁ」

「お前は子供か!」



 二人のギャーギャー騒ぐ声は撫子なでしこ棟には珍しく、資料室の外まで響いてくるほどだった。Cクラスの来客が帰っていたから良かったものの、朝陽は呆れながらドアノブに手をかけた。


 ふと、開ける前に笑みがこぼれ、手を止めた。


(大丈夫そうだな)


 今朝は二人の空気にヒヤリとさせられたが、時間が経っても三人で過ごした時間は消えていなかった。それが嬉しかった。


 しかし朝陽もいちゴールドの一人。あまり騒がしくして誰かに露見しても困るので、少しだけ注意しに行く為に、ひとまず笑みは抑えてドアノブをひねった。




 ***



 一週間後、放課後に返却された小テストを貰った瞬間に折りたたみ、そっと覗くようにして点数を確認した。この間めちゃくちゃ目細めた。結果は───八十点。


(あ〜〜〜神よ!!!ありがとうございますありがとうございます!!!)


 後ろの席で独り心の中で拝みまくっていたところに、ブロンズの男子生徒が近付いてきた。確か黒山亮という名前だった。


「日野森さんテストどうだった?」

「え?あぁ・・・・・・」


(あれ、確かこういうのって言っちゃいけないんだよね)


 各派閥は出来るだけ手札を見せない。それは同じクラス内であっても、ノーランクのことは出来る限り秘匿することが好ましい。


 海は情報収集の為にある程度自らもオープンにしてはいるが、成績に関しては見せないのが他クラス共通の通例だった。いくら派閥が違えど、ルールは守るようにと鷹坂の会長にも言われている。

 丁重な断り方を悩んでいたところで、律が止めに入った。


「やめろよ。ノーランクの成績は非公開だ」


 止められた黒山はあからさまにムッとした。


「ちょっと聞いただけだろ」

「わざわざ質問するなって言っているんだ」

「なんだよ、自分が聞かれたら困る成績だから焦ってるのか?ノーランクの相馬くん。実はお前がうちのクラスの成績下げてるんじゃないの?」


 海はギョッとした。


(黒山くーん!間違いなくりっちゃんの成績はこのクラスでも上位です!)


 昨日の時点で演習問題は完璧だった。黒山は典型的にノーランクを格下に見ているタイプなのだと気付き、海は律が逆上しないか心配になったが、律は海が思った以上に大人だった。


「そんな子供じみた挑発に乗ると思っているのか、黒山。言っておくぞ。馴れ合いが過ぎてノーランクの域に足を踏み入れたが最後、後悔することになるのはお前自身だぞ」


 凄みの効いた声はクラス中に聞こえたようで、一瞬空気がしんとした。そして律は黒山が次に何か言い返す前に立ち去ってしまった。


(りっちゃん、もしかして私の代わりに矢面に立ってくれた?)


 転入早々、人間関係を悪化させない為にわざわざ自分から介入してくれたのではないだろうか。そこに清宮京子が割って入ってきた。


「今のはあなたが悪いわ、黒山くん。日野森さんも相馬くんも、クラスメイトとはいえ機密の多いノーランクなのよ。それに二人が居なければそれこそAクラスは成り立たないわ。言葉には気を付けて」

「・・・・・・分かったよ」


 彼はブロンズなので、シルバーの彼女には素直に応じるのだった。こういう時にランク格差がよく見える。

 黒山が去ったところで、海は話題を逸らした。


「そういえば、清宮さんはアイススケート部なんだよね」

「ええそうよ。六歳からずっと続けているの」

「へー!やっぱり身体柔らかいの?」

「そりゃあ柔軟性は大事よ」

「すごーい、私身体硬くて・・・・・・あ、成田くんは何部?」


 偶然清宮の後ろに居たシルバーの成田翔真に声をかけた。


「僕は科学研だから、運動部じゃないんだ」

「でも成田くんは全国プログラミングコンテストで準グランプリで凄いのよ」

「本当はグランプリを目指していたんだけどね」


 しばらく三人での雑談は続いた。実は海はこの会話にそれほど興味は無い。ただこうしてクラスメイトの趣味や特技を探っては、爆弾に繋がらないか調べているのだ。


 他にも持ち物を見て趣向をチェックしたり、細かい癖を眺めたりしている。そのせいで授業に集中出来ないのであって、決して勉強に興味が無いわけではない。決して。

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