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23 鷹坂グループ危機



 ***



「これが朝陽にとってどういうことか、分かるな?」


 心臓はうるさいのに、頭が真っ白になって周りの音はまるで聞こえない。海は声が震えた。


「ぁ・・・・・・あの、会長───」

「なんとしても犯人を見つけ出せ。もしもこの件が解決出来なければ、朝陽を跡取りから外す。以上だ」


 海の言葉を遮ってガチャっと通話は切られてしまった。腕が項垂れる、まるで手が力の入れ方を忘れてしまったようだった。

 テレビでは、もう間もなく鷹坂グループの会見が開かれるとアナウンサーが会場で中継している。

 嘘だと言って欲しい。どうしてこんなことになった。




 撫子棟に集まった三人の顔は険しかった。朝陽が授業を欠席したので、それに合わせて律と海もノーランクの特権で欠席した。この特権を使ったのはあの春の合宿の時以来だ。

 ソファに集まり、パソコンで開いたページには写真付きで、


『鷹坂グループ御曹司の爆破事件は自作自演の危険癖!』『爆発事件の隠蔽はグループ主導?捜査機関が二の足を踏む』『下級生を見捨て逃げ出する臆病な跡取り』


 など、ありもしないデマが吹聴されていた。

 朝陽と向かい合うように座っている律はやり場の無い手を組んだ。


「普段はただの噂を集めたまとめサイトなんだが、今回は事実と嘘が巧妙に織り交ぜられて真実味があるように書かれている。特に爆発事件の時に朝陽を優先して避難させたのなんて、知っている人間は限られている」


 律の隣で海は拳を強く握り締めた。


「朝陽くんを優先するのは当たり前でしょう。朝陽くんを狙っているって分かっているのに」

「しかしそれは、部外者からしたら関係の無いことだ」


 そう言ったのは朝陽だ。


「あの判断が間違っていた訳ではないが、それすらも犯人の思惑通りだった可能性がある」


 パソコンに目をやりながらも、冷静に分析する朝陽。海は目を見開いて憤る。


「卑劣過ぎる・・・・・・!こんなの学生のやっていい域を超えている!」


 爆弾を送って来ている時点でそうだった。ここまで来るとエーレどころの話ではなくなってきた。物理的に、社会的に、朝陽もとい鷹坂グループそのものを追い詰めている。

 ふと海は思った。やはり本格的にプリンセスグループを狙っているのか。


(でもそれって、誰が?)


 それはShidoの社長なのか、伊織なのか、もしくは他に利害関係の一致する者か。


(でもここまですると、Shidoもろとも滅びかねない)


 まるで諸刃もろはの刃のようなやり方だ。


「ひい、おじい様と話したのか」


 不意に朝陽に尋ねられ、海はドキッとした。


「・・・・・・うん、朝会長から連絡が来た」


 事態が発覚したのは昨日の夜だった。先に連絡が行ったのは律の親から律にだった。

 律は組んでいた手をほどき、膝に置く。


「俺も親と話した。役員会でも原因と責任の追及、法的措置に動いているが、解決出来なければ良くて減俸、悪くて退職だそうだ」

「そして俺は、株価大幅下落が回復出来ない場合、株主総会で跡取りから外されると」


 海はこれら全てを会長から聞かされていた。鷹坂グループの大株主は会長である鷹坂一だ。つまり会長は自ら朝陽を切り捨てることとなる。


 過去のフラッシュバックが脳裏に閃く。大動脈から溢れ出た大量の鮮血が飛び散って、足元には血のうみが広がる。

 次にそのうみに沈むのは朝陽と律なのではないか。そう考えていると手が微かに震えてきた。


(どうしよう、どうしよう・・・・・・)


 会長の冷たい目が亡霊のようにかいを睨み付けてくる。


「「ひい」」


 呼ばれて顔を上げると、朝陽と律は笑っていた。


「大丈夫だ、ひい。なんとかなるよ」

「朝陽の言う通りだ。デマはデマだ。確証は示されていない。ひとまずいつも通りに過ごすぞ」


 海は「うん」としか頷くことが出来なかった。


()()にもクラスで少なからず影響があると思う。気を付けろ」

「教室内なら俺がついてる」

「ああ、律、頼んだ」

「私より朝陽くんの方が心配だよ」

「俺は大丈夫だ。心配するな」


 朝陽の慰めの微笑みが、海には逆効果で、まるで針で心臓をつつかれているように苦しかった。実は海の実家の会社は順調過ぎるほど順調で、鷹坂グループからのすでに融資は完済してる。

 つまり今回鷹坂グループに問題が起ころうとも、海には大きな影響が無いことは勿論二人も知ってる。それでも心配してくれているのは海の精神的な面でのことだ。

 海はいたたまれない気持ちを抱えながら授業に戻った。


 昼のワイドショーでは鷹坂グループの記者会見が流れ、ゴシップ誌では面白おかしく持てはやしていた。

 鷹坂グループの会見は対処が早いとも言えたが、逆にデマの信ぴょう性を高めてしまった。しかし放置したとされる訳にもいかず、苦渋の決断だったと言える。


 学院内でも他クラスからの風当たりが強くなり、常に疑わしげな視線を感じる。

 唯一の救いは、Aクラスの人間は誰一人朝陽を疑っていないという点だった。日頃の行いがモノを言うとはこのことだ。

 海は放課後学院内を歩いていると、


「日野森海さんですね」

「はい?」

「九月に起こった爆破事件について、お話を聞かせて貰っていいですか」


 男二人は警察手帳を見せてきた。前の爆破事件のことはすでに事情聴取は終えている。しかし報道で、あえて捜査を滞らせていることを追及され、学院の権力を持ってしても抑え込む限界がきたのだろう。

 どちらにせよ捜査が進むなら協力する他ない。


 一時間後、前の聴取と変わらない話を聞いて警察は帰った。それからしばしば警察は海や朝陽くん、律も訪れたが、事件は解決しない。

 その間鷹坂グループに対して世間からの風当たりは強くなるばかり、臨時の株主総会までも時間が無かった。そんな時だった、週刊誌の記者が海の前に現れたのは。


「すみません週刊Z誌の者ですが、鷹坂朝陽さんについてお話お聞きしたいのですが」


 海は聞いた瞬間にその場から逃げた。相手にするまでもない。


(どうして学院にマスコミが!)


 海は警備員を捕まえてマスコミが入り込んでいると通報した。その後また見かけない人間が居て、思わず高台まで走った。もう誰にも会いたくない。人が居ないことを願って走った。

 案の定、高台には誰も居ない。


 海は思わず膝から崩れ落ちた。学院の生徒に対してなら制圧も取引も出来た。けれど社会というものには勝てない。会長は何故海にも直接連絡したのか。

 朝陽が跡取りから外されたら、海も必然的にこの学院を辞めることになる。大きな騒ぎになる前に自分から身を引けということなのか。


 今辞めることは逃げることに等しい。海の存在がが邪魔だと言うなら喜んで退学届けを出す。けれども今それをしても朝陽と律の苦境に立たされた立場は変わらない。


(一体私に何が出来る?チームだと言ってくれた二人の為に・・・・・・)


 そこに誰かの足音が近付いてきた。しつこいな、と思いながらももう立ち上がる気力が出なかった。ここまで追いかけて来たならむしろ拍手でもしてやろうかと思って足音の主を仰ぎ見た時、心臓が止まりそうになった。


「秋月様・・・・・・」


 秋月慧斗は悠然と歩いて、座り込んだ海の前に立った。


「助けてやろうか」

「助け・・・・・・?」


 馬鹿みたいに復唱した。けれどその言葉はまるで、天から垂らされた蜘蛛の糸のようだった。


「その代わりにAクラスを捨てる覚悟はあるか?」


 差し出された手に海は目を見開いて、夕日に照らされた秋月を凝視した。いつかもこんな状況があった。

 あの時は泣いていた海を心配してくれていた。そして今度は、クラスを捨てることを条件に手を差し伸べる。

 日が沈んでいくごとに、秋月の顔は闇が包んでいく。そして辺りが完全に闇に沈む前に、海はその手を取った。


「助けて、下さい」


 悔しさで涙が溢れた。海は秋月の目が見られなかった。


(私は、なんて無力なんだろう・・・・・・)



 ***



 十二月に入って、気温はぐっと下がった。息は白く染まり、生徒のほとんどがブレザーの下にセーターを着用し、携帯カイロを握っている。

 そんな中、寒さなど気にしている余裕も無く、男子生徒二人は小声で話し合っていた。


「おい来たぞ」

「じゃあ計画通りに」


 そしてある女子生徒が通りかかるのを見て、声を潜める。そしてそれが目的の人物と認識し、通り過ぎたのを見計らって背後に向かって走った。首に腕を回してナイフを突きつける。


「動くな、動けば首を切る」


 女子生徒は大人しく止まった。そしてこのまま怯えさせて、少しばかり脅す為に茂みに引きずり込む───はずだった。


 彼女は突然腕を回していた生徒の足を踏みつけた。


「いっ・・・・・・!」


 そして鳩尾みぞおちに肘を打ち、ポケットに入れていた催涙スプレーを目にかけた。


「うわぁぁぁ!」


 目の痛みに叫ぶ彼におののいたもう一人は思わずその場で尻もちを着き、逃げ出そうとしたところを足首を掴まれて催涙スプレーをかけられた。

 二人の叫び声が響き、普段は人通りの少ない学院のレンガの敷かれた道に人が集まって来た。


「なんだ!」

「おい、あれって・・・・・・」


 倒れている二人よりも、二人を取り押さえた彼女に目がいった。セミロングの髪に、寄付金を積んで特注で作られた()()()()をはいた彼女。


C()()()()()()()()の日野森海だ・・・・・・」


 誰かがそう呟いた。

 海は目を押さえる二人を見下ろした。二人には見覚えがある、少し前のアフタヌーンティーで海に突っかかってノーランクをクビになった二人だ。


「Cクラス一年生、米田と江藤。あなた達は退学です」

「なんだ、と!」


 痛みで涙の止まらない米田だが、無理矢理目を開いて海を睨んだ。


「身に覚えが無いとは言わせない。今私にナイフを突きつけたじゃない」

「他クラスから来たお前の指示なんかに従うか!」


 そう吠えたのは江藤だった。


「指示じゃない、これは命令。慧斗様にもそう報告しておく。姉妹校に編入するならその準備をしておくことね」

「くそっ、秋月様がお前なんかにそんな権限を渡すなんて!」

「今度は鷹坂様じゃなくて秋月様に取り入ったのか!」


 海はナイフを踏みつけるとパキンッと音が鳴って、刃が折れてから離れた。


「今の行為で恐喝罪として警察に突き出してもいいんだよ。ここは半治外法権の学園。でも半分なのは、証拠があれば起訴できるってこと。こんなことで警察沙汰になったら、あなた達は退学どころの騒ぎじゃなくなるけど、構わない?」

「っ・・・・・・!」

「・・・・・・以上です」


 捕まえる必要はない。剣はペンよりも強し、まさにその通りなのだ。海はCクラスに編入するのにともなって、慧斗からはシルバーランクを与えられた。


 慧斗はノーランク制度をあくまで審査基準として利用しており、むしろ退学させる口実にノーランクを与えたりしていた。本当の側近には秋月家自らシルバーにランクアップさせる。


 海の実家も事業が上手くいっているとはいえ、流石に寄付金を積む余裕は無かった。しかし朱里がどうしても海の制服は特注がいいと言って(海は本当に断ったのに聞いてくれなかった)、神野家が寄付金を上乗せしてくれた。これを機に海は女子用のスカートを履くことになったのだ。


「また退学にしたんですか」

垂水たるみくん」


 Cクラス一年、ノーランクの垂水雄一郎は呆れた顔で海の前に立ちはだかった。すでに慧斗にはシルバーランクを打診されているが、好んでノーランクに居座っているという変わり者だ。


「雄一郎で結構です。その名字、気に入っていないので」

「どうしてここに?」

「騒ぎを聞きつけたので。流石は異名が『処刑人』なだけありますね」


 いつの間にか海にはそんな通り名が付けられていた。それもそうだ、他クラスからの編入にも関わらず、Cクラスゴールドの秋月慧斗、実質ナンバーツーの神野朱里の絶大な信頼を得ている。

 何より元Aクラスのノーランク出身という点が異質だった。


「でも、それが仕事だから」


 裏切り者こ炙り出し、リストラ、その為に海が慧斗から与えられた『代理の権限』。


「あの二人はあなたに感化されていきり立っていたようにも見えましたが」


 確かに米田と江藤は、アフタヌーンティーでの海への逆恨みを晴らそうと何か画策したようだった。海はそれに気付いて張っていた。それにしてもだ。


「だから何?それで理性を失うような人間はCクラスには要らない。それがCクラスの基本理念。違う?」


 雄一郎は「当然」、というふうに頷く。そして視線を鋭くした。


「そうですよ。でも僕はあなたも信用していません」



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