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20 疑惑の浮上


 ***



 クラス全員が大講堂へと向かう。夏休み明けで気だるそうな面々が並んでいる。そして海は始業式直前のホームルームで配布されたプリントのことが頭から離れなかった。


「進路希望調査か・・・・・・」


 呟いた言葉が隣を歩く律に聞こえたようだった。


「どうした、ひい」

「いや、こっから先なんにも決めてないなーって思って。朝陽くんは内部進学でしょ?」

「そうだな」


 大方八割の人間が学院大学へエスカレーター式で進学する。朝陽は今年三年なので、内部進学入試を受験しなければならない。しかしこれはほぼ出来レースとも言える形だけの試験なので、なんの心配も要らない。


「りっちゃんは?」


 すると律は少し目を逸らした。


「俺は・・・・・・まだ決めてない」


 海は目をしばたかせた。


「意外。りっちゃんが一番優等生なのに。やっぱり見た目通りヤンキーなの?」

「誰がだよ」


 大講堂に入るとまだほとんどの生徒が来ていなかった。Aクラスから順次に座席に着く。


「それより()()、課題は全部やったのか」

「勿論やりましたとも、・・・・・・」


 海は不意に言葉を切った。前方にいた朝陽の姿が目に入り、そしてその視界の端で何か違和感を覚えた。


(今何か赤く光った?)


 そう思った瞬間、海と律の後ろで爆発音が響いた。振り返って煙を認識した途端、海は何も考えずに真っ先に朝陽の元へ走った。辺りが海の後ろに視線を捉えている。だから朝陽とばったり視線が合った。


「ひい───」


 危ない、と言いかけたのか。けれどそれは海のセリフだった。


「朝陽くん伏せて!」


 海はあまり無い跳躍力を精一杯使って、朝陽に飛びかかった。そしてそれと同時に、今度は近くで爆発音が響いて、同時に制服が焦げる臭いと皮膚に熱と痛みが走った。

 辺りで火災警報器が鳴り、スプリンクラーが発動し、多数の悲鳴があがる。

 律は走った海を追いかけて来ていて、倒れた二人にすぐ駆け寄ってきた。


「ひい!朝陽!」


 海はガバッと起き上がって、自分の下で倒れる朝陽を見て無事を確認した。次いで自分の腕が赤く腫れて血が滲んでいるのを見やると、途端痛みが襲ってきた。


「っ・・・・・・!私はいいから朝陽くんを!」

「お前を置いていけるか!」


 律は肩に海を担ぎあげた。


「うぉっ!」

「そこは『キャア!』とかにしとけ!」


 律の片手を借りて素早く起き上がった朝陽は、


「言ってる場合か!」


 そりゃそうだ。避難誘導は教師陣と警備員に任せ、ひとまず三人は外に出た。二学期開始早々、学院は阿鼻叫喚をきわめた。



 ***



 怪我をした生徒は救急車で運ばれた。人数は朝陽と海含め十名。しかしほとんどが煙を吸って喉を痛めた程度で、一番怪我を負ったのは海だった。

 海は腕に火傷を負い、全治三週間。制服も所々焼け焦げ、病院服を貸してもらった。病院服と包帯のせいで重症に見えるが、痕は残らないと言われたので、随分心は軽くなった。


 運ばれた生徒の家族には連絡が行ったようで、夕方にもなるとぞろぞろ家族が押しかけてきた。ほとんどが遠方からの寮生なので、必然的にこの時間帯になる。

 そして病院の廊下で座っていると、駆けて来た瑠璃に海は目を見張った。


「お姉ちゃん大丈夫!?」

「瑠璃!学校は?」

「そんなことより、お姉ちゃん怪我は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと腕をケガしただけ」

「火傷したんでしょ!全然ちょっとじゃないじゃん!」


 海はウッと呻いた。


(バレてたのか・・・・・・)


 出来れば心配性の瑠璃にはあまり教えたくなかったのだが、学校は親切にも既に家族に報告しているようだった。


「お姉ちゃんすぐ隠すんだから。お母さんはお医者さんと話してる。お父さんは仕事だって」


 ふと瑠璃は海の隣に立っていた律に気付いた。


「あなたが鷹坂朝陽さん?」

「いや、俺は相馬律だ」

「ひい」


 海を呼んだのは朝陽だった。噂をすればなんとやらだ。


「朝陽くん、大丈夫?」


 朝陽には()()()()が来ていたので、海と律とは別に過ごしていた。なので運ばれてから今初めて話した。


「俺は()()のお陰でかすり傷だ。それより腕は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、動くし」


 そう言うと朝陽の後ろに居た瑛衣華がものすごい剣幕で海に詰め寄って、早口でまくし立ててきた。


「あなた、朝陽くんのボディガードなんでしょ?もっとちゃんと守りなさいよ!もうちょっとで朝陽くん死ぬかもしれなかったのよ!」

「瑛衣華!」


 朝陽は瑛衣華の肩を持って引き戻した。


「だって、この人お金で雇われているんでしょ?朝陽くんが怪我したらなんの意味も無いじゃない!」


 そう言った瞬間、バチンッと乾いた音が響く。右頬を押さえた瑛衣華は一瞬何が起こったのか分からず、左を向いてキョトンとした。そして叩いた相手が瑠璃だと気付いて眉をはね上げた。


「なっ何するのよ!」

「誰の為にお姉ちゃん怪我したと思ってるの?そこの鷹坂朝陽を庇ったからでしょ!何が怪我よ、絆創膏ばんそうこう一つ無いじゃない。大体ね、なんにも出来ない癖に大口ばっかり叩かないでよ!」


 瑛衣華は瑠璃の勢いに気圧された。それは海も同じだった。普段こんなにも感情的になる瑠璃ではない。


「あなた、私はプリンセスグループの跡取りで、朝陽くんの婚約者なのよ!?」

「だったらもっと言葉選びに気を付けたら?短気で思慮の浅いあなたが婚約者だなんて、鷹坂グループが可哀想よ」

「なんですって!」

「何よ!」


 瑛衣華が掴みかかろうとしたので、慌てて海と朝陽は二人を引き離した。


「瑠璃やめなさい!」

「瑛衣華!」


 瑠璃は海を振り返ると、その目には涙が浮かんでいた。


「だって、お姉ちゃん死んじゃうかと思った・・・・・・」


 海の膝でしくしくと泣き始めた瑠璃に、もう何も言えなかった。


「瑠璃・・・・・・」


 朝陽は瑛衣華を瑠璃から離して諭した。


「瑛衣華、今のはお前が悪い。謝るんだ」

「どうして!」

「海を雇ったのはお前じゃない、鷹坂グループ会長の鷹坂(はじめ)だ」

「だって・・・・・・朝陽くんだって危なかったんだよ!」

「でも無事だった。何も知らないのに部外者が口を挟むな」


 遠くから聞いていた海は軽く耳を疑った。朝陽にしては口調が厳しい。案の定、瑛衣華はきびすを返した。


「っ、帰る!」


 瑛衣華の背中を見送った朝陽に、律は躊躇いがちに声をかけた。


「よかったのか、朝陽」

「仕方ない」


 朝陽は膝を着いて、泣きじゃくる瑠璃の背中に話しかけた。


「瑠璃ちゃん、瑛衣華には俺からしっかり言っておく。そして俺は君のお姉ちゃんを危険にさらした。本当にごめん」

「・・・・・・・・・・・・」


 瑠璃は海の膝にかじりついて振り返らなかった。


「朝陽くん、私お母さん来るまでここに居るから、少し待ってて。りっちゃんは朝陽くんに付いてって」

「・・・・・・分かった」


 そして医者と話を終えた母に瑠璃を引渡した。母と瑠璃は今夜はホテルに泊まるらしいが、海は寮に戻ることにした。

 ひとまず朝陽と律を追いかけて、病院内のフリースペースに向かう。



 ***



 紙コップの中に入ったブラックコーヒー、その表面に映る自分の顔を見詰めた。少し揺らすと朝陽の顔はと一緒に湯気が揺らめいた。


「前まで瑛衣華は、あそこまで感情的じゃなかったんだ」


 確かに、と律も頷いた。


「俺も久しぶりに会ったが、少し様子が変だったな。何かあったのか?」

「分からない。あまり自分のことを言わないんだ。・・・・・・でも、瑠璃ちゃんが居てくれて助かった」


 律は苦笑する。あの時の瑠璃の小学生とは思えない毅然とした態度と言葉にはきっと、周りの誰もが圧倒された。


「流石のお前も、瑛衣華としした相手にあそこまでハッキリとは言えないからな」


 そこに家族と話をつけた海が二人を探しているのが見えた。手を挙げた律に気付く。


「瑠璃ちゃんは?」

「とりあえずお母さんが連れて帰った。もう落ち着いたみたい」

「そうか。瑛衣華を連れて行ったのは悪いことをしたな」

「それにしても、瑠璃ちゃん大きくなったな」

「二人共最後に会ったのは五才くらいの瑠璃だもんね」

「再会がこんな状況じゃなかったらよかったのにな」


 朝陽は目を伏せがちにそう呟いた。学院での爆発は計二回。一回目は朝陽とは別方向だったとはいえ、殺傷能力が高かったのは二回目の爆発だ。

 つまり今回は無差別犯行を装ったものの、やはり狙いは朝陽だった可能性が高い。


 爆発範囲も朝陽の座席近くに狭まったもので、海が直ぐに気付いて離れたことで軽傷に抑えられた。

 始業式は朝陽の座る席が決まっていた上に、Aクラスからの入場だ。やはり今回も学院内部の人間の可能性が高い。

 海は爆発前の目に入った光のことが悔やまれて仕方なかった。


「私がもっと、早くに動いていれば───」

「ひい」


 律は海の言葉を遮った。


「まさか謝るなよ?」

「りっちゃん・・・・・・」

「朝陽が怪我したことは、俺も同罪だ。でもお前がやったこと以上には出来なかった。誰も予測出来ない事態だった」

「・・・・・・そうだね」


 今までは朝陽個人を狙った爆発だったのに、今回はAクラス全体を巻き込んだ犯行だった。

 何よりShidoの動きを押さえていると()()()()()こちらの責任でもある。


「次は油断しない。今回の一件で流石に学院も動かさがるを得なくなった。警備と監視、仕送りや郵便物の検閲にまで踏み切ったようだ」


 あの後消防や警察が来て、他に爆弾物が無いか学院内は隈無く調べられた。


「ひい、律。俺達は三人でチームだ。それだけは忘れるな」


 海は深呼吸をして、コクリと頷いた。


「そうだね」

「ああ」


 律はカバンからナイロンの袋に入れた紙を一枚取り出した。


「撫子棟にこれが届いてた」


 そこには臥薪嘗胆という四文字が印刷されていた。


臥薪嘗胆がしんしょうたん・・・・・・って、読めるけど意味はなんだっけ」


 首を傾げた海に代わって朝陽が解説する。


「古代中国で、親の仇への復讐心を忘れまいとしたことから生まれた言葉だ」

「復讐・・・・・・」


 海は息を呑んだ。律は手を組んで顎を乗せる。


「調べたら指紋は付いていなかった。しかし、可能性があるとしたら───」



 ***



「で、僕の所に来たってわけ。ちょっと愚直過ぎない?」


 冷やかすようにそう言ったのはShido社長の孫の紫藤伊織。


(朝から鈴蘭棟に乗り込んで来たと思えば、やはりその件か)


 椅子に座っている伊織に、朝陽はその胸ぐらを掴んだ。


「海が怪我をしたんだ。愚直と言われようが怪しい人間は片っ端から潰す」


 咄嗟に手を伸ばした桜だったが。


「鷹さ───」


「動くな」


「!」


 桜は相馬律にナイフを喉元に突きつけられて、身動きを封じられた。伊織は特に今日の朝陽の顔が気に入っていた。


「こーわ。お前そんな顔出来たんだ」


 視線だけで射殺しそうな勢いだ。ここに海が居ないのは、怪我をしたから安静にしてろとでも言われたのだろうか。本当はこの敵意むき出しの自分達を見せたくないだけだろうに。

 伊織はクスッと笑った。


「桜抑えられたら僕、もう降参するしかないなー」

「おい伊織!ざけんなっ!せめて抵抗しろ!」

「無理だよ僕痛いの苦手だし。海に殴られるなら構わないけど」

「海を馴れ馴れしく呼ばないで貰おうか」

「まずは手離してよ。顔近いんだよ」


 朝陽は突き放すように伊織を離した。今日は堅実と言われて名高いAクラスがかなり我を失っている。それはそれで面白いが、いちいち命を逆手に取られては適わない。


「で、どうなんだ」

「爆弾については本当に知らない」

「Shidoの弱みを握られた報復か、もしくはまたプリンセスグループを狙った犯行なんじゃないのか?」


 ある単語に伊織は眉をひそめた。


「プリンセスグループ?」

「Shidoが目をつけている企業だろ」

「参ったな。そこまで調べがついているのか」


 ため息をついた。一応秘密事項のはずだったが、やはりCクラスから情報が漏洩したのか。


「じゃあ」

「でも知らない。お前は去年のクリスマスの爆弾のことも含めて言ってるんだろ。爆弾に関してはShidoは一切関知していない。

 そして確かに社長はプリンセスグループを調べさせたが、正直検討段階だ」

「それを信じろと?」

「今回も()()証拠は無いんだろ?」


 押し黙った朝陽に伊織は内心苦笑していた。


(ここで適当に何かでっち上げてくればいいものの、やはり本質は変わらないか)




 パソコンで入口の防犯カメラを確認し、朝陽と律を見送った。


「臥薪嘗胆ね・・・・・・」


 伊織は呟いた。確かそれは親のかたきを忘れないように苦痛を乗越えた話から来た言葉だ。


「どうするんだ、伊織。流石に今回は手に負えない事件だぞ」

「まあ、当分余計なことしないようにキツく言うしかないでしょ」


 伊織はパタンとパソコンを閉じた。


(まったく、余計なことをしてくれる)



 ***



 鈴蘭棟から撫子棟に戻って来た律は朝陽に問いかけた。


「Shidoと心々会との関係を公表するか?」

「いや、まだ早い。もし本当にShidoの犯行じゃなかった場合、弱みを離すと次はもう何をするか分からない」

「でも今公表した方が少なくとも監視の目はShidoに向くんじゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・・」


 朝陽は決断出来ないようだった。確かにShidoのスキャンダルを公表すれば、Shido社員大勢に影響が出る。そう易々と決められる案件ではない。

 ふと執務室を開けると、海が珍しい姿で待っていた。


「スカートの制服ってなんかスースーするんだけど」

「男みたいな感想を言うな」


 海の制服は特注なので、予備の制服届くまで通常の夏服を着用する。なので今日からしばらくは体型に合った女子用のワイシャツとスカート。

 しかし律はある違和感に気付いた。それはズボンやスカートなどという問題ではない。


「・・・・・・なあ、なんか今日」

「んんっ!」


 朝陽の咳払いに律はハッとして口を抑えた。


「え、何?」

「ひい、冷蔵庫にアイス入ってるぞ」

「朝陽くん突然おばあちゃんみたいなこと言うね。貰いますけど」


 いつもなら律は授業前だからやめておけと言うところだが、今日だけは早く今の話を打ち消したかったので何も言わずに見送った。


「・・・・・・危なかった。危うく、今日胸あるなって言いかけた」

「やめろ。でも俺も思った」


 二人は海が普段スポーツブラで胸を潰しているのを知らなかった。


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