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17 夏休みの帰省


 ***



 修業式が終わって帰省する為、皆そそくさに寮に帰っていった。記録的猛暑、ミンミンゼミは大合唱、外はこの上なく歩きたくない状況だ。


 なので海も撫子棟から忘れ物を取ってさっさと寮に帰ろうとした時だった。突然背後から目隠しをされた。


「だーれだ」

「なんですか伊織様、暑いからひっつかないで下さい」


 前に現れたのはやはり伊織だった。


「もっと驚いてよ。もしかして僕って分かってて待ってた?」


 バチッとウィンクを決められ、海はブチ切れた。


「あっついんですよ!!!もう寸分の動きすら暑く感じるくらい暑いんですよ!!!この猛暑の中よくそんな無意味な動きが出来ますね!?お願いですから余計な熱を発せさせないで下さい!!!」

「ごめんね、僕()熱上げちゃった?」

「ゴールドじゃなかったら今ブッてました」


 炎天下でこれ以上構っていられないと歩き始めると、伊織は当然のように横を歩き始める。


「ねえ夏休みじゃん、一緒にセブ島行こうよ」

「行きませんし、まず日本国内で言って下さい」

「じゃあこの辺で遊びに行く?」


(突然の近所)


 近所と言ってもこの辺りは一等地なので、単なる住宅街ではないし、少し駅を越えれば遊ぶ所は多々ある。しかし。


「伊織様この辺地元でしたっけ。私は実家に戻るので遊べません」

「夏休み中ずっと?」

「はい」

「おかしいな・・・・・・大きいことから小さいことを提案すると受け容れて貰いやすいのに、海には通じない」

「戦略だったんですね」


 ただふざけているのかと思った。


「あ、じゃあ海の実家に挨拶に行こうかな」

「なんの???」


 そこに運良く七沢が現れた。無理矢理伊織を引っ張って行ってくれたので、海は案外すんなりと寮に帰ることが出来て助かった。

 海は今日の夕方に、朝陽と律と三人で地元に帰る予定だった。



 ***



 新幹線に指定席、常にSNSを開いている男が居た。男は二十代後半で、そこそこ知名度のある俳優、脇谷久太郎わきやくたろう


 久太郎くたろうはここのところ、仕事終わりには決まってエゴサーチばかりしていた。


 仕事はそれなりにあったが、それでもイマイチ知名度はぱっとせず、SNSでの評価もマイナスなコメントが多い。演技が下手、髪型が前の方がよかった、など。

 最近は評価が気になって仕事にまで影響を与え始め、スマホのバッテリーの五十パーセントはエゴサに費やしている。

 久太郎はため息をつきながら窓の外を眺めた。


(俺、向いてないのかな・・・・・・)


 するとある駅で新幹線が停車すると、後ろの席に高校生三人が乗り込んできたのが見えた。三人とも男子かと思ったら、一人は女子らしかった。


「久々の実家だー」

()()は連休も帰ってなかったもんな」

「そう、そして何よりテストから解放されたのが嬉しい」


 その会話を聞いて久太郎は少し笑った。


(当たり前だが会話が高校生だな)


 寮か下宿生なのだろうか、帰省することに心躍らせる会話が聞こえてきた。テストと聞くと懐かしく感じる。

 しばらくして女子の一人が車内販売のアイスを購入した。しかしそのアイスは最初かなり硬めで、すぐに食せないと有名なものだった。


「このアイス前も思ったんだけど、食べさせる気全く無いよね」

「無いな。ていうか知ってたなら売店で買っておけよ」

「車内販売だからこそ買いたいものってあるじゃん?」

「しばらく待ったらどうだ?」


 と、言われて女子は何か暇潰しの会話を見つけたようだった。


「・・・・・・ねぇ、もし自分が有名人だったらエゴサする派?しない派?」


 久太郎はドキリとした。


(そんなドンピシャで俺の悩みの会話をするのか!?)


 しかし興味はあったので久太郎は耳をすませて会話を盗み聞きしていた。


「俺はしないな」

「俺もしない」

「私もしない」



「「「・・・・・・・・・・・・」」」



 重い沈黙が落ちた。


「今、右下に『終』ってテンプレ出たね」


(出た)


 何故こんなに会話の続かないネタを選んだ。ふと久太郎は、やはり素人の会話は素人止まりかと鼻で笑った。


(まあ実際有名人じゃないお前らには、エゴサをする側の気持ちなんて分からないだろうな・・・・・・)


 そしてまたエゴサをしようとした時だった。


「逆にどうしてエゴサしないって言える?」


(お、まだ続くのか)


 なんだかんだで話に興味のある久太郎はまた耳を傾けた。


「私は興味無いから」


(いいな、能天気で)


「朝陽くんは?」

「そうだな、その人が自分をどう思うかっていうのは、その人次第だ。いい人か悪い人かも、結局その人の事情で変わってくる。

 つまりエゴサをしたところで、その人にとって自分が都合の良い人間か確かめるだけになるから、かな」


 確かに、と久太郎は少し思い直した。


(言ってることも一理いちりある。本当に高校生か?)


「流石、朝陽くんが言うと説得力あるー。りっちゃんは?」

「俺は・・・・・・どこで聞いたかは忘れたけど、この世に十人居たら、七人は無関心で、二人は自分を好いてくれて、一人は必ず嫌うっていう。つまり人口比で考えたら、多分その一人の集まりが批判するんだろうなって思うからだな」


(・・・・・・確かに、みんながみんな俺を嫌っている訳じゃない)


 ちゃんと自分を評価してくれている人も居る。でもどうしてもマイナスな部分に目がいってしまうのだ。自分を評価して欲しいからこそ、どこが悪いのか確かめたくなる。


(俺は、ただみんなに好かれる俳優になりたかった)


 ドラマやCMでキラキラ活躍するメジャー俳優達のように。


(でも、俺には向いてないのかなぁ)


 窓を見詰めても、暗い景色には自分の顔しか見えなかった。

 その男子の話はまだ続いていた。


「逆に、俺には好きでいてくれる二人が居るし 、無関心な七人も居る。それで十分だな」


 もう一人の男子が嬉しそうな声音で「そうだな」と言った。もしかしたら好きで居てくれた二人とは、横の男子と女子なのだろうか。


「ネットで批判してるのはほんの一部の人間っていうしね」

「でももし企業の人間だったらエゴサは大事だぞ」


(・・・・・・ん?企業?)


 突然話の風向きが変わった。


「どうして?」

「顧客のエゴサでそれに商品に対する客観的評価がわかる。商品クレームもそう、裏を返せば商品への要望なんだ。もっとこうして欲しい、こんな商品が欲しい。つまりそこにはニーズが隠れてる」


(いやお前は本当に高校生か?)


 エゴサを完全に一つの手段として捉えている。最早最初の有名人のくだりが消え去っている。


「そういえば朝陽、最近株の方はどうなんだ?」


(かぶ!?)


 久太郎は唖然とした。さっき制服着ていたよな?


「今は夏だから何もしない方がいいんだ」

「なんで夏?あ、アイス溶けてきた」

「海外の投資家はバカンスで、日本は盆休みだから株の動きは鈍い。通称『夏枯れ相場』って呼ばれるものなんだが───」


 すると、急に辺りが静かになった。弁当を食べる音すらしない。周りに座る人間全員が彼の株知識に聞き耳を立てていた。


「これで(ピー)円儲けた」


 どこかで割り箸を折る音や缶ビールの空缶が転がる音がした。分かる、俺達は今とてつもない話を聞いている。

 しばらくして終わった会話の後には、とても能天気な応答だった。


「なるほどねー」


(それだけ!?)


 何も驚いていないのがすごい。


()()あんまり聞いてなかっただろ」

「一応聞いてたよ。でも難しそうだなって」

「まあ向き不向きもあるからな。()()は自分に向いてることを探せばいい」


 久太郎は自嘲気味に笑った。そして手元のスマホを見る。


(俺は自分のことばかり見ていたんだな。もう・・・・・・こんな無駄なことはやめよう)


 SNSの画面を切って、検索欄を開いた。


(俺はもうエゴサなんてしない。これからは───株価を見る)


 夏の始まり、あの高校生三人は知らない。新幹線の中の会話で一人の俳優の人生を変えたことを。そしてしばらくして俳優から投資家に転身したとの見出しが小さな見出しで載ったことも、多分知らない。

 そして久太郎がハロウィンの時期から始めた株で成功するのはまた別の話である。



 ***



 タクシーからスーツケースを下ろした。行き帰りの交通費は鷹坂の会長持ちだ。

 海はキーケースを出して家のドアを開けた。


「ただいまー」


 すると奥から母である穂乃果ほのかと、七つ下の妹の瑠璃るりが出迎えてくれる。


「お帰り海」

「お姉ちゃんお帰り!」


 ふと瑠璃の髪型が変わっていることに気付く。


瑠璃るり髪切ったの?」

「うん、ヴァイオリン弾く時邪魔になるから」


 それを聞いて海は顔を明るくした。ようやく瑠璃がヴァイオリンを習い始めたと、この前母から連絡が来ていた。


「そういえばヴァイオリン習い始めたんだよね。はい、頑張ってる瑠璃にお土産。こっちで買ったやつだけど」

「やったー!ケーキだ!」


 海は制服を着替えてリビングの母に尋ねる。


「お父さんは?」


 夕飯の準備をしていた母は時計を見た。


「まだ仕事かしら。融資のお陰で会社が上手くいってるみたいだから、忙しいのよ」


 不意に瑠璃の顔色が微かに曇ったのを、海は見逃さなかった。


「学校はどうなの?」

「大変だけど楽しいよ。朝陽くんとりっちゃんとも昔みたいに過ごせてるし」

「ならよかった」


 母は胸を撫で下ろした様子だった。しかし。


「・・・・・・でも、お姉ちゃん前の学校の友達は?」

「瑠璃」


 何故か母は瑠璃をたしなめた。


「でも鷹坂の会長がお姉ちゃんを無理やり転校させたんでしょ?」


 瑠璃は海が転校した理由を知っているが、今こうして怒りをあらわにするのは何故だか分からなかった。


「そんなことないよ。私は二人にも会いたかったし、本当に楽しいんだよ」


(色々あったけど)


「でも前の学校の友達とは全然話してないんでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・」


 これには苦笑する他なかった。海は前の高校までの友人関係は絶っていた。それは学院への転校は高校生活の延長ではなく、ある意味仕事だと思っていたからだ。


 女子らしさも、高校生気分も捨て、一から全てを作り上げるのは怖かったが、朝陽と律の二人と昔のように過ごせたのは本当に救いだった。


 けれど瑠璃の言う通り、今まで一緒に過ごしてきた友人達と離れたのには少し寂寥せきりょう感も感じる。


「瑠璃」


 母にもう一度(たしな)められ、瑠璃は、


「・・・・・・ごめんなさい」


 と言って部屋に戻ってしまった。


「瑠璃どうかしたの?」

「お姉ちゃんと離れて暮らして寂しいのよ。海のお陰で会社の業績が良くなってきて、ヴァイオリンを習い始めたけど、あなたは学校で頑張ってるのに、自分はヴァイオリンを習っていいのか悩んだみたい」

「もしかして髪切ったのも?」

「海が伸ばしてた髪切ったからよ。帰ってきた時、スカートを履いていないのも気になったみたい」


 海は自分の言葉足らずさに猛省した。


(もっとちゃんと説明してあげたらよかった)


 確かに前は腰の上ほど長さがあった。それは単に伸ばしっぱなしにしていたのに近い。

 ほったらかす癖は治らず、入学時ボブヘアだった髪も、今は伸びてセミロングまで長さになっている。また夏中に切らなくては。


「瑠璃も瑠璃で色々悩んでいるの、察してあげてね」

「うん」


 夕飯でリビングに戻ってきた瑠璃に海は微笑んだ。


「瑠璃、もうヴァイオリン弾けるようになった?」

「ううん、まだ音程を合わせてるだけ」

「弾けるようになったら一番に聞かせてね。お姉ちゃん楽しみにしてるから」


 瑠璃はやや頬を赤くして、


「うん、頑張る」


 と笑んだ。


「髪はね、気分転換に切ったんだよ。制服もね、新しい学校だからイメチェンしたの」


 嘘ではない。しかし男装紛いの格好をしているのが、あらぬ噂を立てられぬ為とは言えない。


「本当に?」

「本当だよ。でも瑠璃とお揃いの髪で嬉しかったよ」

「うん」


 歳が離れているので、姉妹仲は良かった。瑠璃は海によく懐き、歳の割に利口だ。

 もしかしたら今の話に多少違和感を覚えたかもしれなかったが、それすらも理解して受け入れてくれる優しさを持っている。

 海は隣に座る瑠璃の頭を撫でた。


「そういえば、瑠璃もう夏休みだよね?明日二人でおばあちゃんに行こうか」



 ***


 紫煙が真っ赤な口から流れ出た。紫煙を顔にかけられたので、伊織は密かに息を止めた。


「で、鷹坂にやられっぱなしでノコノコ帰ってきたのかい?アンタそれでも男かい?股の間にぶら下がってるモン私が引きちぎってやろうか」


 厳しい言葉とタバコの煙をかけられても、伊織はニコニコとしていた。この程度のこと、小雨が降るどころか風が通り抜けた程度のものだ。


「元はと言えば社長がまだヤクザなんかと繋がっていたことが原因じゃないですか」

「お黙り!」


 近くにあったガラスの花瓶が飛んできたので伊織はサッと避けた。運動神経は悪いが、反射神経だけはいい。


 ガラスなので花瓶は真っ赤なカーペットの上で四方八方に飛び散ってしまった。

 部屋にはシャンデリアや虎の毛皮など、権威の象徴のような家具が寄せ集められ、昔ホステスをしていた頃の名残が強く残っていた。


 それは部屋だけでなく顔にも残っており、キツめの化粧ではあるが顔立ちは整っているので逆に似合っている。


「このままじゃShidoホールディングスは永遠に鷹坂グループに勝つことが出来ないわ・・・・・・」


 ギリギリと爪を噛む紫藤喜美に、伊織は肩をすくめた。


「別に鷹坂グループに買ったところで、何も無いでしょう」


「アンタは頭は良いけど根性が無い。勝つことに妥協した瞬間、そこで終わりなのよ。つまらないこと言ってないで、鷹坂を潰す算段でもしていなさい。以上よ、下がって」


「はい」


 伊織はガラスを踏まないように歩いて社長室を出た。今日は灰皿が飛んでこなかっただけマシだ。あれは避けても灰がかかる。


(本当に恐ろしい女だ)


 身元の分からない怪しい人間が闊歩する会社からは、サッサと退散するが吉と踏んでいた。


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