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10 懐かしい日々の追憶


 ***



 迎えた合宿最終日。海はふわふわと欠伸をしながらキャリーケースを運んでいた。クラスのバスに近付くと、律はすでにトランクルームにキャリーを積み終えていた。


「どうした()()、眠れなかったのか?」

「うーん、ちょっと考えごとしてて」


 律にそう言ったのは嘘ではなかった。朝陽のベッドだから眠れなかった訳ではない。それもきっかけではあったが、色々なことが思い出されて、知らぬ間に夜明け前になっていた。


「大丈夫か?」

「バスで寝るから大丈夫」

「そうか」


 ちょうど朝ごはんを食べ終えて副交感神経が働いており、寝不足もあって余裕で爆睡出来そうだ。


「おはようございます、日野森さん」

「ああ清宮さん、おはよう」


 清宮の後ろには成田や他にも同じクラスのシルバーが並んでいる。


「聞いたわ、昨日のこと。裏切り者は黒山さんだったのね」

「あー・・・・・・」


 海は苦笑いした。どうやらもう誤魔化しは効かないらしい。すでに昨日の不審者は黒山と断定されたようだ。


「日野森さん、男湯に乱入して───」


(あーそれも知ってるんだ)


「───黒山さんを男顔負けの勢いで投げ飛ばして、恐ろしい拷問の末に警察に突き出したそうね」

「なんかちょっと違うんだけど!?」


 しかし海が否定しても、聞いていた男子達がシルバーブロンズに関わらず褒めちぎった。


「昨日はすごかったよ」

「どうしていつも男装しているのか気になっていたけど、そういうことだったんだ」

「鷹坂様に選ばれただけある。君みたいな生徒がAクラスで良かったよ」


 現場を見ていない清宮や他の女子は首を傾げていたが、そこまでいうならすごいのだろうと納得していた。

 こうして三泊四日の合宿は終了した。期間中色々あったが、特に変わったことがあるとすれば、Aクラスの男子生徒が選ぶ『敵に回したくない女子一位』に海が堂々ランクインしたくらいだ。



 ***



 合宿から帰って来て行われる次なるイベントは、中間考査である。学院はエスカレーター式ではあるが、国立大学への外部受験も推奨している。学院としては生徒の成績は上がれば上がるほどいいのだ。しかしその分テストの難易度は跳ね上がる。


 成績が公表されないとはいえ、海も下手な成績は取れなかった。数学は本当に苦手なので、点数の取れる暗記科目を重点的に勉強している。


 今日は気分転換も兼ねて学内のカフェで、古典単語を勉強していると、トレイを持った朱里が近付いてきた。


「相席いいかしら?」

「!はい、どうぞ」


 席は他にも空いていたが、朱里は海の前に座った。ちょいちょい朱里は海に構いに来る。もしやAクラスを探っているのかとも疑ったこともあるが、話すことはごく普通の世間話ばかりだ。


 それに海も不思議と、朱里に対しては気構えることなく話せるので、一緒に過ごすのは嫌ではなかった。


「合宿で()()あったらしいけど、元気そうでよかった」

「やっぱり知られてましたか」

「慧斗と親しいと、情報から勝手に入ってくるのよー。あ、他意は無いから気にしないで」


 そう言って朱里はチョコレート味のフラッペを吸った。

 情報統制というのは完璧ではない。それが学生なら尚更。生徒の中には中等部の持ち上がりで、他クラスに友人を持つ人間も多い。派閥はあるが、水面下で情報は共有される。


 その中でも、特に重要な情報を他クラスに流したり、ゴールドについて探っている人間を裏切り者と定義する。


「まあそんなことはどうでもいいのよ」

「はぁ・・・・・・」


(この人、仮にもゴールドの従姉いとこなのに、全く他クラスに興味無いな)


 こういうあっさりとした所が付き合いやすい理由かもしれない。


「話は変わるけど、海ちゃんって鷹坂様と相馬くんに()()って呼ばれてるわよね。もしかしてあれって『おひいさま』ってこと?」

「!」


 海はそう言われた途端に頬が熱くなった。口をパクパクさせ、言葉を探している。


「どうしたの?顔が赤いわよ」

「ど、どうして分かったんですか?」

「あー、最初は日野森の日から来てるのかもって思ったけど、おひいさまの方がしっくりくるかなって」


 海は妙な誤解が生まれないように、あたふたしながらもしっかり弁解した。


「ち、違うんです!あれは小さい頃のごっこ遊びから来たというか、決してそう呼んでくれと頼んでるわけでは!」


 朱里はキョトンとした顔をした。


「別におかしくはないでしょ。うちも華族だった頃の名残りで、小さい頃はそう呼ばれたわ。まあ私は生意気だったから、すぐに呼ばれなくなったけど」


 海は額を押さえた。まさかこれに気付くとか思わなかった。


「昔の話なんですけど、うちの祖父が武家の血が濃いとても厳しい人で、小さい頃は剣道や柔道、空手を習わされて、男の子のように育てられてきたんです」

「なんて羨ましい!」

「家が逆だったら良かったですね、私達。でも私にはそれが辛くて、その反動から朝陽様や相馬くんとはお姫様ごっこばかりしていたんです。小三の時祖父が亡くなってからは習い事全部やめて、反動も無くなったんですけど。でもその名残りで今もそう呼ばれてて・・・・・・って、やっぱり恥ずかしい!!!」


 恥ずかしくて海は手で顔を覆った。思い返せばよくもまあ飽きずにごっこ遊びばかりしていたものだ。しかもあの二人も、呆れず付き合ってくれていたのもすごい。


「いいじゃない!海ちゃんがお姫様ならあの二人は王子様でしょ?それなりに顔は良いし、もしかして片方は好きな人だったりする?」


 海はスンと真顔になった。


「それはないです」

「あら即答?」

「二人は小さい頃からの知り合いですし、特に朝陽様には婚約者が居ますから」


 朱里は一拍おいて「ああなるほど」と、朱里はそれ以上追及しなかった。この話に関しては、海は是が非でも首を縦に振らない。


 ノーランクを与えたのは厳密には鷹坂グループ。その鷹坂の会長から海が、朝陽に()()()感情を抱くなと念を押されていることを、朱里は察したようだ。

 朱里はまた話題を変えた。


「そういえば、それ期間限定のチーズケーキ&ガトーショコラフラッペでしょ?どんな感じ?」

「どっちかに統一しろって感じですね」

「私もそれ思った」


 そうして雑談が続き、勉強は一向に進まずに時間だけが過ぎてしまった。



 ***



 カフェから撫子棟へ移動した海は、律と自習(と言っても律はほとんど海の家庭教師状態)をしていた。海は目の前に座る律をジッと見つめる。


「どうした?ひい」

「いや・・・・・・その()()って、やめない?」

「どうして」

「いや、なんか急に恥ずかしくなって」


 律は不思議そうに海を眺めた。


「でもお前、昔はお姫様ごっこばっかしてたよな」

「だーもー!言わないでそれ!黒歴史だから!」


 祖母に聞いた昔話に『御姫様おひいさま』が出てきて、一時期それに憧れたのだ。特に祖父が亡くなってからというもの、ワンピースやスカートなどの可愛い格好が解禁され、より一層海のごっこ遊びに拍車をかけていた。




『朝陽くん、りっちゃん、お姫様ごっこしよう』


 裾の長いワンピースの裾を持って海はくるくる回った。


『えーまたー?』


 律は不服そうに頬を膨らませる。


『今日からは、私のことおひいさんって呼んでね』

『おひいさんって何?』


 幼い朝陽は首を傾げる。


『お姫様ってこと!本当はおひいさまって言うらしいんだけど、おばあちゃんが教えてくれたお話には、おひいさんって出てくるの!』


 朝陽はスクっと立って海の手を取った。


『じゃあおひいさん、今日はどうされますか?』

『朝陽くんってすぐ海ちゃんの言うこと聞くよね』

『りっちゃん、おひいさんだって!』

『はいはい』


 それから律も渋々付き合ってくれた。




 流石に高学年になるとごっこ遊びはしなくなったが、ひいという名前は染み付いた。


(ん?今思うと朝陽くんって妙に順応性あったよな)


 律が言っていたように、朝陽は幼い頃からすでにレディファーストで、よく海のワガママを聞いてくれていた。


「でも今さらだろ。もうそれで定着しちまったんだし、()()()()だよ」

「さいですか・・・・・・」


 海は項垂れた。確かに今更過ぎる気もするので、海はそのまま受け入れることにした。


「そういえば昔、朝陽のこと好きだっただろ」

「・・・・・・え?」


 あっけらかんと言われ、海は律を見た。ふざけてもからかってもいない。だから何故かすんなりと肯定してしまった。相手が信用のある律だからかもしれない。


「昔、ね。なんで知ってるの?」

「見てたら気付くよ」

「りっちゃん鋭いからなぁ」


 ハハハと海は声を出して笑った。


「今は?」


 律の声は優しかった。不意打ちだったせいか、海は本音がこぼれ出てしまった。


「・・・・・・あれはそもそも気のせいだったんだよ、本当に。たまたま近くに居た朝陽くんに、幼い少女が幻想を抱いただけ。そう()()()ちゃったの」

「・・・・・・そうか」


 律は知っているのだ。海が何故、今は朝陽に恋心を抱いていないのか。


「それに今は朝陽くんには婚約者がいるでしょ。こんな話をするのも許されない」

「そうだな。まあもしも、今また好きになったら、相談くらいは乗ってやるよ」

「やっぱりりっちゃんは紳士だね!」

「どうも。とりあえず今は目の前の数学を解け」

「はい・・・・・・」



 ***



 場所は鈴蘭棟。ゴールド専用の執務室から外を眺めていたのはBクラスのゴールド紫藤伊織。薄いベールのような雲が空を覆っている。こういう空の次の日は雨が多い。そういえばこれから数日雨が降ると天気予報で言っていた。


「合宿も中間考査も終わったね、桜」


 紫藤の言う桜とは植物ではない。人名で、女子ではなく男子。七沢桜はいぶかしそうにこちらを見た。


「だからなんだ」

「もう初夏だ。そろそろAクラスをなんとかしないとね」

「この前もちょっかいだしたんだろ」

「あれは軽い腕試しだよ」


 伊織はクスクス笑った。あれは見物だった。見た目と反して中々度胸のある子が入ってきた。


「そもそも、お前が動く必要はあるのか?」

「あるよ。少なくとも社長がそう望んでいる」


 Shidoホールディングスの女社長は伊織の祖母だ。彼女の意図に沿ってBクラスは動いていると言っても過言ではない。


「・・・・・・・・・・・・」

「桜。今、相変わらず厄介事を押し付けてくる魔女だ、とか思ったでしょ」

「思った」


 桜は悪びれもなく認める。桜は他人の前では従順なフリをするが、実は一番キレ症で反抗的な性格だ。恐らく両親が元ヤンなのが原因だが、それにしては律儀でマメな一面も見せる。


「あのね、桜。今の僕だからいいけど、他の人にはそう言われても認めちゃダメだからね」

「そんなヘマ誰がするか」

「まあ社長の悪口を口に出さなくなっただけマシだけど」


 桜はShidoが好きではない。特に祖母とは犬猿の仲だ。それなのに何故同じ学院に付いてきてくれて、ノーランクまで引き受けてくれたのか伊織は分からない。


「伊織、Aクラスはともかく、例のアイツはどうする?」


 伊織もその件に関しては頭を悩ましていた。


「問題はそれなんだよね。本当に今年は色々あるなぁ」


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