97 シェルムは観察する
――シェルムは観察していた。じっくりと、そのサラの黄色い瞳孔で、ただただ目を開けて棒立ちになっているバロットを、嘗め回すかのように見ていた。
テーブルが破壊されて転がっている部屋。部屋の扉は閉まっており、鍵がかけられている。シェルムはその部屋で、立ち尽くすバロットを少し遠くから、全方位に動いて観察していた。
シェルムは知っている。バロットとサラ、どちらも強力な能力を持ちながらも、一番に警戒すべきは"異能"ではなく、豊富で血なまぐさい経験から成る"行動"なのだと。
「……」
シェルムは深く精察する。今のバロットの状態、これを第三者はただの立ちつくしているだけの男として認識されるだろう。
しかしシェルムはそうは思わない。
戦闘が一時的に止み、静かになった部屋の中。
そこにはバロットの腕からは血液がポタリポタリと地面に零れている音だけが響いていた。
「……」
警戒するのは良い。けれども、それを続けている限りは勝ち負けが定まらない。そのうえ、この時間でバロットが何か対抗策を生み出すかもしれない。
シェルムは瞳を一旦閉じて、再び開ける。そしてその黄色い眼でバロットの風貌を見定めた。
彼の視覚と聴覚はすでに機能していない。武器はナイフのみ。その状況で、反撃できる要素はあるのか。
――ない。あるはずがない。
シェルムは深呼吸して、震えた笑みを浮かべた。
「さよなら。バロット」
聞こえてないだろうけど、と加えて頭の中で告げる。
シェルムはバロットの懐に入ると、そのゼロ距離から刀を抜いた。確実に、彼の体を斬り刻んで再起不能にするために。
この一太刀でバロットは死ぬのか。彼の体へ刀が迫る一瞬。その刹那の瞬間に、まるで時が止まったかのような一瞬に、シェルムは想起していた。
――第六部隊。シェルムがバロットらと出会うこととなった、あの戦争を。