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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第三章 コルマノン大騒動
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96 潜む

 目の前の半壊したテーブル以外はとても豪華で明るい部屋。バロットは一度だけ見渡すと、一歩踏み出した。


「――」


 途端に、左右の壁から剣が生えてきて、柄まで壁から抜けたと同時にバロットに向かって放たれる。


「……幻か」


 バロットはそう呟きながらも前へと跳んでかわした。それから前にある半壊したテーブルを踏み込み、盾代わりに立てて、その影に身を潜める。


 バロットを狙って飛んできた二つの剣は交互にかち合うも、その瞬間にすーっとお互いに通り抜けて、その先の壁に刺さる前にその姿は消えた。想像通り、それはサラを取り込んだシェルムによる幻の攻撃だったのだろう。


 ――しかし、では何故バロットは当たっても害のない幻と判断したものをわざわざ避けたのか。


 バロットは立てたテーブルの表面に背を預ける。と、不意に下を見た際に、自身の影にかぶさる何かの影が視界に入った。バロットは急いでそれを見上げる。


 今度現れたのは大きな鎌だった。くるくると回り、バロットに向かって投擲されていた。その目標を視界に入れて、バロットは右手のナイフを握り直す。そしてそれを投擲した。


 刃の部分をすり抜けるナイフ。しかしすり抜けたところで、金属音が鳴り響いた。バロットは後ろのテーブルを蹴り倒して、その場からすぐさま退避する。ナイフはこの時点で、何かにぶつかって明後日の方向へと弾かれていた。


 幻に本物を混ぜる――今の場合はナイフで弾いたであろう凶器に、幻のコーティングをしたのだろう。バロットが最初の二つの剣をかわしたのも、これ対策だった。


 幻は幻でしかないが、そこに一割でも真が潜むと劇的に厄介になる。


「――」


 バロットが退避した直後、彼の前方の右と左に二つの影が顕現する。それはバロットへと近づきながらも、その姿を完全に描写した。それは赤髪を揺らし、こちらへ刀を携えて駆け出してくるサラ――もとい、シェルムの姿だった。バロットは右手に新たなナイフを充填し、構える。


 ひとまずバロットは左手のナイフを左から駆けてくるシェルムに投擲するも、簡単に避けられた。その時間で左のシェルムはバロットとの距離をすぐ先まで詰めてきた。


「っ……」


 刀を振りかぶるシェルム。バロットにはこれが真か嘘か悩む暇はない。バロットは再び地面を蹴ると、上に跳んでその刀を回避した。


 それから壁を蹴り、バロットに斬りかかったシェルムの後ろへと着地する。そのシェルムがバロットの行動に気づいていないはずもなく、すぐさま振り返るのと共に刀を横に振るった。


「く……!」


 バロットはそれをかわすことができず、咄嗟の判断で右手のナイフで相殺することを選択した。刀とナイフがかち合う、と思いきやそれらはぶつかり合うことなくすれ違い空を切る。


 同時に、バロットの差し出した右腕に一閃の亀裂が走り、血液が噴き出した。


「――っ!」


 見えないところからの攻撃だった。『幻惑』で自分の居場所を隠し、十分な安全圏から相手の隙を狙って不可視なる斬撃を繰り出す――サラの異能の理不尽さは、バロットもよく分かっていた。


 バロットは苦痛に唇を噛みしめながら、目の前の幻であるシェルムを突き抜けて、廊下へと繋がっている部屋の出口へと向かった。


 しかし、そんな異能『幻惑』の理不尽なところはこれだけではない。


 バロットが出口に向かい、幻のシェルムをすり抜けた直後、廊下へと接続している扉は音を立ててバタンと閉じたのだ。さらに"カチャリ"と鍵が閉まる音。バロットは舌打ちをして窓側に跳ぶと、その最中に新たに出したナイフを左右の扉に向けて投擲した。


 その二つは軽い音を立てて、両方の扉に刺さる。"恐らく"あの扉は本当に閉まっていた。


 いや、そもそも最初(はな)から"扉は閉まっていた"のかもしれない。『幻惑』の異能で開いていたように見せていただけで。そしてその理由は、バロットが逃げようとした場合に扉の開いた出口へ向かわせることであり――。


「……!?」


 瞬き一つだけだった。バロットが空中でナイフを投擲し、着地したときに一度。ただそれだけだった。


 その次にバロットが見たもの。それは完全なる暗闇。上下左右、全てに何も移さない闇だけが存在していた。自分の存在すらも、闇に隠されて見ることができない。


 ――サラの持つ異能『幻惑』は、視覚と聴覚をリスクもなしに奪い操る。バロットはその異能に完全にはまっていた。


「  」


 バロットが口を開いて言葉を放つも、それは自分の耳には届かない。聴覚を奪われているのだ。当たり前のこと。


 バロットはすでに目と耳をそぎ落とされたも同然になっていた。何も見ることもできず、何も聞くこともできない。


 それは自分が殴られたとしても殴った犯人を見ることができず、耳元で包丁を研がれようとも危機感を察知することができないということだった。


 ここまで掌握できれば、あとはゆっくりでも急いでも、バロットに近づいて刀を振るい、首でも手足でも脳みそでも心臓でも、好きな部位をはぎ取ればシェルムの勝ちだ。


「――」


 この時点で、或る者は発狂し、或る者は泣き叫ぶことになるだろう。生きるために必要な五感の内、自分を殺そうとする殺人鬼に二つを奪われたのだ。慌てふためくのも仕方のないこと。


「――」


 現にシェルムはバロットをしとめるために、興味深く観察しているはずだ。二つの感覚を奪われ、成す(すべ)もないバロットを、用心深く観察しているはずなのだ。だからこそ、バロットは未だに生きている。


 無限に広がると錯覚するような暗闇の荒野に、バロットは立っていた。正確には立っている感覚でさえも、今ではもう不確かなものとなっていたのだった。


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