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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第三章 コルマノン大騒動
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82 彼女の血

「獣人じゃないって……それじゃ、その耳の説明がつかないような……」


 シアンから発せられた言葉を前にして、シルヴァの困惑は必至だったといえる。彼女の頭には獣人特有の――詳細には彼女はクォーターであるけれど――猫の耳がついているのだ。それなのに獣人ではないとはどういうことなのか。


「……まあそうなんだけど……」


 シアンはシルヴァの隣に来て、屋上の柵に手をつけて未だにさっきの通路にいるサラとバロットを見据える。シルヴァもそれにならい、彼女の隣で柵に手をかけた。


「獣と人……私がその両方の血を引いてるのは確かだよ。でもそれだけじゃない」


 彼女はぼーっと、暗闇に立つ二人から視線を外さずに、手すりを握る手に力を入れてぎゅっと握りしめた。


「……『魔族』。獣と人と『魔族』――その三種類の血が、私の中に流れてる」


 冷たい風が過ぎ去る夜、シルヴァはシアンの知らない一面を知ったのだった。





 『魔族』とは。

 シルヴァ達が住む世界から見て、その裏側に存在すると云われている世界がある。その名も『魔界』。その世界に住んでいる知的生命体が、俗に『魔族』と呼ばれている。


 『魔族』は人間よりも生命力・戦闘力に長けており、さらに好戦的だ。故に、歴史上において人間界側と魔界側との間で、領地の奪い合いなどの争いが何度も勃発している。現在では停戦の条約を結んだことで、表立った争いは起こっていないものの、こちらの世界と魔界を繋ぐ、いくつかの(ゲート)には特定の人しか近づけないようになっているみたいだ。


 そのような背景があってか、『魔界』そして『魔族』について不明瞭な点が未だに多くある。それを埋めるためにも、(ゲート)を有する国が魔界側に使者を送ったりなどをして、世界間の友好を保とうとしているとかなんとか。


 正直なところ、魔界の情報は本当に全くといっても良いほど一般人には流れてこない。シルヴァもその一般人に含まれるので、そこまでよく知っているわけではないのだ。


 一説では『魔獣』も魔界由来の生物だと云われているけれど、その真相を知る者はいないだろう。ただ魔界にも王たる立場の者がいて、人間のように統治を行っているようだ。


「えっと……ということは、シアンは(ゲート)の向こう側から来たの?」


 シルヴァは困惑と共に、シアンに問う。今この場所でこの質問が適切かは分からないけれど、彼女の言葉に混乱したシルヴァの頭ではこれ以外のことを問うことができなかった。


 『魔族』がこちらの世界にいるなんて、普通は考えもしないことだ。子供が読むような絵本にも、魔族という存在が強大で人間の脅威となることが描かれているほど。つまるところ、人間にとって『魔族』は強大な脅威であるのだ。


「……ううん。生まれはこっち」


 シアンは首を横に振ってシルヴァの質問に答える。


 彼女のいつもの声を聴いていると、何となく頭が落ち着いてきた。シアンは人間、獣、魔の三種類の血を引いているミックスであること。恐らくそれに由来して、さっきシルヴァへ施した治癒行為みたいなことが行えたのだろう。ということは、シアンが持っている『未来視』の能力も魔族由来だったりするのだろうか。


 そして、それを彼女が隠していた理由。獣と人間の二つの血を引いているだけでも迫害を受けてしまうようなこの世界で、魔族の血も引いてるとなれば、どうなるか考えたくもない。


「……オルレゾーにいたのは……」


「……うん。色々とあって……何も持てずに、最後に流れ着いたのがそこ」


 シアンは手短にそう言ってのけるけれど、その『色々』と簡単に省略されたその部分はシルヴァには到底思いつかないほどに悲惨なものであろうことは明白だった。


 気づくとシルヴァは、手すりから手を離し、あろうことかシアンを優しく抱きしめていた。


「……やっぱり、君はこんなことをしてるよりも……」


 彼女を腕の中に入れて、シルヴァは小さくぼやく。過去にどれほどの悲運を受けたシアンを、このままシルヴァと共に命の危険と隣り合わせにしても良いのだろうか。そんな思いがシルヴァの頭を(よぎ)っていた。


 その思いは以前にも感じたことがある。アレンのところにいたときのことだ。だから、その戸惑いはすでに解決済みのはずなのだ。けれど、それでもシルヴァは再び迷いを感じていた。彼女の過去を知るほど、彼女にこれほどの不自由を強いて良いのかと思ってしまう。


「こうしていたいんだよ」


 シアンもシルヴァをぎゅっと抱きしめ返した。


 シルヴァのシアンを危険から遠ざけたいという気持ちは、シルヴァの弱さでもあった。守り抜く自信がないから、それを遠ざけて隠して、見えないようにする。例え壊れたとしても見えないのだから、シルヴァは永遠(とわ)にそこに()るものとして安心できるのだ。


 つまりその行為は現実に目隠しをし、都合の良い過去の偶像を幻視し続けるだけの、心が満たされたように感じる現実逃避に過ぎない。


 それは彼女の望みとは相反するものだ。それをシルヴァは知っていた。


「……そうだよね。僕は、知ってたはずなんだ」


「うん。ちゃんと教えたもん」


 顔を上げて、えへへと笑うシアン。その微笑みを見て、シルヴァは改めて決意する。


 失わなせない覚悟。一度死にかけたこの状況で、シルヴァは確固とした心情を再び確立させたのだった。


「――っ!」


 その瞬間、シルヴァの全身に身の毛のよだつような冷たい殺気が通った。それはシアンも同じだったようで、二人して離れるとすぐに遠くにいる例の二人の方を見据える。


「……感知された?」


「……分からない。けど……」


 シアンはごくりと喉を鳴らして、『こちらの方角に向けて歩き出した』バロットとサラを見ていた。


「嫌な予感がする……」



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