77 二対一
左腕がじわりじわりと熱い何かに浸食されていく。それは一瞬にして激痛に変わり、シルヴァはよろめきながら悲鳴を上げた。
ぽたり、ぽたりと腕を伝って落ちる赤い雫。同時に、目の前で血塗られた太刀を握りしめる黄色い双眼がシルヴァを捉えた。
「……っ」
黄色い瞳のサラが太刀を振りかぶる寸でのところで、シルヴァは前に倒れる。まさかの行動にサラは少し驚いた表情を見せるもの、冷静に一歩下がってシルヴァの体をかわした。
その直後、シルヴァの無事な右手が彼女の太刀に迫り、その刀身をがしりと掴む。同じくして右足でしっかりと倒れ込む体を支えた。
サラは慌ててシルヴァの右手から刀身を引き抜く。当然にも刃は手のひらの皮を斬り、溢れ出た血液がそのまま刀を纏うように一直線に飛んだ。手に握られた刀を勢いよく抜いたのだから、そういう飛び散り方をするのは当然だった。
これをシルヴァは本能で理解していたのかもしれない。心そこにあらず、という言葉があるが、今この瞬間までのシルヴァははち切れぬ痛みに思考がホワイトアウトしていたといっても過言ではなかった。そしてその思考は、右手から刀が引き抜かれた瞬間に覚醒する。
「――っ!」
シルヴァは自分の血飛沫を『支配』の固定し繋ぎ合わせた。それは歪であるが刀の形を模して、そのままシルヴァの右手に宿る。
「――」
シルヴァはその勢いで血の刀でサラへ突くが、彼女はそれを容易に見切っていた。その軌道を狙って自分の刀を使い、シルヴァの血でできた刀を上に弾こうと閃光の如く振るう。
しかしその太刀筋は血の刀に接触した途端、鈍い音を立てて止まった。サラの瞳が見開く。シルヴァはその隙を見逃さず、一歩踏み出してサラの刀を血刀でどけるとその体を狙って斬り上げた。
「……っ!」
「――ッ!」
どうしてシルヴァの血刀を手の中から弾き飛ばせなかったのか。サラは未だ気づいていないだろうが、シルヴァの異能は『支配』であり、その『支配』の力で血刀は形成されている。その刀は血がもとになっていて、その血は手のひらから出血したもの。故に血液の流れは外から内へと直結しているわけだ。
そこでシルヴァは手のひらにべっとりとついた血液を『支配』の力で血液同士だけでなく、その手のひらにもくっつけた。つまるところ、血刀はシルヴァの手のひらと『支配』の力で繋がっているということ。だからただの強い力では手から弾くことはできなかったのだ。
成し崩されたサラは主導権を再び得るために刀の柄を再び握りなおす。しかし攻撃に転じる前に、シルヴァの血刀の乱暴な太刀筋が彼女を襲った。
サラは体勢さえ崩されていたものの、剣術ド素人なシルヴァに対して遅れをとるような腕をしていない。すぐさまシルヴァの稚拙な剣技ともいえない太刀筋を返し、そのまま攻めに転じようと刃を滑らせた。
「くっ……!」
都合が悪いことに、刀と血刀がかち合った衝撃でシルヴァの左腕の傷が開き、意識がもっていかれそうになる。思わず右手の力が緩み、よろめいてしまった。それを当然サラが見逃すはずもなく、シルヴァの懐へ踏み込んで太刀の刃をたてた。
「シルヴァ!」
その背後からシアンがサラへと飛びかかり、槍を突き刺す。シルヴァもそれを目の前でしっかりと見ていた。背後からシアンが飛びかかり、サラを突き刺す場面を、しっかりとこの目で。
けれど結果は空回る。シアンの槍は空を切り、地面に弾かれた。シルヴァの目の前からも、シアンの目の前からもサラは消え、その本体は――。
「シアン!」
いつの間にか背後に居たサラの刀がきらりと月明かりに照らされて光る。シルヴァは痛む左腕を無視し、その左腕でシアンをどけて右手の血刀でサラの刀を止めた。
「……」
「くっ……!」
自分の刀を止められたことに表情一つも変化させず、そのまま血刀とかち合うサラ。息を乱しながら、その瞳を前にシルヴァは経験の差を実感する。
余裕の量が違う。シルヴァは『支配』の力を用いて、サラの意表を二度ほどついているはずだ。それにも関わらず、すぐにリカバリーを施して自分のペースへと戻していく。シルヴァにはできない芸当だ。現に、左腕を裂かれてからは自分の体が、特に左腕の激痛と怪我具合が気になって『支配』の力を相手に使おうなんて発想を殺してしまっていた。
二人でにらみ合う中、シルヴァにどかされたシアンが横からサラへと槍で攻撃する。もちろんサラも気づいていて、シルヴァの血刀を自分の刀で体ごと弾き飛ばすと、シアンの槍へと対応した。
槍の先端の刃を軽く弾くと、その隙に刀をシアンに向かって突いた。シアンは寸でのところで、体を反らし回避するも、次の突きの勢いのまま体を横に回転したサラから放たれた蹴りは避けられず、直撃して地面へ転がった。しかし転がりつつも、その威力を殺して何とかして立ち上がる。
二対一。有利のはずなのに、逆にシルヴァたちは追い詰められていた。
その事実に、シルヴァは左腕から伝う嫌な感じに苦笑いを浮かべたのだった。