70 その仕組み
「これはな、ずっと前に俺の店に来た文無しの旅人が金の代わりに置いていったんだ」
シルヴァがその独特の黒い形状をした拳銃『虚無の短銃』をドルフに返すと、彼はその角ばったフォルムを撫でながら語り始める。
「なんでも、弾丸を使わずに発砲できる代物らしくてな。名前の由来はそこに基づいているらしい」
「……弾丸を込めずに発砲?」
シルヴァはドルフの言葉に首を傾げた。
このドルフが持っている拳銃という武器は、シルヴァ自身も仕組みはよく分かっていないが、火薬の込めた弾を込め、それを勢いよく発射するというものだ。弓矢よりも手軽に利用できる反面、反動や発砲音、さらに手入れなどが弓矢のそれとは比べ物にならないほど使い手の負担となる。さらに、拳銃を製造する技術は未だ確率されておらず、その高性能な飛び道具は未だ世に出回っていない。
というより、わざわざ高価な拳銃を買い、それを扱う技術を十分に習得する時間があれば、安価な弓矢を買って、その弓矢に自信の魔力を付与させる訓練をした方が有意義だ。拳銃は確かに素の状態では弓矢を圧倒する性能だが、応用力に欠けている。そして何より、希少で世に出回っていないので、弾の補充や修理する際の部品の調達が困難極まる。あとたまに暴発するので危険なのだ。
そんな不憫な武器、拳銃であるが、ドルフのいうことには、この『虚無の短銃』には弾を込めずに発砲が可能らしい。しかし、弾を込めないのであれば、何を飛ばして攻撃するのだろうか。
「それがな……」
ドルフはちょっぴり残念そうに眉をヘの字にすると、その短銃を構えてトリガーに指をかけてみせる。そして躊躇なく引き金を引くものの、カチというカスった音が聞こえるだけで、何も発射されない。
「……撃てねぇんだ」
「……適当なことを吹かれたんじゃ……?」
がっかりするドルフに、一応遠慮がちに自分の考えを口にするシルヴァ。
そんなシルヴァにドルフも「そうか、そうだよな」と残念そうに手を軽く振って、拳銃をシルヴァへ投げ渡した。
「ま、これだけにかっこいい形状だ。悔しいが、飾っとくだけでも少しばかり気が晴れるもんさ。お前さんも、引き金を引いて気分だけでも味わってみな」
「……」
ドルフはそういって、下に敷いてある布団にゴロンと寝転がった。シルヴァは手に持った拳銃をまじまじと見つけると、ゴクンと再び喉を鳴らす。
そしてある種の覚悟を決めた後に、ドルフと同じように引き金に指をかけた。
――刹那。
「――っ!」
拳銃を構えた右手から、一気に力が抜けた。シルヴァはこの気持ちが悪い感覚に、思わず銃から手を離す。銃はそのまま布団の上に音もなく落ちた。
「……ん?」
後ろを向いて寝転がったドルフはシルヴァのちょっとした変化に気づき、起き上がってシルヴァの方へ向き直る。
シルヴァは起き上がってこちらを見るドルフの視線など気にせず、落ちてしまった銃をじっと見つめていた。
その後、恐る恐る短銃を持ち上げる。しかし今度は銃を掴んだ右手に変化はない。右手には。
「……この銃」
シルヴァはそれを持ったまま立ち上がると、部屋の窓際にいって窓を開けた。そしてその夜空に向かって銃を構える。
「何をするんだ?」
ドルフもシルヴァの行動を不可解に思って立ち上がった。
「……いや」
銃を外に向けて構えたシルヴァはちょっとの間そのままであったが、考え直して銃を下げる。それから窓も占めて、さっきいた位置に座った。
怪訝な視線をシルヴェに向けるドルフ。しかしシルヴァの意識は、完全に例の短銃――『虚無の短銃』に向けられていた。
「……」
大層な名前まで付けられている短銃。今のそれには、言葉には現せない存在感が宿っているのだ。さっきまでは感じられなかった違和感。それが顕現したのは、シルヴァがその銃を構えて引き金に指を伸ばそうとした時。そして丁度その時、シルヴァの右腕の力が、まるで吸い取られるが如く抜けた。
これらのことから推測できることは――。
「その銃、もうトリガーを引かない方がいいかも」
シルヴァの注意にドルフはきょとんとした表情でシルヴァを見つめた。
シルヴァは続ける。
「この銃は、使用者の魔力だか気力だかを吸い取って、それを弾丸の代わりに打ち込むんだと思う。今さっき、僕が銃を構えた時に、僕の力が銃に吸われたみたいで……」
そう言って、シルヴァは右手にある『虚無の短銃』をドルフに差し出した。ドルフはその差し出された銃を取らず、興味深そうにじっと見つめる。
「俺の時はそんなこと起きなかったが……」
「多分、扱える人と扱えない人がいるのかと。これを持ってきた旅人は、この銃を入手したのはいいけれど、扱えなかった。だから見も知らずの人に渡したんだと思う。ただでさえ、希少な武器で暴発の恐れもある一品だ。荷物になるどころか、危険物にもなりえるし」
シルヴァの説明を聞いたドルフはため息をついた。そしてシルヴァの差し出した銃を受け取ると、なんとそれをそのままシルヴァの胸に押し付けた。
驚いて目を見開くシルヴァに、ドルフは諦めのついたような瞳で言った。
「どうせ俺には使えねえんだ。だったら、お前さんが持ってた方が良いだろ?」
「いや、でもこれは」
「なに、ま、あれだ。ライニー家のこともある。それのお礼と、今後の対応の前払いってことで。……色々と考えなくちゃいけねぇこともあるしな」
シルヴァは黙ってそう言うドルフを見つめると、うなずいて胸の銃を受け取った。銃を受け取ったシルヴァを見て、ドルフは少し嬉しそうな表情を浮かべると、ひとつ咳ばらいをする。そして真剣なまなざしでシルヴァに語り掛けた。
「ということで、だ。ライニー家の奴らをどうするか、今後の方針を話したい」
「奴らは何らかの手段を使って、僕たちに報復するみたいだし、それを抑えて現行犯……っていうのは楽観的すぎるかな」
シルヴァは腕を組んで思考を巡らす。そもそも、今のところはライニー家が何か決定的で大きな犯罪行為を行ったわけでもないし、そういう面で揺さぶるのは不可能だろう。手を打とうにも、結局奴らが動く前ではどうにもできないのかもしれない。
あれやこれや考えるシルヴァに、ドルフはさらに言を付け加えた。
「ライニー家に殴り込み、みたいなのは駄目だからな。奴らは犯罪者じゃない。ちょっとお灸をすえて、一町民として大人しく過ごしてくれるようになればそれでいい」
「分かってるけど……うーん」
「……難しい……よな」
はあ、と二人はため息をつきながら、頭を抱えたのだった。