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６８　耳は

　賑やかだった店内も、すでに客が退いたあとではとても静かになっていた。店先の玄関には閉店を示す看板が下がっている。

　なんやかんや大変だったお店のお手伝いも終わり、シルヴァはずっと厨房で働いていたシアンと一緒に畳の席でうなだれていた。

「疲れた……」

　二人とも慣れない労働に疲れ果てる結果となってしまっている。

　ふわりと体を倒してシルヴァに寄り掛かったシアンであるが、当のシルヴァは疲れ果てているがために、昼下がりの時のような反応はできず、なんとなく彼女の獣耳を優しく撫でてみた。

「ひゃんっ！」

　シルヴァがシアンの耳に触れた途端、彼女はぴくりと体を震わせて弾かれるように立ち上がった。

　何となく獣耳に触れたシルヴァは驚いて、座りながら少しおののいた。

　立ち上がったシアンは獣耳を両手で押さえて、顔を赤くさせたままうつむいている。そして顔を上げずにシルヴァへ言った。

「耳は……ダメです」

　俯(うつむく)く体勢で垂れている前髪の隙間から見える、シアンの顔は少し色っぽくて、シルヴァは疲れも忘れて意識してしまいそうになり、思わず彼女から視線を逸らす。それからシアンと同様に少し顔を赤らめながらも、うなずいた。

「ごめん……気を付ける」

「……うー」

　シルヴァの謝罪を聞いたシアンは顔を上げてシルヴァの顔を見つめると、ストンとまた座布団の上に座る。そのまま机に突っ伏して、彼女の顔がシルヴァから見えなくなった。

　今のはかなり揺さぶられたな……。

　とシルヴァは一人でドキドキしていると、ニーナが厨房から歩いて出てきた。

　ニーナの手にあるお盆には三人分の料理が並べられていて、彼女は畳の席のところまで来ると、そのまま靴を脱いで畳にあがる。

「お疲れ様！　今日はありがとね！　これ、ちょっと遅いけどお夕飯」

　そういって三人分のとんかつ定食を机の上に分配するニーナ。ぎこちない笑いを浮かべながら座布団に座りなおすシルヴァの隣で、ニーナは未だ机の上に突っ伏していた。

　それを不審に思ったニーナはシアンに声をかける。

「どうしたの？」

「うー……大丈夫」

　ニーナに声をかけられたシアンはゆっくりと顔を上げた。

　その頬は未だに少し紅潮していて、シルヴァは思わずじっと見つめてしまった。けれど、すぐにブンブンと顔を左右に振って無理やり視線からそらす。

　あんなことがあったせいで、意識が完全にシアンへと向いていた。自分でも制御できないほどに。

　ちらりとシアンの方をもう一度見た。すると、彼女もシルヴァの方を見ていたようで、一瞬だけれども目が合った。

「！」

「っ！」

　その瞬間、電撃が走るように二人とも揃ってそっぽを向いた。

「あっ……」

　それを正面から見ていたニーナは何かを察したようで、口から声が漏れる。そして二人が乱心していたせいで、ニーナの発見に気づかないまま時は過ぎて言ったのだった。