67 愉しい談話
『食事処-彩食絹華』にある畳の席。仕切りによって計四つの席に分かれている内の一つに、彼らはいた。
「……」
かりあげない程度に短く暗い黄色の頭髪をした男は、黙って天ぷらを箸でつまみ、それを口にいれる。その男のテーブル越しに座る赤毛の長髪の女性は、そんな何も考えずに料理を楽しんでいるような男を前にして、ため息をついた。
「ねぇ、アンタさぁ、何普通に楽しんでんの」
「……この、天つゆっていうの? マジでうめぇぞ」
つゆに着けた天ぷらを食べながら、抑揚もなく感情もなく、その男は興味もなく女に告げる。その赤毛で金色の瞳の女はその返答を聞き、ため息をついて自分の天ぷらへと箸を伸ばした。どうやら彼と彼女で同じ料理を頼んでいたようだ。
淀んだ黒い瞳で天ぷらに夢中になっている男とは違い、その女性の視線は何やら料理以外のものへチラチラと向けられていた。カウンターの上にあるメニューを見ていると思わせておいて、その視線は店でせっせと慣れない手つきで働く青年に向けられている。
「……あいつじゃん」
「だな」
呆気からんとした口調でぼやく女に、男はせっせと天ぷらと米を口に運びながら短く同意した。ここに来た目的よりも料理の方に夢中になっている男に、女は本日二度目のため息をつく。
そしてその女は男に意味ありげな視線をぶつけた。男はその視線を受け、箸を進めるのを途中で止めて顔を上げる。それからその金色の瞳にドス黒い瞳で睨み返した。
「……んだよ。汚い方の女狐」
「あ?」
『汚い方の女狐』と呼ばれた女は怒りで赤毛がぶわっと感覚的にたたせる。それに加え、金色な目玉の中の赤い瞳孔を縦長に変化させた上で、針のような殺気を男にぶつけた。
テーブルの上の天つゆに波紋が広がる。しかしそれは、その殺気は店の中に波紋として広がることなく、ただ男にだけ向かって威圧を与えた。
それを受けた男は箸を行儀よく置くと、降参といったように両手を上げる。
「すまん。ごめんなさい」
「……ふん」
男の謝罪に納得はしていない様子だったが、とりあえず殺気は収めた女。彼女はそのまま乱暴な手つきで箸を持ち、それをエビの天ぷらに突き刺した。それから、それを獰猛に食らう。
それを見ていた男は呆れたような視線を彼女に向けながら、力のない声で言った。
「そんな風情の無ぇ食い方するから『汚い方』なんて言われんじゃねーの? サラ嬢」
「逆よ。あんな呼ばれ方をするからこんな食べ方をしてしまうの。全ては黒鬼のせいだわ」
サラと呼ばれた女性はもぐもぐと天ぷらを食べながらそう反論した。男は興味もないようにすぐ彼女から視線を外し、再び天ぷらへと箸を伸ばす。
「とりあえず、あと一人が見つからねえ。奴は絶対にもう一人と接触する。だからこの店を見張んぞ。出てこなければここに泊まるってことだ。寝込みを襲って〆だ」
「了解」
サラは口の中に入ったエビ天の尻尾部分をかみ砕き飲み込みながら、いつの間にか戻った丸く赤い瞳孔の瞳で彼の意見にうなずいたのだった。