6 成長する『支配』
「――ッ」
「――っ」
地面の石畳を粉砕し、目にもとまらぬ速さでシルヴァへ殴り込んだゴルド。
しかしその行動は途中で静止した。シルヴァの『支配』能力だ。突撃するゴルドを能力の支配下に置いたのだ。
――が。
シルヴァとゴルドは力を込め、殺気を飛ばしあいながら静止していた。シルヴァはそんな中、異常に気づく。
こいつ、支配の能力が完全に入らない……!
そう、ゴルドが能力の射程内に入り、支配下においたのまではよかった。
しかし、操ろうにも行動を止めること以上に能力が発言していない。彼の行動を止めることが精一杯で、『操る』段階まで到達できていない。
いいや、違う。シルヴァは気づく。
『支配』が満足に機能しない理由。それはゴルドはシルヴァの支配の能力に抗っているからだ。能力を少しでも緩めたら、最高速の拳が僕に飛んでくるだろう。
フェイクのつもりで調達したが、必要なかった槍を投げ捨てて、冷静に物事を推理していくシルヴァ。この時点で二人の力関係は拮抗していた。
――そんな中で、シルヴァは微笑んだ。そう、微笑んだのだ。自棄になったわけでもなく、ただ嬉しさを前にして微笑んだのだ。
「……ありがとう。ゴルドさん」
シルヴァの言葉をゴルドは不可解に思ったに違いない。だがそれをゴルドの意識が認識する前に、事態は動く。
突如、ゴルドの両隣にある石畳が長方形の石の板となってせり上がり、そのまま起き上がってゴルドを押しつぶした。
それだけでは飽き足らず、半壊した刑務所の門の瓦礫などが一気にゴルドへ押し寄せ、そのままゴルドを潰していく。ゴルドの足元の石畳が割れ、そのまま土の中へ沈んでいった。
「貴方のおかげで、僕は『成長』し『理解』できたよ」
シルヴァは追い詰められていたのだ。シルヴァの『支配』とゴルドの『力』。双方が拮抗し千日手の状態となっていた。あのままではシルヴァは勝てない。だから――
シルヴァの勝利への執着が、本能が、彼の能力をさらに成長させた。
シルヴァの能力が『成長』し、魔獣や人間だけでなく、物質までもをありのままに動かせるようになったのだ。故にシルヴァは石畳を支配し、その数々をある程度の大きさの『群れ』として形成し、そのまま起動させてゴルドを左右から押しつぶしたのだ。
その後も、落ちていた瓦礫を動かし、さらに地中の砂までも操り、彼を地中奥深くまで沈めた。
勿論、ゴルドを支配する能力は継続中だ。だから彼は動けない。動けないまま土に沈んでいく。
ここで気づいたが、『支配』には十二メートル程度しか射程がないようだ。けれど、そこまで埋めてしまえば、圧力によって動けなくなるだろう。つまり、もうこの時点でシルヴァの勝ちは確定――。
「ォらああああァァァア!」
地中から大きな弾丸が飛び出し、空に放たれる。そしてそれは猛スピードで直角に曲がり、瞬きひとつの内にシルヴァへ突っ込んだ。
「――ァっ!」
シルヴァはその攻撃を受け斜め上に吹っ飛び、刑務所近くの建物の三階付近へ激突した。壁を貫通し、中の部屋で新たに壁にぶち当たり、ようやくその勢いは止まった。
「……なるほど」
ボロボロになった服を身にまとい、シルヴァはふらっと立ち上がる。
轟音を鳴らしながら外壁を貫通し、建物中にまで吹っ飛ぶという大きな力を受けても、シルヴァに目立ったダメージはない。
……いいや、少し見栄を張った。かなり痛い。背中、めっちゃ痛い。
だが、致命傷にはなりえない程度のダメージだ。誤差である。
さっきの衝撃でヒビが入った天井から、パラパラと小さなクズが落ちてきていた。
しかし、あの拳が直撃すれば、この程度の傷ではすまなかったかもしれない。拳が当たる直前に、辺りに舞っていた砂を圧縮し集め、それを盾代わりにして衝撃を多少なりと押さえたが、それでもこの威力だ。
シルヴァは顎に手を当てながら歩き出す。そして、自分が空けた穴から下を見つめた。
もう日が沈み、辺りが暗くなっているので、とても見づらかったが、何とかその姿をとらえる。
そこには、シルヴァを殴り飛ばしたであろうゴルドが、深く息を切らしてこちらを見ていた。体中が傷だらけで、破れた囚人服の所々から血が滲んだり、流れたりしている。
彼は地中の圧力の中でも、持ち前の筋肉でなんとか肉体を維持し、そのまま力任せにに飛び出したのだろうか。
一度、シルヴァの射程から逃れてしまえば、能力の支配対象から外れ、また能力を使うには再び支配しなくてはいけない。今のはシルヴァの慢心が原因である。そのせいで、ゴルドが射程から外れるや否や、勝ったと思い込んだゆえに支配し直すよりも先に、彼の攻撃に当たってしまった。
さらに厄介なことに、ゴルドはシルヴァの能力の射程に気づいた恐れがある。だからこうして、建物の三階まで吹っ飛ばしたのだろう。ここからではゴルドに『支配』は届かない。
本来ならば、あの状況では一撃で終わらさせずに畳みかけるのが良いはず。それをしなかったということは、シルヴァの近くにいることは危険であると、ゴルドは気づいていたからだ。
そもそも、彼は凄まじい力以外にも、何か特殊能力を持っていた。空中に飛び出た際、何もない場所で進先の角度を一瞬にして変えた。まるで、見えない壁を蹴って、自分の軌道を変えるが如く。
「だけど、距離を取ったのは悪手だったね」
シルヴァは小さく呟き、両手を広げた。