56 落ち込む
「……んん」
肩を落とし心底反省しているシルヴァの前で、シアンは咳ばらいをして再び姿勢を正し、正座しなおした。
シルヴァはそんな彼女をちらりと、申し訳ないという気持ちではち切れそうになりながらも見る。シルヴァの視線を受けたシアンは、ちょっとうろたえた後に、視線をメニューの描かれた板へ向けて指をさした。
「シルヴァは何にする?」
えへへ、と気まずそうに笑うシアンを見て、シルヴァはさらに心苦しさで押しつぶされそうになる。彼女は彼女で、シルヴァの発言にちょろく調子を崩されており、まるでひと欠片も傷ついていないのだが、そんなことをシルヴァは知る由もない。
シルヴァは肩を落としながら、軽く品目を横目で見据える。それからすぐに応えた。
「どんより……うどんより」
「……何言ってるの? うどんでいいの?」
「温玉うどん……」
ぼそぼそと元気なくぼやくシルヴァに、今度はシアンが怪訝そうな目で彼を見つめる。シルヴァはそんな彼女の視線を受けて、流石に気を持ちなおそうと、まずは姿勢を正した。それからシアンと面向かうと、瞳を閉じて息を吐くと、また瞳を開ける。
そして軽い微笑みを浮かべながら、シアンに聞いた。
「シアンは何にするの?」
「私? 私ね、唐揚げ! 唐揚げ定食かなー!」
質問を受けたシアンはすごく楽しそうに、にこーっと笑って答える。そんなシアンがシルヴァにはとても眩しく見えた。
獣人であるシアンを取り囲む差別。それを前にしても、シアンは笑っている。そんな彼女の気丈さは、シルヴァにはないものだ。
だから、なのだろうか。自分が周りから謂れもない風評で貶される。その状況の中で、確かに笑える彼女の姿は、シルヴァにはとても痛々しく思えてならなかった。
「そう……。店員さーん!」
シルヴァは小さく笑って、カウンターの方へ手を上げる。
シルヴァの声に連れられて、さっきの女性店員が二人の席の近くまで歩いてきた。
「はい。ご注文がお決まりでしょうか?」
「唐揚げ定食と温玉うどんで」
「温玉うどんの麺には『硬め』と『普通』がありますが……」
「うーん。『硬め』でお願いします」
「かしこまりました。こちらおしぼりです。それではしばしお待ちくださいませ」
二人の前におしぼりを置いて、店員は言われたメニューをエプロンのポケットの中に入れていた伝票に書き込んだ。そして一礼すると、その伝票を持ってカウンターの方へ消えていく。
「シルヴァは麺は『硬め』が好きなの?」
「一応。そこまで拘りがあるわけじゃないけどね」
「ふーん。私もね、『硬め』が好きだよ!」
えへへ、と愉快そうに笑うシアン。それを見てやはり責を感じ、両手で顔を覆いかぶすシルヴァ。
健気だ。
そう思いつつ、自らの浅はかさに心の中でのたうち回るシルヴァであった。
そんな彼も、はたから見れば両手を顔につけて、そのまま固まっているようにしか見えないわけで、それを見ているシアンは心配そうな顔でシルヴァに尋ねる。
「えーっと……大丈夫?」
「……ごめん。ちょっと外す」
大きな瞳を僅かに細めて首を傾げるシアンを前に、意識を現実へと回帰させたシルヴァは頭を下げて立ち上がった。それからよろよろと歩き出し、畳のゾーンから出て、一段下にある自分の靴を履く。そしてそのまま店のお手洗いへと向かったのだった。
「……?」
シルヴァの考えているほどそこまで落ち込んでいるわけでもなく、それどころかシルヴァのひょんな一言によって、かなり上機嫌になっていたシアン。
彼女はシルヴァの不可解な行動に、ただただ疑問符を浮かべていたのだった。