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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第ニ章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
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46 願い星

「――なあ兄貴」


 それは、硝煙の臭いが鼻につくような、いつもの夜だった。

 けれど、その日に限っては気持ちが悪いぐらいに夜空は澄んでいて、黒い海に浮かび孤高に瞬く星々がくっきりと見えるぐらいだった。硝煙のおまけの如く付いて来る生暖かい空気も、やはり今日に限ってはどうしてだか冷たい。澄んだ夜だった。


「綺麗な夜だね。明日はいいことあるかな?」


 薄汚れた鎧を抱いて、木の根元に寄り掛かっていたハーヴィンは、久しぶりの寒さに縮み込んだ。そんなハーヴィンを彼の兄であるガストニーは鼻で笑うと、座り込んでいる(ハーヴィン)とは異なり、立ったままの状態で空を見上げた。ハーヴィンも座り込みながらも、(ガストニー)(なら)って夜空を見上げる。


「それは明日、今日よりも多くを殺せるかも、って願掛けか?」


 ガストニーの言葉の意味は、根元に腰掛けたハーヴィンのすぐそばに置かれている、血を被った剣が物語っているだろう。


 ハーヴィンの出身地である『ルトブルク帝国』は内外関係なく、いつの時も戦争を起こしていた。そもそものお国柄が軍事的であることが作用し、戦争があればあるほど国は儲かるのだ。その分ヒトはいなくなるのに、どうしてだか財力は高まっていく。それはヒトの値段よりも武器や破壊技術の方が高値であるという現実の証明でもあった。


 ハーヴィンは兄の言葉を聞いて、うすら寒くなってしまい、思わず近くに置いた剣を少し自分から離す。そしてもう一度夜空を見上げて言った。


「違うにきまってるだろ。ほら、今日は血みどろな生暖かさがなくて、肌にひんやりと感じる綺麗な冷たさの夜だ。星もよく見えるし……。なんか、特別みたいでさ」


「そう……だな」


 ガストニーはハーヴィンの言葉を今度は笑わなかった。

 とても静かな夜だ。こんな世界がいつまでも続けばいいのに、とハーヴィンは思った。さらに、ガストニーも夜空を見上げて同じことを思っているんだろうな、と視界の端で彼を見ながらハーヴィオンは考える。


 来る日も来る日も、迫る来る敵を殺す日々。

 もう統制も何もあったものではなかった。切ってくる奴は全て敵だ。混迷を極める戦場に、味方と呼べる者は血の繋がった兄しかいない。

 そんないい加減で無駄な戦争によって、たくさんの人が死んでいく。いつかはハーヴィンもそうなるだろうと自分ながらに考えていた。そしてその犠牲者に利益は行き届かず、全ては戦争へ直接赴かないで安全地帯から見下ろすだけの権力者へ還元されるのだ。ハーヴィンたちのような一国民は、彼らにとって駒でしかない。駒を壊し利益を生むだけの道具にすぎないのだから。


「なぁ、知ってるか」


 不意にガストニーがハーヴィンに聞いてきた。


「この夜空に浮かぶ無数の星のどれかが、たまにこの星に降ってきて、綺麗な輝きをもたらしながら焼失するらしい。それを『流れ星』というんだと」


「へぇ」


 そっ気のないハーヴィンの返事に、ガストニーは思わず苦笑する。そして「ここからが重要なんだ」と前置きを入れてから続けた。


「その『流れ星』が流れている間に、願い事を三回唱えると夢が叶うらしい。こんな綺麗な夜空にはぴったしな逸話だろ?」


「夢を叶える『流れ星』か。いつもの俺らには無縁な話だな。……なんだか、こんな綺麗な空の下で、そんな平和な話をするなんて、まるで夢を見てるようだ」


 ハーヴィンは夜空を見上げながら、その夢想に見惚れていた。どこまでも続く夢幻の黒い海は、自らの存在を忘れさせるような寛容さを持っている。ここに自分がいる意味と実感を忘れさせてしまうほどの大きさだ。ハーヴィンはその大きさを前に、少し感動を覚えていたのかもしれない。


「縁起でもねぇ。夢は寝て見るものさ。それが安眠か、それとも永眠か。……縁起でも、ねぇ」


 ガストニーはそう言いながら俯いて、地面に落ちていた枝をそのまま踏み潰した。

 パキリ、と心地の良い音を立てて割れる枝。そんな中でも、ハーヴィンは夜空を膝を抱いて見上げ続けていた。


 いつか兄と共に、硝煙で()せ返るような世界の奥底から這い出られる日を願いながら。












 シルヴァの問いに、ハーヴィンはちまちまと話し始めた。


「……俺の出身は、西の『ルトブルク帝国』の辺境にある村だった。近くに国境があったからか、隣の国と国内の小競り合い、その両方に巻き込まれていてな、いつも硝煙の香りと(むせ)るような息苦しさの中で、兄貴と生きてきたんだ」


 『ルトブルク帝国』。シルヴァは知っていた。あの国は軍事力に長けているが、その代償として国土はその開発により不毛の地となってしまった。故に『ルトブルク帝国』は隣国の領土を奪おうと、全方面に小競り合いを起こしているという。さらには、そのお国柄から兵器の開発や魔術による人体実験も平気で行っているらしく、国内に至っても常時乱れているようだ。

 シルヴァはあまりそういうお国の事情に詳しいわけではないが、風の噂で聞いた限りあの帝国の評判は最悪だ。絶対に行くべき場所ではないと、人は口を揃えてそう言う。


 ハーヴィンは続けた。


「まあそんな日々をさも日常として過ごしていたんだ。あんなところで、生き長らえていけるはずもない。俺と兄貴は戦闘の最中、地面の崩落に巻き込まれた。地下の空洞に落ちた俺は命からがら生き残ったんだが、兄貴はそうはいかなかったんだ」


 ふと、シルヴァの鼻に生暖かく嫌な感じの臭いが漂ってきた。ハーヴィンの話の途中であったが、その臭いが嫌で仕方がなく、思わず周囲を見回す。しかしどこにもその根源でありそうなものはなくて、シルヴァは首をひねった。

 そんなシルヴァに知ってか知らずか、それでもハーヴィンは続ける。


「……兄貴は、岩に潰されて満身創痍……いや、もう死に逝く前だった。俺と落ちた場所は数センチしか違っていなかったのに、俺だけが生き残って、兄貴だけが押しつぶされた。……俺だけ生き残るんなら、そんな結果になるなら、俺も押しつぶされたかったよ」


「――ハーヴィン、貴方は」


「良いから聞け。テメェが聞いたことだろうが」


 ハーヴィンの語った内容。それを聞いて態度を変えずにはいられなかったシルヴァは自らの行動に反省し、ハーヴィンへと目を向けた矢先のことだった。

 ハーヴィンの頬が、小さな煙を上げて黒く焦げていたのだ。シルヴァの鼻を刺激していた嫌な臭いは、この煙が発していた。


 それに気づいたシルヴァがそれについて言及しようとするも、ハーヴィンは制止する。

 その時点で、シルヴァは何となく察しがついてしまった。唐突な結果を前に、シルヴァは面を食らう。情けない表情に変わったシルヴァを見たハーヴィンはどこか愉快そうに小さく笑い、話の続きを繰り出した。


「それで、俺が目覚めたことを知った兄貴は、小さく笑ったんだ。んで、こう言った。『食え』ってな」


「……」


「そりゃ、争いのど真ん中にいたんだ。栄養のある食事なんて夢みたいなもんで、肉なんてもんは夢想さ。……だから、兄貴は俺を少しでも生き永らえさせるために、自分を切り捨てた。……違うか。合理的に有効活用したのかね」


 遠い目で語るハーヴィン。その瞳は空を弱い視線で睨んでいるかのようだった。シルヴァは茫然として彼の話を聞いていた。


 臭いは少し前よりも酷くなっている。しかしシルヴァは今度に限ってはハーヴィンから目を離さない。シルヴァは今、人一人の等身大の人生を聞いているのだ。目をそらしては、いけない。


「だから俺は、言う通りにした。そのあと、その空洞をずっとずっと歩き回って地上に出た。幸運か不運か、その空洞は地上に繋がっていただけでなく、帝国からは少し離れた国に続いてた。……俺はそれで生き残れたんだ。あの時、兄貴が少しでも俺の側に落ちてれば、二人揃って生き残れてたのにな」


 ハーヴィンの頬に起こった灰化の現象は、徐々に体中にも現れていた。シルヴァから見える範囲でも、目の下や左手のつけね、さらには耳たぶにまでも、小さな煙を放ちつつ灰となっていった。


 それでもシルヴァはそれについて言及することはなかった。ハーヴィンも語りを止めることはない。ハーヴィンもシルヴァも、この語りが何を示すのか分かっていたから、そんな無粋な真似はしなかった。


 そんな中、ハーヴィンは小さく笑う。


「――結局のところ、俺もアレンと同じだったんだよ。兄貴と魂を現世に呼び戻す。……俺には精霊術師としての才能があった。国を出た後、その道の師とも幸運にも巡り合えて、その師のもとで死ぬ気になって精霊術を習得した。そしてその過程で『神々の終焉讃歌録(リグ・ラグナロク)』を知り、魂を黄泉から戻す術を知ったんだ」


「……それは欺瞞だった。黄泉の魂を戻したところで、それは殺人傀儡の材料に使われるだけなんでしょ」


「そう、その通りさ。……だが俺は、精霊術師として自信があった。精霊術を応用すれば、戻ってきた魂を傀儡ではなく他の者に移せると。……だから俺は、死ぬ気になって魔導書を探していたんだ」


 ハーヴィンの体に起きている灰化の現象は、小さなそれらの灰が随分と広まり、ハーヴィンの体のほとんどが黒くヒビ割れてきていた。それを見つめながら、シルヴァはやり切れない表情で目をつぶる。


 『殺陣魔導傀儡オートジェノサイドマター』の仕組み。それは黄泉から魂を戻し、それを魔導書由来の傀儡に入れて、その魂を核として殺人兵器を起動させるというもの。

 シルヴァの前に現れた二人の男は、その魔導書を本来の使用用途の殺人兵器としてではなく、『蘇生術』としての可能性を見出していた。そして争い、ついにはその殺人兵器が起動してしまっている。


 人を蘇らせる行為が、人を殺す行為へと姿を変えてしまったのだ。本末転倒なその解に、シルヴァは何ともやり切れない思いでたくさんだった。ハーヴィンも何も言わず、ただ空の虚空を見つめている。


 ――そんな時だった。


「――ッ」


 シルヴァの背筋に、鳥肌がたった。シルヴァとハーヴィンはそのプレッシャーの正体を感じ、アレンの戦っている場所の空を見つめる。


「……あれは」


 その空の遥か上空に、薄っすらと赤い輪郭が施されているのが見えた。建造物だとか、そういう複雑で規律のあるものではない。もっと単純な、質量と大きさを持った、まるでこれは。


「……岩? いや、もっと大きい……。これは」


 輪郭だけだったそれは、一気に内側までも生成される。その過程において、赤い輪郭が内側をも形どった。その結果、赤い水晶のようなものが出来上がり、さらにそれはもう一段階の変化をする。


 大きな、そして上空から地面へと向けられたそれ。地上に向かって落ちていくその球体は、まさしく一言で呼べるものだった。


「――隕石」


 世界がズレた。その直後に、大きすぎる赤い水晶だったそれは、一気に岩へと変わった。その大きな岩――隕石は太陽を隠し、地上を影で隠す。


 隕石はもうそこまで近づいてきていた。あと少しで地面に落ちるだろう。シルヴァは驚愕でその場を動くことができずにいた。隕石が落ちていく鈍い音を聴覚が捕らえていて、あまりの非現実的な光景に思わず見とれていた。


「……流星、か」


 それを見ていたのはシルヴァだけではない。ハーヴィンも、それを見ていた。そして過去のとある会話を思い出していた。


 直後、地上からその隕石に向かって、赤い光線が放たれた。その禍々しいそれは、シルヴァにはすぐに見当がついた。アレンと戦っている殺陣傀儡が放ったものである、と。


 ということは、つまり殺陣傀儡はあの隕石を壊そうとしているということになる。故にあの隕石を放ったのはアレンということだ。シルヴァは少し安心し一旦気を取り直すと、再びそれを見上げる。


 殺陣傀儡のものと思われる赤い光線を受けた隕石は、それをもろともせずに落下を進める。その赤い光線は隕石に当たるや否や、その小ささ故にすぐに霧散して、隕石の周りに纏われる赤い光としてだけ停滞した。

 それを見たハーヴィンは、ほとんど全身が黒く灰になっている体に鞭打って、シルヴァへと言い放つ。


「……なぁ、知ってるか?」


「……?」


 そこまでして何か言おうとするハーヴィンに、シルヴァは不思議に思って耳を傾けた。ハーヴィンは自分の言葉にシルヴァが反応したことに対し、満足そうに笑う。


「――『流れ星』が流れている間に、願い事を三回唱えると夢が叶うらしいぜ」


「――」


 シルヴァは目を丸くした。まさかハーヴィンが残りの気力を振り絞って出した言葉が、予想とは遥かに乖離した言葉だったのだ。


 そんなシルヴァだったが、一拍おいて小さく笑った。そして言う。


「そう。それは良いことを聞いたよ」


「まあ、前に進み続けるテメェらには必要ねェかもしれないがなァ……」


 シルヴァはハーヴィンから目を離すと、黙ってアレンが繰り出した流星を見つめなおした。その視界の外で、ハーヴィンは最後に笑っていた気がした。


 赤い光を散らしながら、その隕石はついに地上へと舞い降りた。その衝撃は計り知れず、世界を揺らす振動に、目も開けていられないほどの風圧、さらに他の音すべてを遮断する轟音。シルヴァは両手で両耳を塞ぎながらも、何とか目の前を向いていた。


 シルヴァの頭上も隕石によって覆われている。着弾点がアレンの戦っている場所であるだけで、そのまま時間が過ぎればシルヴァのいる地面にも隕石が着弾するだろう。


 しかしそうはならなかった。隕石が一点に着弾したすぐ後に、隕石に変化が現れる。

 一瞬、世界がズレた錯覚がしたのだ。その直後、頭上にまで広がっていた隕石は赤い水晶のようなものへと変わっていた。さらにそこから瞬き一つの後、今後は赤い輪郭だけのものに変わっていて、太陽の光がいつも通り地面に降り注ぎだした。シルヴァは思わず太陽光を腕で遮る。


 そして体を外から押していたプレッシャーも消えた。そのプレッシャーというのは、例の魔導傀儡から放たれていた異様なる威圧感であり、それが消えたということは。


「……僕らの、勝ちだ」


 シルヴァはふと、ハーヴィンのいた場所をちらりと見る。


 しかしその場所には、緑の小さな芝生と、そこに紛れているたくさんのさらさらした灰が残っているだけで、ハーヴィンの姿はどこにもなかった。


 シルヴァはその残された灰の前まで歩み寄ると、目をつぶり、命を込めて一礼をする。


「シルヴァ!」


 目を開けたところで、アレンのいる方とは逆側から声がした。そちらへ視線を向けると、もう見慣れた姿が自分に駆け寄ってきていた。


 シルヴァはその声と姿に触れた途端に、自分の中の安堵間がいきなり溢れ出てきて、膝から崩れ落ちそうになった。幸運なことに、シルヴァはその寸前で立ちなおし、なんとか崩れ落ちずに済んだ。


「……終わったみたいだね」


 駆け寄ってくるシアンを見てシルヴァは微笑むと、再び空を見上げた。


 その空は、隕石の醸し出した赤よりも輝かしい、燃え上がるような紅い夕焼けに染まっていたのだった。

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