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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第ニ章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
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45 支配の箱

 シルヴァは息切れを伴いながらも立ち、青い炎とほとんど同化した状態のハーヴィンを見上げた。その視線がハーヴィンのシルヴァを見下ろしている視線と交差し、彼はたまらずシルヴァへ怒鳴る。


「テメェの能力は俺に効かねェ! その時点で勝ち筋が薄いってのに、どうして戦う!?」


 それを聞いたシルヴァは小さく笑うと、さっきハーヴィンに向かって投げた剣を『支配』の力で手元に戻し、再び構えた。そして自らを見下ろしてくるハーヴィンへ、シルヴァははっきりと告げる。


「貴方が僕を分かってないってだけさ。僕は勝つよ」


 シルヴァは構えたばかりの剣を再びハーヴィンへと投擲した。ハーヴィンは面白くもない、ただただつまらないものを見る目でそれを見つめると、手をかざし青い炎を放って投げられた剣を吹き飛ばす。


「そうか。じゃ、死ね」


 小さな声でぼやくように言ったハーヴィンはシルヴァの視界から姿を消した。蜃気楼か、それとも他の技術なのか。何となくそんなことを考えていたシルヴァだったが、自分でその思考を笑い飛ばした。


 今、シルヴァには妙な感覚が取り付いていた。この感じは少し覚えがある。視界が妙にクリアになって、世界の音がよりしっとりと聞こえてくるこの感覚。ゴルドと戦い、『支配』の力の成長を実感したあの時に、よく似ていた。


 ハーヴィンによって吹き飛ばされた剣を『支配』の力で再び手の中に戻す。それからシルヴァは誰にも届かないような小さな声でぼやいた。


「今の僕じゃ、貴方は倒せない。だから僕は、一秒後の僕に十秒後の未来を託す」


 ハーヴィンを未だ視界に捉えることはできない。けれど、シルヴァは理解していた。ハーヴィンの過去の戦闘の傾向より、ハーヴィンは不可視な攻撃を持ち合わせていない。亜種として蜃気楼で身を隠す技術は持っているが、蜃気楼の性質上、実際に攻撃をする際には姿を見せる必要がある。

 『その時』だ。ハーヴィンがシルヴァを殺すために、目に見える攻撃を振るった時。攻撃が入り、ハーヴィンが本能で勝利を確信した時が、一番の『狙い目』だ。


 シルヴァは心を落ち着かせ、神経を『支配』の能力に集中させた。自分にはできると、そう本能が囁く。高揚感と自らを包む手ごたえに、全ての感覚を注いだ。


 世界は全て空間的に繋がっている。ハーヴィンは空間的な跳躍をして攻めてくるような神話級の相手ではない。



 理解しろ。そして取り入れろ。『支配』を体の一部として考えろ。



 今シルヴァに必要なのは未知に対する恐怖の克服だ。

 シルヴァはゴルドの時みたいに能力の成長を感じていた。しかしそれは感覚的なものであり、文字のように明確なものに変換することはできない。故に、シルヴァにとって自分自身の成長すらも未知そのものであった。加えて、今回の場合はゴルドの時よりも不明瞭だ。暗闇の中で明かりも持たずポツリと一人残されたような感覚だった。


 それでも一秒後はすぐにやってくる。シルヴァが目を閉じて、能力を始動した。


「――」


 熱気が、右耳を焼く。

 青き炎を宿した薙刀が、右からシルヴァへと迫った。その周りに漂っている空間すら歪むほどの熱量に、まるで右耳が焼かれたように感じたのだ。


 蜃気楼によるねじれ空間の狭間から出た、シルヴァの死角を突いたハーヴィンの薙刀による攻撃は、一秒後にはシルヴァへ当たる軌道を辿っていた。それを確信してのハーヴィンの攻撃である。


 ――しかしその刃は、ついにシルヴァの首元へ届くことはなかった。


「――っ」


 動けない。ハーヴィンの薙刀の持つ手はまるで虚空に釘で固定されたかのように、ピクリとも動かすことができなかった。

 そしてそれはシルヴァを突き刺そうとした腕だけではない。体全体が全く動かせなかった。空間の全てが停止していた。


 炎を発生させることはともかく、瞬きすらできない静止を強制する空間――そこにハーヴィンは捕らわれている。彼がそれを理解したところで、全てが遅かった。


「簡単なクイズだ」


 シルヴァの瞳が、薙刀を突く寸前で静止したハーヴィンへふらりと向く。髪をたなびかせ、シルヴァは体の向きをハーヴィンへ揃えた。


「『触ったら火傷してしまう程の熱い物をどうやって運ぶか』。そんな質問をされたら、貴方はどう答える?」


 シルヴァはハーヴィンの顔を覗くかのようにして、彼の周りをゆっくりと歩いていく。


「答えはたくさんある。でも僕は『熱いものを箱に入れて運ぶ』と答えるだろうね。そうすれば、直接触れずとも運べる」


 ゆっくりと足音を響かせながら、シルヴァはそのまま動けないハーヴィンの背後へと回る。ハーヴィンは俄然動けず、シルヴァの姿を瞳で追うことすらできていない。


「僕の『支配』は貴方に通らない。だから、僕は貴方を箱に仕舞った。――貴方の周囲の空間を僕の能力で『支配』し、その中にあるもの全てを停止させたんだ。貴方の周りにある極極小さな(チリ)を含め、一寸たりと動くことの許されない、絶対支配の空間。貴方の体はそこに仕舞われたんだ。見えない壁に体が包まれている感覚だろう? このままだと、いつか息もできなくなるだろうね。貴方のいる空間は、僕の支配する箱の中だ」


 そう言うと、シルヴァは瞳を閉じた。そして次の瞬間に閉じた瞳を一気に見開くと、シルヴァはハーヴィンを閉じ込めた『支配の箱』を一気に押しつぶす。


 ハーヴィンの四方を停滞する目に見えないほど塵。それらを支配し停止させ、ハーヴィンを不動にさせた。停止させられるということはつまり、それをまた能動的に動かすことだって可能であるということ。

 だからシルヴァは静止させていた塵を、ハーヴィンへ押し込むかのように動かした。まるで箱を外から握りつぶし、外圧を加えるかのように。


 鈍い音が響く。それを聞いたシルヴァはゆっくりと能力を解除していき、全てを終えた後にはハーヴィンの体は力なくその場に倒れた。

 ピクピクと力いっぱい動かすも、少ししか動けないハーヴィンの前に、シルヴァは立ちはだかる。


「……貴方はもう動けない。だから貴方の野望も、ここで終わり。――僕の勝ちだよ」


「……」


 シルヴァはそのままハーヴィンの近くに腰を下ろした。それをさっきまでの怒りはどこへやら、負の感情を見いだせない瞳で追うハーヴィン。


 シルヴァの周りからは、さっきまで集中してたあまり聞こえなかった爆音が響いて聞こえてくる。アレンと傀儡が戦闘している音だろう。シルヴァたちの戦闘とはまるで違う規模の、いわば小さな戦争が行われているのだ。


「……俺は、負けたのか。あっけねぇな……まったくよォ」


 ハーヴィンは弱弱しく言葉を吐いた。シルヴァはそれを言うハーヴィンを視界の隅でちらりと見る。


 体中の骨を圧力で押しつぶしたとはいえ、全てを砕いたわけではない。シルヴァにはハーヴィンを殺す意図はなかった。ここでハーヴィンを殺してしまえば、シルヴァは自分を殺しに来たハーヴィンと同じ立場になってしまう気がして、何となく嫌だったのだ。


「……ひとつ、聞いても?」


「ンだよ。俺は、今すげぇ機嫌が悪いのによ……。テメェ、アレンの援護に行かなくてもいいのか……?」


「僕が行っても足手まといなだけだよ」


 シルヴァはハーヴィンと視線を交わすことなく、彼へ問いかけた。ハーヴィンも言っている割ほど機嫌が悪いとは思えないほど、弱弱しく声色でそれに答える。


 シルヴァの視界の先には赤い光がまた昇っていた。そしていくらか聞いたことのない破裂音が時々耳を(つんざ)いていく。アレンの戦いはまだ終わってない。

 だが、まだ戦いは続いているからといって、そこへシルヴァが入れるほど闘いの程度は小さくはない。アレンと『殺陣魔導傀儡オートジェノサイドマター』の闘いに、シルヴァでは力不足が過ぎるだろう。あの傀儡と面向かっただけで、シルヴァは勝てないと実感してしまったほどなのだ。あんなものと正面切って戦えるのは、この場においてアレンしかいない。


 その推測通り、まだアレンは傀儡と戦いを続けていられている。闘いが続いているということは、まだどちらとも生きているということだ。詳しい状況は分からないが、少なくてもアレンは戦える状況にあるということ。


 シルヴァはその事実に気づいていたし、何よりアレンを高く信頼していた。だからこそ、安心してその戦いを遠くから見ていられるのだ。

 シルヴァはアレンの戦闘を遠巻きに、しかしそれでも少し心配しながらも見つめ、ハーヴィンへ問う。


「ハーヴィン、なんで貴方はあの魔導書に手を出した……?」


 ハーヴィンの魔導書への大きすぎる執着。前方に魔力を解放したアレン、後方にアレンの封印を解いた『殺陣魔導傀儡オートジェノサイドマター』が存在するという状況でも、彼は諦めなかった。そこには欲という感情だけでは説明しきれない何かがあると、シルヴァは思っていた。


 シルヴァの言葉にハーヴィンは小さく笑う。さっきまでの、他を威圧するような笑いとは違う。ハーヴィンはポツリとぼやくように切り出したのだった。


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