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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第ニ章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
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42 滑稽な助言

 ハーヴィンを突き刺したシルヴァの剣は、彼に纏う僅かな炎によってどんどん熱を帯びていく。

 シルヴァに後ろから刃を突き刺されたハーヴィンは、じろりと自らの背後にいるシルヴァを睨みつけていたが、あろうことか少しシルヴァを睨んだ後に吹き出した。


「……ふっ」


「何がおかしい……?」


 ハーヴィンのその不可解な態度に、シルヴァは背筋を少し涼しくなるような、情緒が不安定になってしまうほどの奇妙さをかみしめる。シルヴァの持つ剣は確かにハーヴィンを突き刺しているのに、ハーヴィンは吐血さえしたものの、まるで堪えている様子はない。


 それを下から見上げていたシアン。ふと、彼女の獣耳がピクリが動いたと思うと、シルヴァに向かって大声で叫んだ。


「――シルヴァ! 後ろに!」


 シルヴァはその声にハッとして、弾かれるように背後へ向いた。しかしそこには何もない。


 が、その刹那。シルヴァの持っていた剣が一気に軽くなる。シルヴァはすぐに前を向きなおすと、ハーヴィンの体が青い炎になって、最後には消えていくのを見た。青い炎は最終的に小さな青い火花となって、淡く虚空に溶けていく。


 ここでシルヴァは背後に再び向いた。そこには依然、何もないはずの虚空が広がっている。

 いや、どこか歪んでいる。これは、まるで――。


「――ッ!」


 その歪みから人間の腕が出てきて、シルヴァに襲い掛かってきた。シルヴァはなんとかそれを剣で防ぐ。

 そしてその歪みは消え去っていく。徐々に歪みがなくなり現れたのは、ハーヴィンの姿だった。


「蜃気楼……!」


 シルヴァは剣でハーヴィンの腕を押し切り、彼を押し出す。そうするとハーヴィンは再び自らを青い炎に還元すると、大気に舞う火花だけをその場に残し、空間の歪みへ消えていった。


 シルヴァはどこかで聞いたことがあった。大気中で常温またはそれ以下の温度に炎のような高音が混ざり込むと、蜃気楼という、光が屈折し、ゆらゆらと風景が揺れているように見える現象がまれに発生すると。


 さっきからシルヴァが目視している歪み。それは恐らくその蜃気楼だ。温度の差により光が通常とは異なるかたちで屈折しているのだ。

 ハーヴィンは自らの炎を使い、意図的にそれを起こしている。そして彼はその屈折により、自分の姿がシルヴァから見えない位置へ隠れて移動しているのだろう。


 つまり、彼の姿は疑似的に透明になっているということだ。


「右下から!」


 シアンの叫びが再びシルヴァの耳に入った。


 そういえば、さっきもシアンの言葉がきっかけで何とかハーヴィンの奇襲を防げたのだ。彼女に従って背後に注意を向けていたからこそ、シルヴァは無傷で済んでいる。これが示すこととはつまり。


 シルヴァは『支配』の力で身に着けているものを動かし、彼女の言われた通りの方向に注意を払いながら、反撃できる位置に移動する。シルヴァが空を飛んでいる仕組みというのは、蓋を開けてみれば簡単な原理で、自分の身に着けているものを浮かしているだけだ。それを物理的に着ているシルヴァは、服に吊るされているかのように足場のない空を移動している。


 そういうことで本当に浮いているのはシルヴァの来ている衣服なのだが、傍から見ればシルヴァが何の道具もなくただ飛んでいるように見える、という仕組みだ。


 シアンの言った通りの位置を凝視していると、空間が歪むのを察知した。

 シルヴァはその歪みに向かって素早く突っ込み、剣を振るう。


「――っ!」


 シルヴァは歪んだ空間へと剣を振り下ろした。その瞬間に空間のねじれに隠れていたハーヴィンが姿を現し、なんとかシルヴァの振り下ろした剣を白刃取る。


「シルヴァ! ダメ!」


 シアンの警鐘が耳を(つんざ)いた。それに少し驚いてピクリと体を震わせるシルヴァであったが、途端に自らの持つ剣から手ごたえが消える。


 剣を受け止めていたはずのハーヴィンの腕が、青い炎と化していたのだ。そのまま彼の腕だったものは剣をぬるりとすり抜けると、俺の首の前にまで到達し、


「ぐっ……!」


 そこで手の部分のみが元に戻り、シルヴァの首を締め付けた。


「やってくれたな……」


 ハーヴィンはそう言うと、首を絞めている手を発火させ、シルヴァの体に着火する。首からじょじょに燃え広がる炎は、チクチクと肌から神経へ痛みを与えていった。


 シルヴァは少し油断していた。ハーヴィンが見えなくなる現象は蜃気楼であったことを即座に見破ることができたからだ。

 しかし、彼が炎となって消える瞬間に、剣から『彼を刺している』という感覚が消えたことについては蜃気楼では説明できない。蜃気楼はあくまで見えなくなるだけで、刺さった剣をいとも簡単に感覚もなく、まるですり抜けたように抜くことはできるはずもない。


「――ッ!」


 ハーヴィンは今の優位な状況においても、シルヴァと接触し続けることは危険であると判断したのだろう。

 ハーヴィンは彼を燃やし尽くす前に、彼を力いっぱい地面へぶん投げた。首を絞められ体中が燃え盛る中、意識が朦朧としていたシルヴァは抵抗もできず、地面へと落下し激突する。その衝撃で爆音と共に、大きな砂埃が舞った。


「シルヴァ!」


 シアンが叫んだ。


 そしてハーヴィンは自らもシルヴァを落とした場所へ急降下し、砂埃の中へ入っていた。数秒後、その砂埃が青い炎の圧により一気に霧散する。


「……っ!」


 霧散した土煙。それが晴れた場所にいたのはハーヴィンと、彼に首を掴まれて持ち上げられているシルヴァの姿だった。シルヴァは満身創痍な状態で、指先がピクピクと痙攣している。


「アレン……見ておけよ? テメェの味方をしたせいで、今からコイツは死ぬんだ。お前の姉みてぇにな」


 そしてニヤリと笑みを浮かべるハーヴィン。それを見たシアンは反射的に彼と駆け出す。


 それを当然ながら感知していたハーヴィンは彼女の愚行にまた違う嘲笑を浮かべると、シルヴァを持ち上げている腕とは別の腕を構えた。それからシアンに向かって振りかざす。


「――ぐぁっ!」


 そのかざされた腕からシアンに向かって、とてつもない熱波が放たれた。それはシアンを吹き飛ばし、さらに体のいたるところを焦がす。

 そしてハーヴィンは、吹っ飛んだシアンへと大きな声で言い放った。


「テメェは次だ! 今は黙ってろ!」


「……何を!」


 そう言われたシアンだが、負けじと何とか立ち上がり、ハーヴィンを睨みつけた。そして今にも駆け出そうと、体を傾ける。その時だった。


「止めろ!」


 アレンの叫び声に、シアンは思わず行動を止めた。シアンは唐突に話しかけてきた彼をじとりと見つめた。立ち上がったアレンはそんなシアンの瞳を真っすぐ見つめながら言い切る。


「君がここで怒りに任せて突っ込んではいけない。今は待つときだ」


「……」


 アレンの突然な制止に神妙な顔をしながら、シアンは彼と顔を見合わせる。そしてアレンの表情で何かを悟ったのか、シアンはなんとかうなずいて、ハーヴィンと距離をとった。それを見たハーヴィンはさらに笑った。


「……ふっ。アハハハハ! 何を今更! テメェが今更そんな年長気どりをしたところで、何様のつもりなんだって話だぜ! 説得力のカケラもねぇ! こりゃ傑作だっ!」


「ハーヴィン」


「ん?」


 面白おかしくアレンを挑発するように大笑いをかますハーヴィンに、アレンは無表情に呼びかけた。

 その不気味なまでに冷静で、しかもさっきまでとは何かが違う彼の表情を見て、ハーヴィンの顔から笑いが消える。残ったのはアレンを警戒する鋭い瞳だ。


「俺は姉を見殺しにした男で、そして今もなお、無理やりに彼女の魂を現世に縛り付けている、外道だ。……そんな俺の言葉は、お前の言う通り滑稽なのかもしれない」


 鋭く自分を見定めるかのような目線のハーヴィンに対し、アレンは冷静沈着な態度を崩さず、言う。そして一旦瞳を閉じた。

 それから一拍おくと、アレンは目を見開いてハーヴィンへと腕を向け、叫んだ。


「だがこれだけは言ってやる! お前なんぞに、シルヴァを殺させるわけにはいかない!」


 刹那、ハーヴィンの後ろから轟音と共に、赤黒い光の柱が沸き立つ。


 ハーヴィンはその轟音と、そこから強大で粘着性のあり、これほどまでにかつてないほどの暴力性を孕んだ魔力の出現に、思わず振り返る。すぐさまシルヴァを放り投げて、その魔力に対して冷や汗を流しながら構えた。


 そんなハーヴィンに、アレンは一歩踏み出した。そして、暖かみの一切も感じられないような瞳で、アレンはハーヴィンへぼやくように言ったのだった。


「――『殺陣魔導傀儡オートジェノサイドマター』の縛りを今、解いた」


 この箱庭に神が遺した厄災が、起動する――。

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