3 その少女はワケありでした
例の看守は囚人たちの猛攻により、なす術なく地に伏せられていた。シルヴァ的に、その看守に対して言いたいことはたくさんあったが、それよりも気にすることがあるだろう。
シルヴァは倒れている傷だらけの少女に声をかけようとした。しかしどのような言葉をかければいいのか。
慰め? 同情?
何にせよ、焼け石に水な気がして、とてもやるせない。
結局、シルヴァは彼女を複雑な思いで見つめることしかできずにいた。そんな中、後ろの囚人が声をかけてくる。
「よくやったな、新入り! お前のおかげで先制できたぜ」
「……はあ」
その言葉に対するシルヴァの反応は薄い。そもそも、今話しかけてきた奴を含め、シルヴァと行動をしているこいつらは犯罪者なのだ。
そんな奴らに気を許すことも、積極的にコミュニケーションをとることもできない。
「とりあえず難関突破、っつーとこだな」
タコ殴りにされ、顔面が崩壊しかけている看守を縄で縛り上げた囚人たちは、ふうと息をこぼした。
そんな彼らをちらりと横目で見る。その時、視界にあの看守の姿が目に入ってしまい、気分が悪くなった。
腹いせに落ちていた蝋燭を衝動的に踏み潰す。
とりあえず、この少女をこのままにしておけない。シルヴァは自身の囚人服の上を脱いだ。
「……」
黙って、その脱いだ上着を少女に被せる。
少女の、泣いて赤くなった青い瞳が、恐る恐るシルヴァへ向けられた。
「――大丈夫ですよ」
不意に飛び出た言葉。シルヴァは優しく諭す。
少女はその言葉に安心したのか、うわ言のように述べていた謝罪をやめて、貰った上着をぎゅっと掴んで体を丸くした。
シルヴァは少し安心して、立ち上がる。後ろから歩いてきた囚人の一人が、シルヴァの耳元で静かに言った。
「……そいつ、どうするんだ? 連れていくのか?」
シルヴァは少女を見つめたまま返答する。
「そうするしかないでしょう……。こんな状態で、こんな場所に置いておくわけにはいかないですよ」
「だがなあ……」
シルヴァに話しかけてきた、無精ひげを生やした男は困ったように頬をかいた。
そして、少女に悟られないようにシルヴァの背中を小突く。
疑問に思って、シルヴァがその無精ひげの男の方を見ると、男は両手で自分の頭の上を指していた。
最初はよく分からず、自らの頭の同じ位置を撫でてみたりしたシルヴァ。だがその真意に気づき、ハッとして少女を再び見た。
「……」
うずくまり、静かに泣いている少女。その頭を。
――猫の耳。つまり、獣耳がついている。
「ありゃクォーターだな。耳はあるが尻尾はねぇ。……半獣人を匿うなんざ、ちと骨が折れるぞ……?」
「……」
無精ひげの言葉を聞きながら、シルヴァはそっと目を細めた。
半獣人とは、人間と獣人との間にできた子供のことだ。簡単にいうと、四分の一だけ獣人の人間である。
世間の一般的な見解からすると、人間と獣人との関係はあまり良いとは言えない。種族間は過去に色んなイザコザがあった。お互いに壊し合い、殺し殺された間柄でもある。今こそ目立った争いはないが、火種は未だくすぶっている。
そんな中で、人間と獣人との間に生まれた半獣人が差別の対象となることは、明らかだった。
不幸なことに、半獣人は人間と獣人、その両種族から差別され、このように理不尽に迫害されることが多々ある。彼女も、例にもれずそういう扱いを受けていたのだろう。
「おい、もうそろそろ行くぞ! いつ新しい見張りが来るか分からねぇ……!」
シルヴァと無精ひげの男へ、他の囚人が声をかけた。無精ひげはそれに答え、シルヴァよりも一足先に後ろに振り返る。
背中合わせになったシルヴァと無精ひげ。その瞬間にシルヴァは言った。
「連れていきますよ。僕は、貴方たちとは違う」
「ははぁ……。そうかい」
満足そうに小さく笑って、無精ひげはそのまま囚人たちの方へ歩いて行った。
シルヴァは少女のそばでしゃがむと、優しく抱きかかえた。
「行くよ。いつあいつらが戻ってくるか分からない」
「……はい」
ぐすり、と嗚咽を漏らしながらも少女はうなずく。少女はシルヴァの肩を借りて、一緒に立ち上がった。
「名前は?」
「……シアン」
少女――シアンは濡れた瞳で、シルヴァの問いに答える。視界の隅に映った、彼女も痩せ細った足が妙に生々しい。
彼女の"これまで"は、考えるだけでも憂鬱だ。
シルヴァは彼女に肩を貸しながら、囚人たちの後を追おうとしたとき、不意に詰所の隅に置かれた衣服を見つけた。
それは、シルヴァが囚人服を着させられる前に着ていた、シルヴァの普段着だった。
シルヴァは今日突然に投獄されたので、持ち物を保管場所に移動させる手続きなどが終わっていなかったのであろう。故に、その手続きが完了するまでは、シルヴァの持ち物は詰所に一時的に置いておかれていたようだ。
まあ何にせよ、運が良かった。シアンに被せておく服も、囚人服では流石にかわいそうだ。
シルヴァは自分たちを待っている囚人たちに、一声かける。
「すみません! 先に行っててください! 後から追いつくんで」
「先にって言ったって……なあ」
「いいじゃねえか。早く行こうぜ」
シルヴァの言葉に渋る囚人たちであったが、無精ひげの男がシルヴァの意見に賛同し、投獄を急かしてくれた。
囚人たちも、本心では一刻も早く脱獄したいはずだ。無精ひげの言うことに倣い、シルヴァ達を置いて先へと進んでいった。
「シアン、ちょっとここで待ってて」
シルヴァはシアンをゆっくりと床に下ろし、自分の衣服やら持ち物やらが置いてある台へ走り寄る。
適当に手でそれらを漁り確認するが、投獄されるまでに身に着けていたものは、全てそろっていた。とりあえず安心して、ズボンと上着を掴む。
「シアン、これ」
その二着を持ってシアンの方へ行き、彼女に渡した。
シアンは首を傾げながら、それを受け取る。
「君の服だよ。さすがにその恰好じゃ、その、色々と困る。主に僕が……」
と、シルヴァは言葉を詰まらせながら、無意識にシアンの体を見つめてしまっていた。
不格好に切られた茶色寄りの黒髪に、透き通る青い瞳。やせ細ってはいるものの、明らかに平均以上のスタイルの体。
彼女が半獣人ではなく、純粋な人間か獣人であったのならば、その種族のアイドルとなっていた可能性が高いほどの容姿を、シアンはしていた。まさに美少女な姿で、ビリビリに破けた布切れを着せておくというのは、色々な意味で危ない。
などと、彼女の扱いを前にして、下心に走る気持ち悪い自分がいることに気づき、両手で頬を叩き邪念を払うシルヴァ。その行動に、さらにシアンは首を傾げた。
ああ、恥ずかしい。
シルヴァは若干赤面しながら仕切りなおす。
「とりあえず、ズボンを穿いて上着を着てね。僕は後ろ向いてるから」
「……ありがとう」
儚げにほほ笑むシアンを見て、シルヴァは後ろを向いた。そしてそのまま、さっきのシルヴァの所持品が置かれていた台へ向かう。
シルヴァはその台から、必要になりそうなものを選別していく。ああそう、まずは上半身に服を着ないといけない。自分の上半身の囚人服はシアンに被せていたので、シルヴァは今上半身裸なのだ。
上半身に服を着たシルヴァは、自分の所持品を物色する。が、もうそこには財布とペンダントしか残っておらず、物色も何もない。
ペンダントを首にかけ、財布を服の内側に仕舞う。それだけで終了だ。結局、台に置かれていた自分の品を全部持っていくことになった。置いていくものがあるほど、荷物はない。
と、いきなり後ろから誰かに抱き付かれる。シルヴァはちょっとびっくりして、後ろを見ると、それはまあ予想通りシアンだった。
「着替えました、よ?」
着替えた、と言っても、ズボンを穿いて、さっきシルヴァがあげた囚人服の上に上着を着ただけだ。だがしかし、それでもかなりまともな服になった。
それはそうと、後ろから抱き着かれているので、シルヴァの背中にはシアンの体温がダイレクトに伝わってくる。
言わずもがな、シルヴァにこのような経験はない。表情は崩さずとも、内情ではかなりドキマギしていた。
「さ、さあ、行こうか」
それを悟られないように、優しく彼女を振り払い、先へ足を進める。振り払われたシアンが少し悲しそうな顔を覗かせた。
シアンの情緒も中々落ち着いてきたようで、シルヴァが支えずとも一人で移動できるようになったようだった。二人ですぐさま囚人の後を追う。
「待って……!」
不意にシアンの声が聞こえた。シルヴァは立ち止まり、後ろを向くとシランも止まる。
シアンは頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに服の恥を掴んでいた。そして思い切ったように、口を開く。
「……手、握っててほしい、です」
「……はい」
シルヴァはそろりと彼女の差し出した手を握った。やわくも暖かさを持ったそれに、生気を感じて少し安堵する。
あんな扱いを受けていたら、体が衰弱していてもおかしくはない。シアンは間違いなく生きていた。当然のことだけれども、暴行を受けた直後の彼女を見たあとだと、なんだか不安だった。
「……行こうか」
「……うん」
それを合図に、再び二人は先に出て行った囚人たちを追う。
シアンも歩行に慣れてきたようで、二人のペースは徐々に上がっていった。廊下を走り、短い階段を登る。
確かこの先に出口が……!
階段を登り切り、刑務所の入り口付近の大広間が見えてきた。
同時に、何やら物騒な物音や叫び声がシルヴァの耳に入ってきた。
不安に思ったシルヴァは、後ろからついてきているシアンに待ったをかける。
それから、大広間にいる誰かに気づかれないよう、壁に隠れてその先を顔をちょっと出してのぞき込んだ。その先には出口があって、大きな窓から外の世界が見えた。
「――っ!」
そしてシルヴァは、覗き見た光景を見て、思わず噛み締めた。
一人の囚人が、重装の兵士に槍で心臓を貫かれた。刺された囚人は出血を伴いながら倒れる。
「……!」
その入り口の前では、囚人たちと一人の重装な鎧を纏った兵士とによる、戦闘が勃発していたのだった。
そして何より記述するべき点は、一対多数なのにも関わらず、数で勝る囚人たちが明らかに劣勢であったことであろう。
「脱獄者め……! ここは私が通さぬ……!!」
血の滴る槍を構え直し、一人で戦う兵士はそう叫んだ。