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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第ニ章 大魔道書『神々の終焉讃歌録』
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22 理解し合うということ

 シアンはカレンに連れられてリビングを出て行く際、ちらりとシルヴァの方へ視線を向けた。


 シアンの視界に移った彼はシアンと同じように、他人と目を合わせんばかりに視線を泳がせていた。


 シルヴァの思っているであろうことは、シアンも何となく理解していた。シアンはシルヴァにとって、守る対象のひとつでしかないのだ。


 カレンに手を引かれて、シアンはリビングを去る。


 シアンはシルヴァの冒険者としてのパートナーになりたかった。しかし、保護対象として見られている現状では、パートナーになんてなれるはずがない。


 町を出る時に、シルヴァが自分へ提案した案をシアンは思い出す。

 獣人と人間が共存しているという町『サンレード』へ行き、そこでシアンが暮らす算段を立てるという案だった。


 しかし、シアンはシルヴァの隣でパートナーとして共存したかった。シアンは、人間と共存するよりも、シルヴァと共存したかった。


 シルヴァに悪意があるわけではない。シアンに悪意があるわけではない。


 けれど、二人の意見は静かに断裂した。シルヴァはシアンに危ない目に合わせたくなかった。一方シアンはシルヴァと苦楽も危険も、一緒に感じたかった。


 意見の相違、その事実が、シアンの肩にも、そして恐らくシルヴァの肩にも重くのしかかっていた。


 カレンの後ろをうつむきながらついていくシアンに、リビングを出て台所についたところで、カレンは振り返った。そして、シアンの頭を撫でる。


 撫でられて、獣耳をぺたんと元気なく倒れたままにしながら、自分を撫でるカレンを見上げるシアン。

 その小動物的なか弱いシアンの視線を受けたカレンは、薄く微笑んだ。


「言わないと、本当に伝わらないことだってあるんですよ?」


「……本当に伝わらない、こと?」


 カレンの手の中にある獣耳に、少し力が入る。見上げるシアンを優しく見つめながら、カレンは続けた。


「お互いに分かっていることも、『分かっているから』と、お互いに直接伝えずにいる……。『お互いを理解していること』というのはとても不透明で、人間は思い合うだけでは不完全なんですよ。口で言葉で、しっかりと伝えなきゃ、本当に伝えないことは伝わりません」


 シアンはその言葉を聞いて、獣耳に少し元気が戻る。カレンの手の中で、弱々しくもピンと立てた。


 確かに、カレンの言う通りかもしれない。

 シアンはシルヴァを理解しているつもりだし、彼もシアンを理解しているつもりだ。しかし、そのどちらも内情を思いっきり吐き出し合ったことはない。


 二人で会って、まだ少ししか時間が経っていない。それなのに、言葉で交わすことなく、お互いで理解しているつもりになっていた。


 シルヴァは自分に危ない目にあってほしくないから、冒険者のパートナーや戦闘から、シアンを遠ざけているのだと、シアンは思っている。しかしそれは本人の口から聞いたのではない。


 彼の今までの言動や性格、ぶっきらぼうな優しさから、シアンが彼の考えていることを推測したに過ぎなかった。それが正しいなんていう保証はないんだ。自分の要領で作った物差しで、シルヴァという人物像を測っただけ。結局のところ、その人物像が正しいか否かを決めるのはシアンではなく、『シルヴァの言葉』だ。


 そしてその間違いを犯しているのは、シアンだけではない。


 シルヴァだって、シアンの考えていることを理解しているはずがないのだ。

 何故なら――、


「……伝えてなくて伝えたいこと、たくさんあるよ……。カレン、私……」


 シルヴァと離れ離れになるのは嫌。

 シルヴァの近くにいたい。


 私を助けてくれたシルヴァに。


 ――あの監獄の中で、私が暴行を受けていて、その様子を陰から見ていただけだった囚人たち。そんな中でだって、私はずっと助けを求めていた。でも誰も助けてくれる感じはなくて、諦めかけていた。


 そんな時、ただ一人駆け出して助けてくれたのが、貴方だったのだから、私は。


「伝えてないこと、たくさん……」


「ふふっ……。大丈夫ですよ、シアンさん。そもそも、シルヴァさんだって、言葉で伝えようとしないんですもん。お互い様ですよ」


 そう言って、縮こまるシアンをカレンはゆっくりと抱擁した。


 それはとても暖かくて、かつての母のぬくもりにとても似ていて、シアンは瞳に滲む涙を思わずこすりつけた。背中をゆっくりと撫でる彼女の腕が、殺人的に優しくて、足の、全体の力が抜けていく。シアンが忘れていた全ての暖かさが、今目の前にある気がして、シアンはカレンの胸に抱きしめられて、ゆっくりと瞳を閉じた。


 暖かい。


 ――私は、昔を思い出す。幼いころ、母の胸に抱かれるのがとても気持ちよくて、いつの間にか寝てしまったこともあったっけ。この感覚のすべてが、かつての、



 ――。




 ――違う。違う。


 シアンは、優しく自分を抱き込むカレンの腕を、ゆっくりと解いた。


 そんなシアンをカレンは怪しむはずもない。シアンはもう充分落ち着いたと判断したであろうカレンは、さっきとは違う太陽のような微笑みを浮かべて、シアンへ言った。


「さ、一緒にお茶でも淹れましょう? 淹れ方は分かりますか? 私が教えてあげますよ。それで、お茶を入れたら、茶菓子を持って二人でリビングに戻りましょうね」


「……うん」


 シアンはカレンの瞳を見つめて、素直にうなずく。

 それを見たカレンは嬉しそうに、台所の棚に収納されているティーセットへと目線を向け、お茶の準備を始めた。



 ――違う。カレンは、違う。


 シアンはその後姿を、じっと見つめていた。彼女の獣耳がぴくりと震える。


 母とは違う。決定的に足りないものが、カレンにはあった。

 決定的に、そしてそれは、絶対になくてはならないもの。シアンは密かに息を呑んだ。






 ――毎秒世話しなく鼓動するはずの心音が、彼女からは聞こえなかった。











 あの喋っているものは、



 本当に、生きとし生ける者?




 カレンから受け取ったはずの温度がゆっくりと芯から冷えていくのを、気持ち悪いほど明確に、シアンは感じていた。

 

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