21 戦力外の眼
とりあえず結界の付近を見回った一行は、家へ戻り始めていた。
前にシルヴァとアレン、後ろにシアンとカレン、といった序列で歩いていた。
シルヴァとアレンはいつの間にか仲良くなりつつあるらしく、シアンとカレンの前を歩きながらあーだこーだ雑談している。
そんな男性陣二人を後ろの女性陣二人はのほほんと見つめていた。
「結界のことを教えてもらっていたと思ったら、約一名が戦力外だったことが判明したぁ……」
「遠回しに責めるのやめてくれる? 俺も戦いたいよ」
「いや割と近道に責めてる……。だって『魔界』に通ってたみたいに自慢してくるからさあ、こいつは強ぇえ! って内心沸き立ってたのに」
「通ってはないよ……あんな物騒なとこ。一時期用事があって数十回行き来したぐらいさ」
「通ってたようなもんじゃん……」
自分よりも年上のアレンをおちょくるシルヴァと、自分よりも年下からのいじりを余裕のある態度でかわしていくアレン。
そんな彼らの後ろで、シアンの隣を歩くカレンはくすりと笑った。
「あんな饒舌なアレンを見るのは久しぶり……うん、久しぶり」
「そうなの?」
「うん。この場所に近い年の子が来たのは初めてですから……」
シアンが首と一緒に獣耳をかわいらしく傾けると、カレンは胸の前で手を押さえて、とても嬉しそうにしていた。
それを聞いて、ふーん、と再び眼前の二人を見つめるシアンをカレンが見る。
そして口元を綻ばせると、隣で歩くシアンの無防備な手を握った。いきなり手を握られて、シアンはぴくりと肩を震わせる。
「もちろん、私としても、貴方みたいなかわいらしい子が来てくれて、とても嬉しいですよ。妹みたいで」
「そっ、そうかなあ……? へへへ」
自分を包み込むようなカレンの微笑みに、思わずシアンは嬉しくなって握られた手をぎゅっと握り返した。
彼女は自分の半獣人という立場から、誰かに歓迎されるといったことを体験したことがあまりなかった。だから、なのかもしれない。
まるで家族のような、暖かさを持った手に握られて、さらに優しい微笑みをかけられて、シアンの中で温度を持った安堵が湧き上がってくる。
それは彼女にとって、とても懐かしい、無償の居場所だった。
一行が家に戻ると、先ほどのようにリビングへ集った。前と同じように、シルヴァとシアンが隣り合わせに、アレンとカレンで隣り合わせになって、椅子に座る。
結界の仕組みを知ったところで、襲撃に対する具体的な対策が出たわけではない。席に深く座ったアレンがゆっくりと息をついた。
「まあそういうわけで、俺は姉を連れて逃げることぐらいしかできない。対抗するのは主にシルヴァとそこの嬢ちゃんになるわけだけど……」
「わ、私は……」
「――いや」
アレンの指摘へシアンが答えようとしたところで、シルヴァがそれを遮る。カレンを含めて計三人の視線がシルヴァに集まる中、彼は言う。
「僕がやる。一人で充分だよ」
その言葉に、シアンは目を伏せた。彼女の獣耳がピタリとたたむ。それを見たカレンは目を細め、何かを言いかけるが結局は何も言うことはなかった。
シルヴァももちろん、その微妙な雰囲気を感じ取っていたが、あえて目をつぶった。
代わりに、アレンがじっとシルヴァを見つめて口を開く。
「……まあ、俺は別にそれでもいいさ。極論、無事ならそれでいい」
そう言いながら、懐の中にある魔導書に手を伸ばした。カレンはそれを黙って見つめる。
「襲撃をやり過ごせるだけでもいい。迎撃してぶち倒す必要もないんだ。相手の戦力の全容も分からないわけだし、『逃げ』も頭に入れておくべきだ」
「……そうだね」
シルヴァのその肯定を最後に、リビングは静寂に包まれた。
気まずい雰囲気が増幅していくのをシルヴァは感じる。その原因が自分にあることも、重々承知だった。
シルヴァは、シアンがシルヴァの前でやる気を出し、成果を見せようとしているのに、もちろん気づいていた。だからこそ、どこか危なげがなくて、その元気な姿を微笑ましく思いながらも内心ハラハラしていた。
それがシルヴァの手に届く範囲で行われていたうちはよかった。しかし、今回の件はわけが違う。ゴルドの一件のように、恐らく相手はこちらの生死など考慮していない。
そんな手の届かない場所で、彼女を野放しにしておけるほど、シルヴァは鈍感でも暢気でもなかった。
「……さ、話はひとまず、私はお茶でも入れてきますね」
重苦しい雰囲気の中、カレンはそれを断ち切って立ち上がった。そして目と獣耳を伏せているシアンへ、やさしく声をかける。
「シアンちゃん、一緒に作りましょ?」
「え……でも」
「いいから」
カレンはシアンのそばまで駆け寄ると、彼女の手を取った。それから、そのままシアンを台所へと連れて行ったのだった。
リビングにはシルヴァとアレンの二人が残された。
アレンはため息をついた。
「……いいの? 彼女、落ち込んでたけど」
「……うん。危険な道を通らせたくない」
「ふーん」
それ以降、二人の間には沈黙が流れた。
窓のそばにつるされた風鈴が鳴り響く。シルヴァにはそれが、とてもくぐもった音に聞こえたのだった。