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傀儡使いと獣耳少女の世界遍歴  作者: つくし
第一章 傀儡使い、獣耳少女と出会う
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2 酷く虐げられた少女は


 日が沈み、シルヴァがいる牢獄の中は薄暗くなってきた。蝋燭(ろうそく)の明かりだけが朦朧(もうろう)としている。


 そんな中で、無実の罪で投獄されたシルヴァは、何とか牢屋から出ようと試行錯誤していた。


「……うーん」


 しかし、牢屋の鉄格子は素手では破壊できそうにないし、床は石畳なので地面を掘って脱出も無理だ。


「新入りぃ! お前みたいなちんちくりんじゃあ、そんなことしたって無駄に決まってんだろ! ガハハ!」


 そうやって牢屋を出ようと試行錯誤していたら、通路を挟んで向かい側の檻にいる囚人の大男が面白可笑しく笑った。


 それにつられて、他の囚人たちも嘲笑う。


「ということで新入り、お前はこれからここで厄介になるわけだが……。先輩である俺たちの言うことは聞くのが礼儀ってやつだよなぁ?」


「……」


「ここは退屈なんだよ。いっちょ、裸踊りでもしてくれねーか? ほれほれ! ハハハ!」


「……」


 ここ最近、全く人の縁がないな、とシルヴァはうなだれた。


 普段は温厚なのだが、自分に対して不遜な態度を取ってくる人に連続して出会って、さらにそれが原因で免罪を吹っかけられ、牢屋に打ち込まれたシルヴァは、気が立っていた。


 自分をからかうような、見下すような囚人の言い草にちょっとイラっときて、目の前の檻にいる囚人の男をにらみつける。


 頭を地面に叩きつけたいなあ、本当。


 その視線に気づき、その男はシルヴァを睨み返した。


「ァア? やんのかこの――」


 男がシルヴァに凄んだ直後、男の頭が下に消えた。否、男は自らの頭を、なんと地面に叩きつけたのだ!


 シルヴァはぎょっとして、思わず後ずさりをする。


「な……」


 男も訳も分からない様子で、鼻血を流しながら立ち上がった。


 男は何が起こったのか分かっていない様子だ。


 しかし、シルヴァには確かな手応えがあった。そしてそれは一つの結論へ繋がっていく。


 ――僕が、そう念じたから……。あいつの頭を地面に叩きつけたいと、そう念じたからそうなったのか……!?


 シルヴァはごくんと息を呑んだ。根拠はないが、今のシルヴァは、目の前で起こった"それ"が、自分の能力によるものだという確信があった。


 今までシルヴァは『傀儡使い』としての能力を魔獣にしか使おうとしなかった。だが、今の感じからして、その『傀儡使い』の能力は、魔獣だけでなく人間にも作用するようだ。


 いや、違う。シルヴァは手に顎を当てて考える。


 過去に人間を自らの望むがままに操れればいいな、と思うことは何度かあった。行列に並んでいるときとか。しかし『その時』は発動しなかった。


 でも今は人間相手にも『傀儡使い』の力が発動した。これはどういうことか。それは、


 ――シルヴァの能力は、今この瞬間に進化した、ということ。


 さっきまでは操れる対象は魔獣だけだった。けれど、今の囚人の男への不満で能力が成長し、人間も支配下におけるようになった……。


 そう考えると、いやに府に落ちた。


「……これなら」


 全てを理解したシルヴァは、にやりと唇を緩ませる。それから向かいの牢の中の、鼻を抑えている男を見据えた。


 シルヴァは腕をかざし、その男を傀儡の能力の対象にとる。突然に体が動かなくなった男は、驚きの表情すらできずにそのまま固まった。――シルヴァの能力の支配下に入ったのだ。


「……っ! ……っ!」


 無表情な男の顔。しかしそれはシルヴァの支配下にあるが故に、表情を変えられないから無表情になっているわけである。男が本当にしたい表情は、驚愕と恐怖の表情だろう。


 シルヴァは傀儡となったその男を操作する。


 ――ガァン!


 男を操作して、その拳を鉄格子にふるった。何度も何度も拳をふるい、その際に生じる大きな音が獄中に響いていく。


「何事だ!」


 その音に釣られて、獄中の見張り番であるらしい男が剣を片手に駆け出してきた。見張りの登場に、獄中の囚人たちが一気に静まる。


 そんな中でも音を鳴らし続けているのは、シルヴァが支配下にある男のみ。


「おい、何をして……っ!」


 檻を無表情に殴っている囚人の男の前に立ち、苦言を放つ見張りの言葉が詰まった。見張りはもう、指一つ動かすことができない。


 シルヴァの能力により、支配されたのだ。これでシルヴァは見張りの支配権を得た。


 ここでシルヴァはあることに疑問を抱く。


 ――この能力は何人まで適応できるのだろうか。


 そう思ったシルヴァは、見張りの男を操り、彼の腰につけている牢屋のカギを手に持たせた。


 見張りの彼が牢屋のカギを持っていたのは好都合だった。これでシルヴァは牢屋から逃れられる。


 でもシルヴァだけがそのカギを使わせて出れば、彼らを操ったのがシルヴァであると分かってしまう。


 だから、シルヴァは自分の他にも複数の檻をカギで開けさせた。


「おいおい……。何を考えてんだよ……」


 見張り役が無表情で檻をどんどん開けていく光景に、囚人は喜びあれど、困惑の面が大きくでていた。その囚人に紛れ、自分の牢の鍵を開けさせたシルヴァも、ちゃっかりと外に出る。


 それから未だ牢屋に入っている囚人たちを視界に入れて、密かに操ってみる。操るといっても、具体的な行動をさせるわけではなく、一時的に支配下におくだけだが。


「……六人か」


 能力で一度に操ることのできる人数を把握し、シルヴァはボソリと呟く。魔獣ならば十匹以上操れたのだが、やはり人間だと魔獣よりも操れる数が少ない。


「へへっ! まあいいか、じゃあなてめえら!」


 牢屋から解き放たれた数人は、牢屋を開ける対象に選ばれなかった囚人たちに笑いかけ、そのままその場を後にしていく。


 シルヴァもその脱獄者たちに続いた。


 ああ、そういえば見張り番をどうにかしないと。ずっと支配下に置いているわけにもいかないし。

 ……まあ、適当に気絶させとくか。


 シルヴァは見張り番を操り、自ら壁に頭をぶつけさせた。そのまま気絶し倒れる見張り番。これでよし。けど、ごめんなさい。


 脱獄者の集団は牢屋の牢かを抜けて、階段を上がっていった。


「そういやこの時間は、女囚人の入浴時間と被るな……」


「丁度良いんじゃねえか? 看守の目はそっちに向いてる!」


 走る囚人たちから小さな歓声が上がる。どうやら運もこちらに向いているようだ。


 シルヴァ達が階段を上り辿り着いた先は、看守たちの小さな詰所だった。囚人たちは身を伏せて、壁からゆっくりと詰所をのぞき込む。


「……いっ、いやっ!」


「――」


 そこで繰り広げられていた光景に、シルヴァは思わず舌打ちをした。


「へへっ、動くなよ罪人! ほらっ」


 服、というよりは布切れを着せられた少女が、手と足を縄で縛られていた。茶色の短い髪はずぶぬれで、目の下には大きなクマが出ていた。


 その上から、看守と思われる男が火の蝋燭を落とす。


「あァ! や、やめてっ! 熱い! あつっ!」


 落とされた蝋燭が少女の腹に転がり、火が少女の露出した腹を焼いていく。


 その目の前で広がる壮絶な光景に、シルヴァだけでなく、他の囚人でさえもが言葉を失っていた。


 ――これは一体なんだ……? どういうことなんだ……!?


 見たくもない光景。だがシルヴァはそこから目を離せない。


 少女は瞳を大きく開け、悲鳴を上げながら、決死の思いで体をくねらせる。自分の腹を焼いていた蝋燭を何とか落とした。


「はぁ……はぁ……」


 少女の上から蝋燭が落ち、火の危険から解き放たれたのもつかの間。看守は横にある水の入ったバケツを持ち上げ、少女に水をぶっかけた。


「てめぇ! 何やってんだよ!」


 看守はずぶぬれになった少女をさらに押し倒し、馬乗りになって頬を殴る。そしてそれだけでは飽き足らず、すでにほぼ裸という状態にあるのにも関わらず、少女が来ていた布切れを腕で破り捨てた。


「てめぇはっ! 俺たちを喜ばせるのがっ! 役目だろうがっ! 裏切り者が!」


「ごめんなさいっごめんなさいっ……!」


 殴られながら、服をはぎ取られながらも、少女は抵抗することなくただ謝った。泣きながら許しを乞う中で、看守は気にせず少女の上で暴行を加える。


 そこまでの光景を、シルヴァとその他囚人たちは影から見ていた。囚人たちはゴクリと喉を鳴らす程度だったが、シルヴァは違う。


 ――シルヴァは、もう我慢の限界だった。


「おいっ! 待て新人!」

「うるさい……っ! 僕は貴方たちとは違う!」


 囚人のストップも聞かず、シルヴァは詰所に飛び出した。その声に気づき振り向いてきた看守の頬に、シルヴァのストレート命中する。


 少女に馬乗りになっていた看守は、そのまま吹っ飛んで地面に転がった。


「……っ! 今だ、かかれぇー!!」


 その行動に呆気に取られていた囚人たちだっが、すぐに気を取り直し、地面に転がった看守へと一斉に飛びかかった。


 圧倒的な数の有利。看守はなすすべなく、そのままボコボコにされる。


 それを見据えながら、シルヴァは倒れた少女に視線を戻す。


 服を所々無理やりにはぎ取られ、危うい恰好になっている少女。彼女は腕を目のところにやって、叩かれて赤くなった頬に涙を流しながら、ただただ、


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 と、もう居なくなったはずの恐怖に、ピクピクと体を震わせていた。


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