16 灰色の男
シルヴァとシアンが先に行ってしまった女性に追いつくと、その足音で女性は金髪をなびかせて振り返った。
そして、走ってきた二人を見て、はっと手を口の前に持ってくる。
「あっ! すみません! あの結界のこと、すっかり忘れてました」
「ああ、やっぱり結界だったんだ」
シルヴァがそう言うと、その女性はうなずいた。
「そうです。弟が展開してくれて……。いつもくぐってるせいか、お二人に伝えるのを忘れてました。申し訳ないです」
「大丈夫だよー」
へへへー、とシアンは笑う。
知らずとも害はないギミックだった。ちゃんと追いつけたことだし、女性を咎める気は二人には全くない。
「ところで、結界に入ったってことは……」
「はい。私たちの家はもう目の前です」
女性が指を指す。その先のは、生い茂る草むらの間から、明るく拓けた場所が垣間見えていた。
それは細々としたログハウスだった。女性に連れられ二人が中に入ると、まずは紅茶の良い香りが出迎える。
「弟は……いないみたいですね。お茶をお持ちしますので、腰をお掛けしてお待ちください」
「どうも」
玄関から入ってすぐのところにリビングがあって、そこで女性は二人にお辞儀をした。
そして去っていく彼女の背中を見つめながら、シアンはすーっと深呼吸をする。
「好い香りだね……」
「そうだね。そういえば、シアンは猫の獣人みたいだけど、耳じゃなく、鼻も効くの?」
「うーん……。ちょっとぐらいは?」
シルヴァの気まぐれな質問に、シアンは困ったように笑った。自分でもよく分からないのだろう。
リビングに置かれた長方形のテーブル。その長辺に二つずつ置かれた4つのイス。
シルヴァとシアンはそこに隣り合うかたちで座った。
シルヴァは失礼ながら、リビングを見回してみる。
綺麗な花をさした花瓶や、よく分からないけど透き通った青色のオブジェクトなど、お洒落なカフェのような装飾をしていた。
「お洒落だね。ちょっとそわそわしちゃう」
シアンも内装をちらちら見ながら、心ばかし身を縮めている。シルヴァもだが、シアンもこういう雰囲気に慣れていないようだ。
そんな感じで、落ち着きのない二人は数分程、座って女性を待っていた。
「お待たせしました」
すると、腰まで伸びた淡い金髪を揺らしながら、銀のお盆を持って現れた。お盆の上にはティーポットやカップなどを乗せている。
そのお盆をテーブルの上に置いて、二つのカップにポッドから紅茶を注いだ。そして、それらを二人の前に置いた。
それから女性は、二人が座る向かい側にあるイスに座った。
「改めて、私を助けてくださりありがとうございました。遅くなりましたが、私はカレンと申します」
そう言って金髪の女性――カレンはもう一度、座りながらも頭を下げる。
「とにかく無事でよかった……」
シルヴァは息をついた。
カレンの姿や言動を見るに、目立った怪我はない。
けれど、これで全て終わったという訳ではないだろう。シルヴァは続けた。
「でもあの襲撃の原因が分からない限り、また襲われるかもしれない……。何か、心当たりはある?」
シルヴァの言葉を聞き、カレンは気まずそうに下を向いた。
その様子から、何か心当たりがありそうだ。
カレンの話を待って数秒、彼女は顔を上げてシルヴァを見つめた。
「心当たりは……」
カレンが言い出したとほぼ同じタイミングで、玄関の扉が開く音がした。
その音を聞いて、カレンは言う。
「弟が帰ってきたみたいですね」
彼女の声が終わるとほぼ同時に、家に入ってきたカレンの弟はリビングに姿を現した。
「あれ? お客さん?」
灰色の、カレンまでとは言えないが、肩まで届かないぐらいのストレートのロングヘア。
黒くくすんだ瞳に、左頬に薄い傷跡のようなものが、一本縦に薄っすらと引かれていた。
その男はシルヴァとシアンを見ると、小さく笑ってカレンに問う。
「えーっと……。古い友達か何か?」
カレンの弟――アレンは、困ったように頬をかいたのだった。