釘を打つだけ
カーン。
カーン。
カーン。
単調な音、数時間金属ハンマーを振るとさすがに腕がいたい。
それでも俺は必死に打つ。
目の前には若い女。白いシャツに黒いズボン。化粧っけがなく、髪もボサボサだが、その笑顔は魅力的だった。
今日は蒸し暑い日なのに地下室で作業するのは、結構しんどい。
「そう、泉近くのラベンダー畑。あそこも最近観光客で賑わってるんだよ。」
彼女は目を輝かせながら話す。
殺風景な部屋には俺と彼女の声、そして金属と金属がぶつかる音だけが響いていた。
粗末な椅子に座る彼女は、母親に今日あった出来事を話す子供のようにはしゃぐ。
「ラベンダー畑って見に行くほど面白いか?女の人が行くにならわかるけどよ、男が行ってもつまらんだろ。香りがいいだけの草じゃん。」
カーン。
「そんなことないよ。ラベンダーのお茶も美味しいし、アロマオイルや化粧水にもできるし、あと、パスタにも入れる。」
「そんなもん男になんの役に立つんだよ。」
カーン。
「ラベンダーって肌荒れにも効くんだよ。他にも加齢臭でしょ、あと抜け毛。ーーさんも気になる歳何じゃない?」
ニヤける彼女。
「俺はまだ26だっつーの!そもそも2年くらいしか違わないだろ俺たち!」
カン。カン。カン。カン。
さらに金属ハンマーを激しく振った。
「ふーん。禿げるのは早いってうちの親が言ってたよ。」
カーン。
「……最近薄くなって来たような気はするけどな。」
カーン。
しばし、静寂。
「で、《アレ》について話す気になった?」
「いやまったく。」
「そう。」
カーン。
俺は1本の釘を、彼女の右手に金属ハンマーで打ちつけた。
彼女の手からは血がだらだらと流れ出していて、椅子にまで到達している。
そして、釘は彼女の腕にびっしり、ところ狭しと並んでいる。
常人なら、泣きながらやめるように懇願するシーンだ。出血の量からして意識が混濁してもおかしくない。
彼女は特に気に止める様子すらなく、抵抗すらしない。
俺はため息をつき、箱からさらにもう1本釘を取り出そうと、手を伸ばす。
「あーあ、釘なくなった。」
空になった箱を持ち上げて、彼女の頭を殴った。
「計画性もなく打つからじゃない?」
しかし、彼女は痛みなど感じていないかのように振る舞う。
「そうだな、だいたいの奴はこの箱にあった釘の量が3分の1減るまでには喋るんだ。そして、残りの奴は死ぬ。」
「私もヤバいかも。今、腕真っ赤になるほど流れてるじゃん?」
「ヤバいならさっさと《アレ》について話してくれ。」
「じゃあこのままでもいい。」
律儀に口だけは堅いようだ。俺は、釘抜きを取り出す。
俺は殺し屋だ。この女の尋問を任されている。
この女とその仲間たちはある組織の「宝」を盗もうとした。
「宝」は一部持っていかれ、この女以外には全員に逃げられた。俺は「宝」が何か知らないが、組織にとってはかなり重要なものだったらしい。
しかし、この女は仲間どころか自分の情報すら一切もらさない。
俺の尋問にここまで耐えれる人も珍しい。
もしかしたら、どこかのエージェントなのかもしれない。
俺はため息をつき、一言。
「ま、今日はいいや。飯にしよ」