第六話 異変襲来
それは、俺たちの予想を遥かに超えた早さで進行していた。この日本に何年も前から存在しているであろう謎の組織。その中枢から枝分かれした末端。それが例の猪狩組だという予想はしていた。考え方では、その想定通りに事が動いたと言える。猪狩組の首領の証言によると、今まで会ってきた〝仲間〟の中で、顔も知らない、声も解らないという謎の人物がいることが浮かび上がった。どうやらそいつは猪狩組の中で信用を寄せられていたらしく、諜報班の凄腕だったという。曰く、「信頼ならんが、信用に足る」人物だそうだ。
「それ以外に何か吐けるもんはないのか?」
「…ない。」
「お前…。随分と痩せたな。」
「…止してくれ。年寄りを困らすもんじゃない。」
「良かったじゃねぇか、豚から抜け出せて。」
「…言うな。」
灯来は休日である今日、例の猪狩組とかいう馬鹿げた組織の元首領である緋居天音の父と話していた。
「駆真さんや、俺は娘に会えるのか?」
「悪いが、裁判の刑罰を聞いてなかったのか?お前は死ぬまで務所だ。」
「だがお前が―」
「言っておくが、俺は天音をお前に合わせる気はない。」
灯来が緋居の父を睨みつける。一瞬の沈黙が走った。
「安心しろ、お前が生きている内に奴らと決着をつける。その後に天音に事実を伝える。会うか決めるのは本人だ。」
「…なら頑張って生きるしかねぇな。」
「豚にも愛はあるんだな。」
「もう豚じゃなくなったんだろ?」
「フッ、違いないな。」
そう言って力なく笑う緋居の父。それを見て灯来は言った。
「その為にも旦那、言える情報があればちゃんと言ってくれ。」
「…マジになりやがって。俺は正直に全部吐いたさ。」
「…俺はあいつに依頼をされた。だが自分が払うべき釣銭が残っている。それを返すまで俺は戦う。」
「天音の為に…か?」
「あぁ。」
「お前は天音のことが好きなのか?」
「何言ってんの?」
「え?」
「え?」
流石は親子といったところかな。
「いったろ?依頼されたって。」
「任務にそこまで忠実なのか?」
「悪いか?」
「いいや、否定はせん。」
灯来は帰るしたくをして、鞄を持ってドアノブに手をかけようとする。
「頑張れよ、応援している。」
緋居の父は扉が閉まる寸前にそう言葉を零した。灯来はドアを押し開け、面会室を後にした。
紅麗は駅の中を歩いて、とある店の席についていた。
「早すぎたか?」
「いや、遅すぎだ。」
そう言って向かいの席に座ったのは灯来だった。
「やはり奴からは何も聞き出せなかった。挙動を見ても、おそらく嘘はついていない。」
「灯来、時間がないんだ。」
「解っている。連中が何をしようとしているのかは知らないが、明らかに権利統制が投打されつつあるようだ。分立された三権が再び統合されようとしている。」
「そんな動きが表にでないのが不思議だな。」
「そりゃ多分、議員、内閣、裁判官にグルはいない。」
「それでも俺たちの動きで連中も大分動きを制約させられているはずだ。」
「このまま弾圧しきれるかどうか…。危うい点だ。」
「だろうな。沸点に達する前に氷を入れなければならない。」
「その氷なんだが、恐らく、連中のグルは身近にいる。身寄りを疑え。」
「…どういうことだ?」
「動きが先読みされているのさ。連中もそうだろうが、俺たちも運動が制約されつつある。」
「俺たちが弾圧を受けている?」
「そうだ。とうとう連中も本領を発揮してきたようだ。」
「…遅かったか。」
「いや、まだチャンスはあると見た。それでも、最後の鍵をにぎるのはやはり…。」
「天音…か?」
「そうなるだろう。いや、もはや避けられまい。彼女が最後のピースだ。」
紅茶を飲みながら、紅麗と灯来が周りの目を気にせずに討論をしている。この店は、彼ら、第四の勢力の管轄下にあり、情報漏洩は出来ない仕組みになっている。
「穴が最後の一つになるまで彼女は使わない。王を取る前に玉を失っては打撃だ。」
「となると、誰が龍と馬になるか…だな。宛がないわけではない。」
「宛てがあるのか?」
「あるはずだ。コイツを見てくれ。」
紅麗は灯来にスマートフォンを見せた。そこには、情報が書かれた書類のデータがあった。
「これは?」
「俺たちが調査していると、この学校、裏があるような気がする。」
「裏?」
「ここ、一般の私立なのに、入学料等が通常の私立の数倍なんだ。」
「数倍⁈」
「だが、国内随一の進学校であることもあり、人気が衰えることはない。」
灯来はしばらく考え込んだ。
「明日、俺の〝部屋〟に来い。依頼を受け付けよう。」
「仕事〝部屋〟にか。解った、依頼しよう。」
「放課後に来いよ。それじゃ。」
代金である小銭をその場に置いて、灯来はその場を去っていった。
あるカフェのテーブル。そこに、何名かの女子高生がたむろしていた。
「ってなことがあってさー。」
「何それ、ほとんど悪いのあっちじゃん。」
「ねー?それで放課後残されたの。やんなっちゃうよー。」
ワイワイガヤガヤ。傍からすると、いい近所迷惑である。
「あれ?天音ちゃん誘わなかったの?」
一人の誰かが言った。
「だってアイツ、リア充になりやがったし。もう私ら非リア隊の仲間じゃないっしょ。」
「あーそういう。」
しょうもない会話が、その後五時間は続いたらしい。
灯来が玄関の鍵を開けた。
「ただいまー。」
中に入る。冷蔵庫を漁る。そこから缶コーヒーを取り出して、ソファに寄り掛かって飲んだ。
「あ、おかえりー。」
天音が降りてきた。
「お仕事どうだった?」
「これから忙しくなりそうだ。」
「ありゃりゃ、休みなし?」
「ったりめぇよ。」
「無理しないことね。」
「お互いな。」
灯来は鞄から鍵を取り出した。
「ほれ。」
灯来がカギを放り投げる。
「ふあ。」
変な声を出してそれを何とかキャッチする天音。
「鍵?」
「ここの合鍵だ。落とすなよ。」
渡された鍵には、一から三の番号と、一枚のカードキーがついていた。
「カードキーは自分の部屋のだ。」
「灯来さんのとは違う?」
「勿論。だが地下室に行けばマスターキーがある。」
「抜け目がない…だと?」
天音が鍵をポケットにしまった。
「ありがとう、大切に持っておくよ。」
そして灯来は自分の部屋に入り、睡眠をとった。
夜は更け翌日。さらに日は入りかけ、夕方になる。灯来は仕事〝部屋〟に来ていた。
「依頼があるんだ、入っていいか?」
「いいぞ、入れ。」
紅麗が入り込んできた。
「さて、依頼内容を聞かせてもらおうか、紅麗君。」
「そうだな、ここにある例の高校。名称はあえて伏せさせてもらうが、ここの身辺調査をしてもらいたい。」
「了解した。仮に、X校とでもしておこうか。その学校を調べる。」
「ありがたい。報酬は、これまで以上の協力でどうだ?」
「引き受けた。すぐさま俺の信頼足る腹心二人と共に行ってくる。」
そう言って灯来は立ち上がる。
「悔朱紅麗副司令官、風間風輝第二諜報補佐官、作戦地へ…。」
全員が虚空を睨みつける。
「出向する。」
三人は頷き、学校を後にした。
『今日は依頼で送れる。』
とだけ天音にメールを送り、灯来は黒のパーカーを羽織ってバレないような服装に着替え、スコーピオンを腰に提げた。紅麗は腰にUZI、風輝は腰にMP-5。それぞれの予備マガジンも装備していた。
「三日までには帰還したいな。なるべく戦果を遂げられるといい。」
紅麗がそう声をあげた。
「これより、LRP独自依頼による任務を開始する。」
灯来の声で、三人は移動を開始した。
家で天音は晩飯を食べつつ呟く。
「…夜ごはんくらい一緒に食べてよ…。」
そう言った後、気付く。
「何でだろう、寂しい。あの時仕方ないと割り切ったはずなのに。」
他人と過ごす温もりというものを感じたからだろうか。まだ夏になる手前だというのに、少し肌寒さを感じた。一人になることへの恐怖。それが天音を蝕んでいた。
ただ一つ確信していることがある。私は、灯来さんの強さに焦がれ、彼のもとにいたがった。彼を尊敬し、今まで一人で足掻いてきたこの気持ち、苦しみを思い出して、二人で過ごしてきた短い数日間で満悦の幸せを感じていた。でも、いざ離れてみると、彼がいないだけで恐怖がにじみ出てくる。今までの独り生活では感じてこなかった孤独感を余計に覚えたのだ。そもそも二度と一人になりたくないから同級生とも距離を置こうとしたし、それでもまだ私を仲間にしようとする連中とはあまり付き合いを持たないようにした。二度とあの苦しみ、二度とあの悲しみを味わいたくないから。
「帰って…くるよね…。」
そんな心配が私を襲うのだ。灯来さんは強い。それは紛れもない事実。それはさまざまな場面で実証され、彼の実力は私の目に焼き付いている。それでも、両親を失ったことがある私にとっては、無常観というものをしっかりと理解してしまった。だから、彼でさえ帰ってくるかどうかが不安なのである。
「ダメ…だな。ちゃんとしないと。」
不安で涙が出てきそうなのを押しとどめながら、思い直す。次、灯来さんが帰ってきたときにちゃんと笑顔で出迎えれるように、そのために万全を期すこと。今も彼はどこかで頑張っている。…戦場でないと祈りたいけど、そのどこかで今も一生懸命に戦っているなら、私がするべきことは彼に与えてもらった帰るべき場所で泣き叫ぶことじゃない。私も頑張るから、灯来さんも頑張ってくれって、応援できるようにしなければいけない。
「…ごちそうさま。」
私は食器を洗いつつ考える。日本の為に戦う灯来さんのために、恩返しとして何ができるか…。私の命だけじゃない。私の心さえも救ってくれた彼にできる恩返しとは何か。灯来さんが帰ってくるまでに考えないとな。
目の前にそびえたつビルにも近い校舎。
「ここか。」
「「ここだ。」」
灯来に続いて紅麗、風輝が同時に声をあげる。
「さて、連中何を企んでいるのか。」
「暴けるか?」
「暴けるとも…暴いてやるとも。」
灯来の薄気味悪い笑い声が、辺りに響いた。




