第二話 厄介事
生きて帰る。そう心に決め、灯来は輸送車の助手席に乗り込む。
「最後、奴らのアジトに到着したら、俺が最初に行く。」
走りながら灯来は指示を出した。
「俺が帰って連絡するまでお前らは全員待機だ。誰にも邪魔はさせん。」
川にさしかかり、輸送車は橋を渡る。
「奴らの目的と行動を本人の口から出るまで連絡は寄越さん。そのつもりでいろ。」
何とも言えない反応だった。この作戦は、連帯感に欠けることは解りきっている。ただの単独行動であることは明白。だが、灯来にとっては、これはただ単に、依頼をこなすための一つの方法であり、これ以外の選択肢をとろうとしない。彼なりのこだわりと言ったらそれまでだが、明らかに他の仲間の手を借りようとしない。
「これ、着くまでに食べて下さい。せめてもの協力です。」
そう言って運転手は栄養ゼリーを取り出した。
「…貰っておこう。」
それから数十分、彼らは車に揺られた。
警察の一人が、天音に問う。
「…つまり、彼らとの関係性は不明と…そう言うことですかな?」
「…はい。」
「そうですか…。緋居さん。あなたの家庭事情を調査させて頂きました。」
白髪が目立つ黒髪の男性、尋問員が資料を取り出す。
「これによると、緋居さんのご両親は、行方不明になってますね…。」
「…はい。」
「それも、四年前から。これが本当だとしたら、どうも狙われるには都合が良いかと。」
尋問員は天音の目を見る。
「緋居さんのご両親が行方不明になったのは、何故だか解りますか?」
「解りません。何も言わず、何も残さずに出て行ってしまって…。」
「彼らが緋居さんのご両親の事情を知っているとすれば、調べが良かったと言えます。」
尋問員は、再び天音の目を睨みに近い眼力で見る。
「が、もし裏で緋居さんの家族が関係しているとすれば、罪状の事情が変わってきます。意味、解りますね?」
「…はい。」
かすかに恐怖が見えた声を漏らす。
「ともかく、灯来たちの報告をまとう。彼らならきっとうまくやる。」
「…仕方ないですね。あなた方の仕事の遅さには頭が下がります。」
「お前らよりは早いがな。」
紅麗が尋問を止めた。天音を連れて外に連れ出す。
「紅麗さん、ちょっと。」
「あ?」
尋問員だった男に呼び出された。
「あなた方の仕事で、どれだけ我々が苦労しているか、解りますか?」
「俺たち最下級部ができてからお前らに仕事が回らなくなったからな。不信感も仕方ない。だが、そんなことは俺たちにとってはどうでもいい。お前らとは信念が根本的に違うからな。俺たちLRP―Lowest Riot Policeは自分の為に働いているわけじゃない。個人の為に働いている。人民の為、人の為ってな。いわゆる、偽善者の集いだ。お前らのような、金をかぎつけることしか能のない奴と一緒にされても困りもんだ。」
「…そのためなら憲法なんざどうでもいいと…。」
「いいか?機動隊や自衛隊は、自衛の為の最低限の〝実力〟だ。違憲じゃない。」
「だとしてもー」
「我儘は止せよルーキー。俺はあんたらなんざ簡単に潰せる。今までの悪行はこっちに入ってきてるからな。無駄な抵抗は止せってんだ。」
それだけ言って紅麗は廊下の奥へと消えていった。
ここがアジト。そういう情報だった。俺は車を降りて、地下へと続く道の度真ん中を歩いて行った。
「貴様…所属を言え。」
門番だろうか…まぁ構っているだけ無駄か。
「おい、不法侵入者だぞ、捕えろ‼」
同じ奴の声。両脇から二人の怪力人がとびかかる。ほんの一瞬の出来事。ほんの一瞬の交錯。奴ら二人は地面に叩きつけられる。そのまま力を失ったように崩れ落ちた。
「貴様、何者だ。」
答える義理はない。スルー安定。何も答えなくていい。そうだ、俺は、何も答えなくていいんだ。
「貴様、何者だとー」
「構わん。打て。」
連中、銃を構えた。ここで俺は、初めて言葉を口にした。
「銃刀法違反、殺人未遂、暴行。」
奴らが引き金に手をかける前に一気に近づき、関節技で前方の五名を床に叩きつける。
「んな⁈」
声を発する前に、左の奴のみぞおちに蹴りを銜え、足払いし、顔面を蹴飛ばす。
「チッ。」
右からくる奴には、横腹にナイフで切れ目を入れてやる。
多くの断末魔、多くの弾丸の雨。その合間合間の交錯をすり抜けて、灯来はとうとう、最後の一人を撃破した。
「貴様…何者だ⁈」
「答える義理はないな…だがここで言っておけば、お前らが吐くかもしれん。」
「吐く?」
「情報を…だよ。俺は警察と仲良しの機動隊のリーダー兼、ごくごく一般の高校生さ。」
「警察⁈」
「さぁさぁ、さっさと吐いてもらいましょうか。お前ら、女を狙っていたろ。」
「…緋居か。」
「知っているなら話が速い。可愛いだけであそこまで襲うとは思えん。理由を話せ。」
「義理は無いな。」
瞬間、俺はスコーピオンで彼の横を打ち抜いた。
「へっ。当たってねぇぞ…んな⁈」
「当ててねぇんだよ。解れ。」
奥にあったパイプラックの柱を打ち抜き、パイプラックが付け根ごとこの党首らしき人物に当たる。
「畜っ生。」
「んで?なんで襲った⁈」
「俺たち…猪狩組の党首である俺の娘だからだ。」
「うっそだろ、おい。このデブからあんな可愛い娘が生まれるのか⁈」
「…悲しい。」
「信じられん。お前らの事は後でしっかりと教えてもらうとして…。」
俺は通信機を取り出した。
「おーい。片付いたぞ。後処理にかかれー。」
棒読みで連絡を送ってやったぜ。
結果、全員を無力化したのはいいが、誰一人とて死者は出なかった。ほんの数時間前に起こった第一戦では、その場にいた犯人グループは大体が跡形も無く死んでいったが、今回は違った。誰も殺さないで任務を遂げた。灯来は、再び警視庁に戻るために人員輸送車の助手席に乗り込んだ。そこで、思いっきり背伸びをした。
「うぅ…あぁ。たまにはこう、羽を伸ばしたいんだがな。」
「いや、灯来さんの場合、鼻も伸ばすのでダメですよ。」
「あ?俺は伸ばす鼻がないんだが。」
「持ち合わせは無いに限りますね。」
「いや、一文無しも可哀そうなもんだよ?」
「そうですか。はぁ、私も伸ばせる鼻があればなぁ。」
「一二個持っておいて損はないだろ。」
「そうですね。」
なんでこんなクソどうでもいい事話しているのか。灯来には理解しがたかった。
「周りの住人への被害は?」
「今のところ確認できません。あとは本部から調査団をやりましょう。任務完了です。」
「よし、帰還する。」
「了解。」
住宅街の中帰路を辿ってゆく。確かに、人の多い所にアジトを創るという斬新さは、警察の動きを混乱させることができたのかもしれない。むしろ、不自然であることをいかに自然にアピールできるかが手品師の基本だ。ポーカーフェイスとはよく言ったことだが、案外、侮れない点もあるのかもしれないな。
数十分後、輸送車は警視庁にたどり着く。
「ふぅ、娑婆の空気は上手いな、やっぱ。」
「いやいやいや、縁起でもないことを言わないでくださいよ。」
「はは、すまんすまん。車の中は暑苦しいってな。今日改めて思ったわ。」
「左様ですかい。」
向こうから、大男が手を振っている。その隣に、長髪の例の少女のシルエットが見えた。髪の毛が右往左往していて、自由奔放極まりない人物であることをすでに語っている。彼の名は、紅麗。灯来の絶対の腹心にして、心強い味方である。このLRPを総まとめする灯来より一つ下の身分で、指揮権の半分を握っていると言っても過言ではない彼は、灯来から絶対的な信頼を受け取っていた。
「お疲れ。ようやく任務完了か、待たせてくれるな。」
「それは後ろのこいつらに言ってくれ。相手が馬鹿だったおかげで、そそくさとリーダーを始末できた。あとはこいつらの手際の悪さだ。ちゃんと指導しておけよ。」
「解ってるさね。あとはあいつらのやる気だな。」
「…そいつは保証できないね。俺たちの指揮系統は国内組織の中で根本的に異なる。」
灯来は振り向き、仲間を睨みつける。
「あとは彼ら次第…としか言えん。」
「…そうだな。その間にお前は英雄度を高めておけ。」
「どこのゲームだ⁈」
灯来たちの会話をよそに、不安そうな顔で瞳を灯来の目に覗かせる少女が口を開いた。
「あの…大丈夫ですか?」
「何が?」
「その…怪我をしているようですが…。」
「あぁ。」
服もボロボロ。コイツを不安にさせるのも解る。
「大丈夫だよ。安心しろ。依頼をこなしていく上で、怪我をするなんてよくあること。」
「でも…私が依頼したせいで…灯来さんが…。」
言いたいことは大体解ったが、灯来は声色を変えずに言った。
「これに関しちゃ、お前が責任を感じる必要はない。これはお前が作った傷じゃない。奴らが作った傷だ。ちゃんと奴らにはバンドエイド代を請求するし、ちゃんと裁判も受けてもらう。だが、お前に請求することは何もない。これから会議があるんで、俺も出席せにゃならんのだが、上にはお前に依頼額を請求しなくていいように通す。」
「え?」
「え?」
天音が、訳が解らんとでも言わんの如く、あほな声をあげた。
「あー、まぁ、説明不足だったかな。俺はごくごく一般の高校生。それはあくまで、表の顔なんだ。ここじゃ、俺を高校生扱いする奴は誰一人いない。ま、確かに俺は高校生の年齢であることには変わりないが。で、だ。ここで俺はどういう扱いをされているのか。」
「待て。お前まさか―」
「いいよ、彼女はもはや関係者だ。黙っている方が癪だよ。俺は、ここでは、LRPという機動隊のリーダー、最高司令官とでもいうのかな。そういう扱いを受けている。」
「LRP?」
「Lowest Riot Policeの略だ。最下級機動隊。実際には、最低機動隊…かな。あまり口外しちゃならんので、情報開示は多少に留めるが、俺が作った機動隊さ。警察は基本、指揮系統が上下関係の元なりたっていて、基本全ての部署が一本の柱を中心に構成されている。三つに分岐した柱の一つだ。その上で、機動隊は警察に含まれるわけだが、俺たちは違う。単刀直入単純明快に言うと、上が腐りきっていたんだよ。そこで俺が作った。こいつらは三つの柱に属していない。法務よりも上。国の中枢に直接かかわりを持っている。今回のように俺たちの存在を知った人間から個人的な依頼を受けるときもあれば、内閣や政治関係の者たちからの正式な依頼をこなすこともある。その上で、いくつか違憲することを憲法機関から許可されている。公務員は違憲してはいけない。それは憲法に対する最大級の冒涜だ、とはよく言ったものだが、俺たちはそれを憲法機関から許可されているわけで。要は皮肉だろ。そんな皮肉を受け入れた。だから、俺たちの機動隊は、最低なんだ。」
「え…え…え?」
「あー、解んなかった?」
「え、あ、いや。」
「灯来、いきなりそんなん明かされても呑み込めないだろ。」
「あー、そゆことか。まぁいいや。」
灯来はゆっくりと傷だらけの左手を差し出した。
「改めて、非警察最低機動隊最高責任者の、駆真灯来だ。よろしく。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
天音はその手を取り、二人は握手を交わした。




