第二十二話 追憶
…誰もいない。…何もない。そんな、真っ黒な空間に独り取り残されていた。どこまで続いているかも解らないこの真っ黒な空間。その外側から、声が聞こえた。
「…こいつの両親は?」
「…殺されたんだよ。最近巷で有名な、年齢、性別、名前不詳の殺人鬼にな。」
「確かそれって…。」
「あぁ。この土地に残る伝説の悪役に習って、ホルンって言われてる殺人鬼だ。
「…捜査する気にもなれないな。」
「だな。…三名事故死と。」
「兄さんは確か…このガキを助けるために死んだんだっけか。」
「ですね。可哀そうに。」
「こんな奴助けようなんて、思わなければなぁ。」
何故だろう…今、こいつらの首に襲い掛かりたくなった。…でも、体が動かない。周りも見えない。ただ、自分が回転しているかの様な目眩がした。何もできないのだと、そう悟った。ただ、落ちていく。奈落の底に落ちていく。…そんな気がした。
「中三にもなって、これかい。…自立出来てないんじゃねぇかこのガキ。」
「こいつは孤児院に送る年でもないな、さっさと家を用意してやれよ、保険金でな。」
「そりゃいいな、傑作だっっ。」
男どもの笑い声が響いた。何もできない。自分は、無力だ。何もできない。そう、何も。
「…ハイ証拠ゲッツ。」
「…まさかこんなにも廃れてるとはな。」
「こっこれは、悔朱さん‼」
「…今はもう警察じゃない。」
光だ。真っ黒な空間に、光を感じた。だんだん、周囲が明るくなる。
「紅麗、こいつらの所属は?」
「…巡査官だな。」
「詳しく解るか?」
「本部の情報を探れば行ける。」
「頼む。」
少年が近付くのを感じた。
「…無様だな、少年。…風間風輝だったか、お前はどうしたい?」
「…どうって、どんな選択肢があるって言うんですか…。」
「…お前の家族の様に、無様に死ぬか、このドブ溜めのような空気を吸いながら生きるか。」
どちらにするのか。…迷っていた。
「生きるってのは、いいぞ。…死ぬ数倍はな。お前はどうだ、生きたいか?」
何故だろう、こいつの言葉には、説得力があった。
「…生きたいです。」
こんなにも、やつれた私が、声を絞り出す。
「よく言った風輝。…おいクソ野郎ども、こいつは俺たちが引き取る。お前らは出頭しろ。」
「は…警察署にはこれから報告に行くんだが。」
「違ぇよアホか。…逮捕されに行くんだよ。…公務執行妨害になるのかな?これは。」
「労働法違反じゃなくて?」
「…んなこたどっちでも良いんだよ‼…法律覚えないと。」
そう言って、少年は私に手を差し伸べた。
「…駆真灯来だ。よろしくな。」
その手を、私は握ってしまった。
「風間風輝です。よろしく…お願いします。」
…そんな、過去の記憶を思い出していた。彼が、敵地に足を踏み入れた瞬間のことだった。走馬灯に近い感覚のように、多くの記憶がよみがえってきたのだ。それが、鬱陶しく思えた。この手は、血で染まっている。迷いを捨てろ。
レーザーの位置を把握しているのは、灯来だけ。そんな彼が、音もなく、素早く、一気に敵地に走り出し、ものすごいスピードで幾本ものレーザーをかわしていく。体をそり、かがみ、伏せの姿勢で突っ込み、そのまま逆立つように飛び、くぐり、くぐり、そり…。スピードが下がることは無かった。そのまま突っ込んでいく。しかし、これ以上目の前の敵に近づくと、足音をごまかせなくなる。最後の一本を、体をそって交わした。瞬間、片足で着地し、体を回転させながら地面と垂直に戻していくと同時に、右手で軸足に収納されているナイフを取り、回転させた勢いで切りかかる。敵が物音に気付き、こちらを振り返る当時に、一人の喉元を掻っ切る。声は出なかった。もう一人は、口を左手でふさぎ、その勢いで後ろに倒れた。そのタイミングで、声が出ないように口をふさいだまま、喉を掻っ切る。返り血が四方八方に飛び交う。そのいびつな環境を無視し、彼は歩いた。レーザーセキュリティを解除するために。目の前に、操作端末がある。そこまで移動しているのだが、その横に三人敵が、弧を描くようにいるのが見えた。
「…仕方ないか。」
灯来はまだ歩く。音は無かった。瞬間、一気に距離を詰め、まずは一人を右足で引っ掛けて転ばし、二人目を左足で引っ掛けて転ばし、三人目は喉を掻っ切る。一人目の首、二人目の首を、それぞれ掻っ切った。そして、停止のスイッチに力を込めた。…音はなく、レーザーは目に見えないため確認できないが、レーザーの端のランプが消えているため、確かに停止したのだ。
「クリア。」
この声と同時に現れた主動隊全員が、このフロアに行き渡るまでものの一分。通信支部は完全にLRPに制圧された。
「こちら駆真。通信支部制圧完了。別動隊を送ってくれ。」
そう指示だけ残して、灯来は無線を切った。
「相当地味な戦ですね。」
「潜入は地味なもんなのさ。」
「…ですね。」
灯来は、再び通信機を使って、今度は班長たちに連絡した。
「食糧庫漁っていいぞ。十分後に出る。」
そう指示を出した。すると、風輝が話しかけてきた。
「…灯来さん、私、思い出しました。」
「何をだ?」
「私たちの、初対面ですよ。」
「あぁ…お前が警察共に狩られる寸前のあの日か。」
「そうです。灯来さん、言ってましたよね、暗闇に光が見えたって。」
「あぁ、言ったな。」
「私も、あの時見たんです。灯来さんの声を聴いた時、どこからともなく光がさすのを。」
「…お前、恩返ししたってことになるのか…。」
「そうなりますね、どうやら。」
風輝はそう、笑って返した。
「ですが、あの時私は、暗闇が絶望で、光が希望なんて、気付きもしませんでした。」
「そうなのか…。」
「はい。ですから、そう気付けるあなたが凄いです…。」
「そうかよ…。」
灯来は右手で頭を抑えた。
「…今、俺の視界は暗いままだ。希望なんざ、あまり感じれてない。」
灯来が、胸の内の恐怖を明かした。
「でも、そんな暗闇でも、ちゃんと光はあった。儚く、とても細い光だが。」
「…サーチライトみたいな感じですかね。」
「そんな感じだ。進む度にそれが少しずつ強くなるのを感じる。…だから、俺は止まらない。」
「…当たり前じゃないですか。止まるわけには行きませんって。」
灯来は、窓から外を観察する。
「この次は予備変電所だったな。」
「そうです。本部の電力供給は自給自足ですが、一部予備変電からも取ってます。」
「…となると、ここが利かなくなると一部稼働が停止するか。」
「爆弾とか止めて下さいよ。見つかる原因、ていうか、警戒強まりますから!」
「仕掛けるだけさ。…遠隔式のをな。」
「…大動脈だけ切りますか。」
「そうしよう。」
灯来は、そのまま水を補給した。
「休めるのは今の内か。」
すると外から、巨大なエンジン音が鳴り響いた。窓から外を確認してみる。
「…戦闘機…。」
「そんな…軍から押収してきたのでしょうか⁈」
「いや違う。…米軍のを拝借してきたんだ。…連中、やはりバックにアメリカが。」
「これは…一筋縄ではいかないようですね…。」
二人から、廃れた笑みがこぼれた。
「とは言え、そろそろ出立しよう。残り時間も少ない。」
「そうですね。…この後の天気は晴れですが、少し曇ってきました。月も隠れるでしょう。」
「そういや、今日は満月か。」
「はい。…美しいですね。」
「だな。」
灯来は、満月を睨みつけた。
「…もとはと言えば、俺が判断ミスを犯したのが失態だよな。」
「判断ミスですか?」
「あの日…俺の家が連中の手下の標的になった日。天音を匿う為に、戦力のある本拠地が狙われるようにした。勝てる戦力はあると思ったからな。…だが、考えが甘かった。まさか、あんなにも兵力があるなんてな…。廃れたもんだよ、まったく。」
「…人間誰しも失敗を犯します。それに、あなたの判断は正しかった。目測を誤っただけですよ。…気に病む必要はありません。これからに尽力を尽くしましょう。」
「…そうだな。さっさと移動しよう。」
灯来は、そう言って声をあげる。
「全班、集合‼」
「「ハッ‼」」
そうして、一気に全員が一か所に集まった。
「これより、再び西への進撃を開始する。予備変電施設への侵入だ。心してかかれ‼」
「「ハッ‼」」
灯来は、前進を合図した。再び前衛、中衛、後衛に別れ、前進していく。またも先頭班の警戒は強く的確で、道中の敵に見つかることなく制圧、移動を完了した。
「よし、予備変電施設制圧。これより全班待機。」
「「了解。」」
灯来は、主電源を変電している装置に、C4を設置した。
「爆弾設置完了っと。」
合計四か所。ボタンを押せばボカンである。なるべく離れ、かつ安全なタイミングで全てを起爆したいところだ。
「先を急ごう。俺たちは、彼女の元に行かなければ任務は完了しない。」
「陣形…整列!」
いっきに陣形が整えられる。
「よしこれより前進。」
「了解、前進。」
そして、予備変電施設の制圧は、いとも容易く完了してしまった。
「これから先、港への通路となる。ここは、距離を取ってスナイプか、俺が行く。何より、障害物がない。遮蔽物もない。危険だからだ。その先は、見張りはいないだろう滑走路を通り抜ける。全員、屈み姿勢での移動になる。腰を痛めるがどうか耐えてくれ。」
「「了解。」」
灯来は、一番手前にいる敵を拘束し、仲間の元へ隠した。
「…ここの見張りは何人だ?」
「さ、三人だけだ。」
「手薄だな。港だからもっといるだろ?な?」
「くっ…俺含め、五、五人だ。」
「適所に配置すればそれで足りるな。よし、五人を…いや、四人を射殺しろ。」
そう言って、灯来は拘束した男の首を切った。同時に、スナイパーライフルで敵兵五人をほぼ同時に倒した。
「よし、移動開始。屈みで移動だぞ忘れるな。」
「了解。」
彼らは、道なき道を進んで行った。地道に、一歩一歩スピードの出ない屈みの姿勢で。隊員たちには、少しずつ疲労がたまっていく。しかし、彼らはそれを表に出そうとはしない。灯来たちは、ここで弱音を吐くわけには行かないと、なるべく前を無効としていた。
「本当に、敵がいませんね。」
「そりゃぁ、滑走路にまで哨戒兵がいたら離着陸の邪魔だからな。」
「そしたら、私たちもバレるんじゃ…。」
「だから屈んでんだろ。」
「そうですね。」
灯来が、その間風輝に語る、彼の知る真実の一部。それは、灯来の中でもまだ定まっていない、この世の核心に迫る物だった。
「いつか…ある隊員に、俺には伸ばす鼻がないって言った。でも、実際には大嘘つきさ。結局、この世界は嘘で回ってるんだよ。…それはもう、悲しい色に染まってる。」
「そうですね。…私はいつか、あなたの嘘全ての事実が知りたいです。」
「…この作戦が終わったら教えてやるよ。俺がどうして、実体のない組織…今回の件で明るみになった、八咫烏商会所を追っているのかをな…。」
そう言うなり、灯来は薄気味悪い笑みを見せるのだった。




