第二十一話 通信支部制圧
「…廃れてますね。」
そう声を発したのは風輝だった。小声で、誰にも聞こえない大きさで。
「ここはかなり広いです。…くれぐれも、はぐれないでください。」
通信機を通して、彼は全班長に伝達した。
「突撃。」
風輝のかけたその二文字が、戦況を大きく揺さぶった。
先頭班の活躍は、部隊でも頭一つ抜けるものだった。紅麗の判断で、中でも戦力や経験がズバ抜けている人材を多く抱えている。そのためか、彼らの戦果は多大なるものだった。
「前方十メートル先階段。螺旋階段。」
「右舷二時、部屋だ。電子制御室。」
「左舷十時、廊下。」
「後方、問題なし。」
と、一通り報告すると、次の指示は素早いものだった。
「一・二班は螺旋階段の裏で待機、三・四班は右舷制御室。五・六・七班は廊下の先へ。」
「「了解。」」
「八・九・特殊班はここで偵察待機。」
「「了解。」」
そして、一斉に先頭班が散らばった。人数をうまいこと区分けし、適所に戦力を置いている。先頭班の指揮官も優秀なのだ。一班の班員は、敵の偵察兵が後ろを向いたすきに、物陰に展開し、一気に前進した。二班はまだ扉の外で待機している。
「こちら一班。現在より三十秒後、突撃。」
『こちら二班了解。待機する。』
敵兵は再びこちらに戻って来る。緊張の瞬間である。そして、再び振り向いた瞬間、きっかり三十秒経っていた。
「動くな。声もだすなよ。」
音もなく突撃した二班によって、次々と敵兵が無力化されていく。しかし、最初の二人はゆっくりとナイフに手を伸ばし、反撃を試みるのだ。
「動くな。」
横に待機していた一班の班員が銃をつきつけ、ふたたび逃げ場がないことを悟らせる。敵兵は、その場に武器を置く他ない。しかし、残酷なのはこれからなのだ。
「よし、狩れ。」
一班の班長の一声で、班員が次々と無力化した敵を殺していくのだ。こうすることで、音もなく敵兵を確実に仕留めることができる。
「…まさか、俺たちが人殺しになるとはな。」
「ここに来た以上、覚悟していたことだろ…。」
そんな会話が聞こえる。
「とは言っても…酷すぎる。」
「罪悪感は解るがな。大丈夫か、進めるか?」
「…そうだな、俺がこんなこと考えてどうする…。灯来さんのためだ。」
彼らは、灯来を信頼していた。
「制御室、クリア。」
『了解。一から五班は階段から、残りは廊下から攻める。散れ。』
「「了解。」」
こうして、一から五班は集合した。
「合流完了。」
「了解、これより、上階層の制圧を行う。レディ。」
そう一班班長が指示をする。彼は、全班長と目を合わせて、頷く。
「カバー。」
そう言ったのは、二班の班長だった。その瞬間、先頭が入れ替わり、二班を先頭に二階に上がった。そして、階段の両脇にそれぞれで散らばると、今まで先頭だった二班がこう言った。
「レディ。」
「ムーブ。」
それだけで、今度は三班が先頭に出て、敵を制圧していく。ものすごいスピードで、敵は窮地に立たされていくのだ。先頭班が次々と入れ替わる。
「クリア。」
「ムーブ。」
後半は、この二つの掛け声がほとんどだった。次々と敵兵が無力化され、唯一先頭に立っていない五班が、無力化した敵を殺していた。
「こちら階段狩り。二階制圧。」
そう一班の班長が言うのだ。同時に、もう一方も戦果を上げていた。
後衛班。基本は前陣の援助にあたり、戦果が目立ちにくいイメージもあるが。それでも彼らは、かなりの戦果をあげていく。こちらは、風輝が指揮をしていた。
「六七、前方に散開。八散開、隠れろ。九班は後方で待機。特殊班はここで散開。」
風輝も、物陰に潜む。その隙間から、敵を偵察した。
「少なくとも敵兵力十人以上。十五人はいない。数が不特定です。気を付けて。」
時はすぎ風輝の行動で全てが始まる。風輝がおもむろに立ち上がり、無音で敵の背後に近づき、無言で銃を、MP-5を取り出し、無言で銃口を彼らに向けた。
「敵、十一名。動くな。口もつぐめ。」
風輝らしからぬ強い口調で、仲間を呼ぶ風輝。合流した仲間たちによって敵も無力化されていく。ものの数秒の出来事だ。彼らは簡単に敵十一名を殺す。風輝の右頬にも、返り血が付いた。風輝は、胸の内を隠しつつも、愚痴をこぼすのだ。
「…ったく、人助けのあとは人殺しですか…あの時救えた命なんかより、ずっと多くの命をそいでいる気がしますね。」
それを隣で聞いていた隊員がいた。
「人を救うって、難しいんですよ、風輝さん。壊すのは簡単なんです。」
彼は、持っていた銃を掲げ、銃口を死体に向けた。
「だから、一人でも…いや、二人を救った風輝さんはすごいんですよ。」
「…だといいですけど。」
彼は苦笑気味に返答した。…後ろ。何か気配を感じる。風輝は、直感だが、瞬間頭を横に逸らした。瞬間、彼の左耳元で、ナイフが空を切る音が響いた。風輝は目を見開く。まさか、自分の直感が後ろの攻撃を察知してくれるとは、思ってもいなかった。確かに風輝も高校生だ。だが、彼も灯来に鍛えられている分、紅麗ほどではないが群を抜いた実力がある。すぐに我を取り戻した風輝は、そのまま相手の肘関節を曲げるように両手で押し、左手で相手の右手を前に引出し、左足を引っ掛けてその場に倒した。そして、あろうことかまだ振り回しているナイフを簡単に奪い、そのまま首にかける。
「…動くな。」
風輝は、躊躇っていた。このまま、殺すべきなのかと。…千夜を救い、灯来を救ったこの手を、血で染めていいのかと。…いいや、迷うな。すべきことを果たす。それだけです。そう思い直す。
「…迷いは捨てました。もう、ここは戦場だ。迷ってられない。」
風輝は、語り出す。己の心中を。
「あなたの刃には、迷いがありました。それは、こいつを…私を殺していいのかという、良心との葛藤ですね。正しい心です。よき正義です。ですが、戦場に迷いは持ち込めません。それがあなたの失点でした。…ここは戦場。勝ち負けがあります。残酷ながら、あなたは負けたのです。大変残念に思いますが、私は勝者。勝者は、敗者を断たなければ、戦場ではありません。…ここで、あなたを救う選択肢もあります。ですが、今の私たちには荷が重い。…残念ですが、ここであなたの命を絶たせていただきます。」
風輝は、覚悟を決めたように、ナイフを握る力を強めた。
「…あなたの勇猛な戦果と、その素晴らしい正義感に敬意をこめて。…せめて…。」
風輝は、目を瞑り、深呼吸をした。
「せめて、一撃で。安らかに眠れ‼」
その掛け声と共に、彼は思いっきりナイフで切り裂いた。返り血を浴び、彼の、少し強く睨んだような表情の顔に、真っ赤な血痕がついた。
「すみません、時間を取りました。…覚悟はしてます。進みましょう。」
そう言って立ち上がり、風輝はナイフを倒れた遺体の懐にそっとしまった。
進む。緊張感の中、彼らは廊下の行き止まりへたどり着いた。
「こちら後衛班。廊下制圧完了。これより、階段の支援に向かいます。」
風輝がそう報告すると、先頭班の一班長はこう言った。
『こちら階段狩り。二階制圧。』
「了解。後衛班は四階を制圧します。前衛班は三階をお願いします。オーバー。」
『こちら一班了解。移動する。アウト。』
風輝が会話を打ち切った。
「これより階段から四階の制圧にかかります。その後、最上階五階を制圧します。レディ。」
「「了解。」」
各隊員からの返答が帰ってきた。彼らは、制圧にかかるのだ。
一人、走る。敵がいないことを祈り、ただ走る。味方を信用して、誰もいないと信じて。
「…あいつら。心配は無用だったかな。」
階段をいっきに上る。
「…殺したのか。」
なんともいえない感情になった。自分の命令で、仲間の手が血で染まっていく。灯来も人間だ。彼の持つ良心が、彼の心を酷く痛めた。四階にたどり着く。
「あれは…。」
緑に染まった髪の毛。彼だ。灯来は走り出した。しかし、横に敵。気付かなかった。灯来は、見つかった。敵は、叫ぼうと口を開けた瞬間、灯来の右手は、右足の太もも側面に連なる、何本ものナイフに手をかけていた。彼が声帯を震わす直前、彼は思いっきり三本のナイフを彼の喉目掛けて投げていた。叫ぶことはなかった。目の前の敵の声は、破けた声帯の隙間から、ヒューヒューと、空気の抜ける音がするだけだった。そのまま灯来は近づき、地面に叩きつけてからナイフを引き抜くついでに、首の脈を切る。これで死ぬはずだ。灯来は、三本のナイフについた血を服で拭い、元の位置に仕舞った。
「…灯来さん。」
「悪い。…よくやった。」
「いいえ。…遅すぎますよ、灯来さん。…心配したんですから。」
「…心配かけたな。だが、俺はお前らを信頼してるからここまで時間かけれたことを忘れるな。…ありがとうな風輝。指揮を代わろう。」
「はい。…ありがとうございます。」
こうして、灯来に指揮が戻り、再び音もなく四階が制圧された。灯来に代わっただけあり、風輝の時よりはるかに早いスピードで、彼らを狩っていく。いとも容易く…というわけではないが、仲間と協力し、短期決着となった。
「四階制圧。これより五階にかかる。後衛班と合流するぞ。」
「「了解。」」
そう言って灯来は、階段へと戻っていく。
「灯来さん。…おかえりなさい。」
一班長がそう言った。
「ご苦労だった。これから共同で、最上階を攻める。レディ。」
「いつでも行けます。」
「了解。」
彼らは移動しながら準備を…と言っても、ナイフの血を拭う程度の準備を済ませ、水分を補給する隊員も、皆各々の準備を済ませた。灯来は、壁際に隠れ、内部を観察しようと試みる。この偵察で微かに見えた範囲の報告。
「内部に、少なくとも二十人はいる。行けるか?」
「行けますとも。」
「行ってやりましょう。」
一班、六班班長がそれぞれ言った。
「もう、ここまで来たらやるほかありません。…捕虜もなにもいらない。全員殺します。」
そう言って、薄気味悪く笑う風輝。
「風輝。…殺しを犯し、気が狂うのは解るが、必ず戻ってこい。」
「解ってますよ、灯来さん。…私は今、人間としての理性を失うわけにはいかないんです。」
「…それは、どうしてだ?」
「決まってるじゃないですか…。」
風輝は目を軽く瞑り、深呼吸をして告げた。
「今の私には、守らなければいけない人がいるからです。」
「…そうだったな。必ず、生きて帰らないとな。」
「はい。…今のところ、この主動隊に負傷・犠牲者はゼロです。」
「報告どうも。」
灯来は、戦略を練りつつ、班長たち一人一人に目をやった。
「…私は今、時代の境界にいます。…その居心地がいいんです。灯来さん、あなたと今まで戦ってこれたことを誇りに思っています。ですから、どうか死なないで。生きて帰りましょう。」
「了解した。その依頼、承ったぞ。…必ず、成功させよう。」
灯来は、拳を作り、力を込めた。
「あの前陣の二人が後ろを向いたら潜入する。左右から赤外線レーザーが出ているから気を付けろ。…俺が先に出て、レーザーをかわし、スイッチを切る。その後、お前らの出番だ。いいな?」
「「了解。」」
灯来の目は、暗闇で怪しく輝いた。そして彼は、薄気味悪く笑うのだ。
「…さて、奴らの戦力。…拝見と行こうか。」
今まで前陣に出ることのなかった灯来。今回の作戦で、初めての単独潜入だ。
「灯来さん。…健闘を。」
風輝と目が合う。彼らは、軽く頷いた。そして灯来は、動き出した。




