第十九話 突撃
一人一人が、緊張で高ぶる胸を抑えながら、地下通路となっている水道管を歩いていた。目の前は盲目で、まさに何も見えない。そんな暗闇を、大所帯が隊をなして歩いているのだ。各々、持っている感情は様々だった。しかし彼らは、絶望、希望の、大きく見れば、この二つに別れる感情の内、絶望を…負の感情を抱いた者は誰一人としていなかった。彼らは期待していた。これまでの味方の敵討ちを含めた、灯来への期待だった。
「これより、ホットゾーンへ潜入する。後方へ伝達せよ。」
「了解。」
先頭で誰かが会話していた。先頭する一から十班の班長は皆、かなり優秀な面々をそろえていた。そのため、過信とまではいかないが、灯来は彼らを強く信頼していた。
「警戒。」
「右舷警戒。」
「右舷警戒せよ。」
前衛、中衛、後衛と続いて、情報が伝達していく。これだけの大所帯でも、情報が錯綜することはなかった。これだけの大所帯が、マスクで顔を隠し同じ装備で進んでいる。
「警戒解除。」
「了解前進。」
「前進。」
情報がすぐにでも隅々に伝わる。
「ホットゾーン、警戒。これより沈黙。」
この紅麗の指示に、全員は頷いた。
「よくここまで隊を育てたな。」
「…ほとんど独学での戦術だ。陸自と比べたら、動きの良さは一目瞭然。」
「だが独学でここまでこれたのは、かなり凄いんじゃないか?」
「だといいがな。」
紅麗と灯来が小声で会話した。
「残り三百メートル到達。」
先頭が指示した。
「…三百メートル。悪くないペースだ。」
「十五分で二百メートルか…。よし、この調子で落ち着いて行こう。」
「了解。」
紅麗の声に、灯来が返答した。
「灯来さん…この先、例のトラップが仕掛けられてますが。」
「…取り除いてこよう。」
灯来は、そそくさと先頭へとかけていった。
「トラップ?」
「いわゆる、〝ねずみよけ〟です。」
「…お前も言うようになったな。」
灯来はようやく先頭に出ると、全員に待てのジェスチャーを出した。
「…全軍停止。」
そしてそうつぶやくのだ。
「…たしか、ここに仕掛けた。…これか。」
紐が、無数に、様々な角度で壁から壁まで結ばれており、これに引っかかるとブザーがなる仕掛けになっている。灯来は、その紐を一つ一つナイフで切り取っていく。
「…仕掛け一つ解除次第、足元に気を付けて前進。滑るなよ。」
そう告げた。
そこから二十分、解除しては進み、また解除しては進みを繰り返す。
「…到達点、見えました。」
「第一目的地目視。目標までの距離、あと百五十。」
最後のトラップを解除し終えた灯来は、軍の先頭にこう告げた。
「トラップゲート突破。これより、通常時陣形に整え直す。そのまま進め。」
「了解。」
一班班長の声を聴いた後、灯来はまた後ろに戻った。特別な指示には声を出して反応。それ以外は極力、反応をしない。それがLRPの沈黙形態。完全なる沈黙ではないのが特徴だ。完全なる沈黙は、灯来が前に歩く人の左肩に手を置き、少し長く、その後また短くポンと乗せる合図によって、始まる。それが全軍まで伝わるのに、二百人で二分という驚異のスピードであった。
「目標まであと百。」
「ペースが上がったな。」
「トラップゲートを突破したからだろう。」
「灯来さん…第二トラップゲートは?」
「あれは敵が攻める前に撤去してた。…老朽化が進んでて。」
「そうなんですね。」
「あぁ、この基地をもらい受ける前からあったもんだから。第二トラップゲート。幻のトラップゲートだ。あれはなかなかに突破できない。構造を熟知している自分でさえも、突破は難しい。だから撤去した。」
そう灯来は説明した。灯来も、風輝も、グレーのジャケットを着ている。若干だが、建物への迷彩効果が期待できるからだ。
「…そろそろだな。」
「はい。…仮拠点設営の準備をしてきます。」
「頼む。」
そう言うと、風輝は後方へと消えていった。
「目標まで五十メートル。」
「…やはりいいペースだな。この調子なら戦果も期待できそうだ。」
「それはやはり、仮拠点の効果も影響してくる。留守番頼むぞ、紅麗。」
「おう。」
「目標鎮圧後は例の最短距離ルートを制圧する。そしたら、お前もこっちに合流してくれ。」
「了解した。」
「…多分、戦力が足りない。」
灯来はそう言葉を零した。
「安心しろ。ルートが確保されたら、補給物資と銃座を抱えて走ってやる。」
「歩いて来い。…だが、ありがとうな。」
「お前…。」
「は?」
紅麗が、少し呆れた声をあげ、灯来もアホな声をあげる。
「丸くなったな。」
「アホか。俺は今でも角ばっかだぞ。」
「その長い髪しといて、寝ぐせ直さないからだろうが。」
「こいつはアホ毛って言ってな…ファッションなんだ。」
「…あとで髪の毛洗って来い。」
「…へいへい。」
紅麗の言葉に、灯来は渋々返答をした。
「…現在時刻は四時か。」
「拠点設営と休憩をはさんだら丁度いいくらいだな。」
「みたいだな紅麗。設営の指示は頼んだぞ。」
「了解。」
「三十…二十…目標まで十メートル。」
「…到着だ。」
エンジンルームに到着した。
「よし、出口から一人一人、確実に出るんだ。風輝、メンバーの安否を確認しろ。」
「了解です。」
「別動隊は荷物をそこに。」
「了解。」
全員の安否が確認できたところで、灯来は指示を出した。
「よし、これより、仮拠点を設営する。紅麗の指示の元、別動隊が主となって設営してくれ。主動隊はそのお手伝いと言ったところかな…。支援してやれ。」
ここから、拠点設営に時間を浪費していった。
「…そうだ、そのテントはそことそこ。よし、固定しろ。よし完了。」
紅麗の素早い指示で、次々とテントが設営されていく。
「あぁ、ご苦労。そのロッカーはそっちのテントに置こう。中は薬類だ。」
「素早い指示で助かる。」
本当に手際がよかった。
「お疲れ様。ありがとう、お前のおかげで予定より早く設営が完了した。」
「お前…。」
「は?」
「本当に駆真灯来か?」
「…何か癪だな。」
「今まで感謝なんてなかったのに。」
「アホか。…これでも結構、感謝してたわ。」
「…どうだかな。」
「よし、拠点は完成だ。時間まで、静かに休憩してくれ。」
総員が頷いたのが解った。
「俺たちは機材を用意するぞ。」
「了解です。」
「了解。」
灯来と風輝が続いた。
「…メインシステムはこいつでどうにかなりそうだな。」
「そうですね。…この水力発電で最低限やっていけそうです。」
「…通信回線を傍受した。相手側に気付かれることはない。これで衛星通信も可能だ。」
「これで無線通信も可能か。」
「そうなる。前班長、集合。」
灯来が小声で招集をかけた。
「全員にこいつを配っておく。」
「…これは?」
「小型無線機だ。イヤホンになってる方がスピーカー、この先端がマイク。」
「…受話器のように伝達するタイプですか。」
「左様だ。衛星通信を奪った。これなら地下でも地上でも通信可能だ。」
灯来が、自分の右耳にさす。
「こいつで、緊急時や対処が必要な時にコールしてくれ。周波数はすでに合わせてある。」
「「了解。」」
「各班は任せた。二十分後、ここを出立する。予定より三十分早いがな。」
「まだ日は落ちきっていない。作戦自体は真夜中まで続くだろうが、健闘を祈るよ。」
「「了解。」」
灯来は、班長全員に目をやった。
「個人的な望みを言うなら、夜明けまでには作戦を完了したい。だが、作戦は困難が予想される。夜が明けても、三年経っても作戦が完了しないなら、延々とこの基地内をさまようこととなる。これは最優先事項であることを忘れるな。」
「「了解。」」
「最後に…生きて帰還するぞ。健闘を。」
「「健闘を。」」
それだけ言って、解散した。
「いいのか?」
「あぁ。私情はあまり持ち込みたくない。それに…。」
灯来は溜めて言った。
「俺はあいつらを信頼している。」
それを聞いた紅麗は、細い目を見開いた。
「本当にお前、灯来かよ。」
「…失礼な。」
灯来は、風輝の元に向かった。
「灯来さん。」
「どうした?」
「まだ解らないのですが…先ほど、彼女のためと言いましたよね。」
「言ったな。」
「あの、それどうしてですか?」
「…お前はあの短時間で、英雄になれたんだよ。それも、俺と千夜、二人のな。」
「は、はぁ。」
「…英雄はちゃんと、生きて帰ってこないとダメだろ?」
「…雄姿は背中で語りましょうよ。」
「死んだら語れないぞ。」
「生きて帰りますけど…。」
「強く生きろ。それがお前のなすべきことだ。」
「…そうですね。ちゃんと生きないと。」
「それに、強く生きないと…自分の遺志で生きたって言えないだろ?」
それを聞いて、風輝は笑った。
「何ですか、それ。…どこの英雄ですか。」
「どこか負傷していそうな言い分だがな。」
「本当ですよ。腹に穴でもあいていそうな。」
「さて、解る人にしか解らない話題もここまでに。…残り時間は少ない。」
「そうですね。必ず、生きて帰って、彼女を連れ戻しましょう。」
その風輝の頷く灯来。彼の拳は、固く、固く握られていた。




