第一話 依頼
とある高校。職員室は一階。その三つほどの部屋を挟んだその先。旧教科準備室という札が掲げられていたこの部屋の中には、椅子と机がある。その椅子に腰かけ、背後の窓から夕焼けになりかけた日を浴びる、夏服の生徒が一名、そこにいた。男子にしては長い髪の毛は、肩までかかっていて、右手首には短めの黒のバンドを巻き、目つきは鋭く、目の前の男性教師を射抜いていた。
「駆真さん、以来の件の報告とのことでしたか?」
「そうだ。君らからの依頼だが、片付いた。確かに奴らはかなりの悪戯をしていたようで、当然その中には、テスト点の改竄も含まれている。証拠はそこの資料に乗せておいたから、後の判断は任せるよ。この件には警察は関わっていない。法廷ももっぱら。だから、身分の上下やらなんやらは起こらないだろう。」
「ありがとうございました。」
「また何かあったら言ってくれ。」
そういって、その男性教師はドアの向こうに消えた。
「ふぅー。」
腑抜けた息を吐く。五分くらいボーっとしていたら、ふとドアがコンコンと音を鳴す。
「…入っていいよ。」
「失礼、します。…駆真灯来さん…ですよね?」
一人の女子高生、たしか、同じクラスにこんなやつがいた気がするが。綺麗な黒髪は、肩を通り越して胸の辺りまで伸びる長い髪だった。円らな瞳が灯来の目を射抜く。
「緋居天音と言います。お時間、よろしいですか?」
おずおずと聞いてくる少女。…緊張しているようだった。
「あのなぁ、わざわざ同期相手に緊張しなくていいだろ。そこに座れ。」
灯来は一つのソファを指さした。
「んで、なんでここにきた?」
「あ、えっと、灯来さんがここにいるって聞いたから。」
「誰から?」
「…鍵沢先生から…です。」
「あの先公…なに秘密漏らしてんだよ…まぁいいか。止めてないし。何の用?」
「実は、最近…誰かにつけられている気がして。痛い視線を感じるんです。」
「なるほど。…まぁ問題っちゃあ問題か。それほど大きな事でもない気がするが。」
「時間は、登下校時で、通学路の時です。」
「その情報、最初に誰に話した?」
「…鍵沢先生…です。」
「…なんか引っかかるな。」
実際、この時点では何も引っかからない。だが、灯来は別で何か違和感を感じていた。
「…気のせいか。天音だっけか、今日、部活は?」
「ないです。」
そう言って、首を振る天音。
「解った。今日は普通に帰ってくれ。その後を付ける奴を特定し、後を俺が付ける。」
「ありがとうございます。」
「家まではどんくらい?」
「えっと、十分しないくらいです。」
「解った。準備してくれ。出る前に一回、ここに来ること。」
「解りました。有難うございます。」
そう言って、少女、天音は深く頭を下げた。
天音が部屋を出たあと、灯来は一言呟いた。
「俺も、準備するかな…。」
立ち上がる灯来。壁にかかっていたパーカーを羽織った。鞄は持たない。身軽でいいし、ここが第二の家のような場所であるからだ。だが、最低限の荷物は持つ。携帯で、校長に今から帰りますとメールを送った。そして、黒革のグローブを手にはめる。そのタイミングで、再びドアがコンコンとなった。そこから一人の少女が顔をのぞかせた。
「天音か。いいよ、準備できてるから、気を付けて下校してくれ。」
数分後、黒い髪に、黒いスーツ。細い目で天音を見る…監視しているような男を見つけた。こいつか…と思いつつ、灯来はその後を付けた。
そしてさらに数分後、天音が扉の向こうに入っていったタイミングで、驚くべきものを見た。先ほどの男が、そう、男が銃を取り出したのだ。途中から、二人に増えたのは知っていた。二人目の男は、大きなケースを持っていた。だが、中身が89式であることまでは流石に解らなかった。
「くそ、野郎ども…。」
灯来はとっさに、Vz-61スコーピオンを取り出す。一、二発撃って、男の手に被弾。悶絶した男は、一発と撃つ前に89式を手放した。もう一人がとっさに89式を取ろうとしていたが、好きを与えずにその男の足を撃つ。男二人の叫びが聞こえる。
「来るな‼」
玄関まで天音がくる音がした。俺はたまらず、声を上げた。
敵襲だ。完全なる敵襲だ。二人だけではない。二人を倒し、俺が天音に叫んだ直後、背後、右舷、左舷、ほぼ全方向から、同じスーツ姿の男が何名も現れた。
「ぐっ。」
俺は通信装置の電源をオンにし、イヤホンとマイクが一つになっている小型無線機を右耳にはめた。
「敵襲だ。場所を伝える。至急自衛隊か機動隊を呼んでくれ。うちの隊でもいい。」
俺は身を翻す。敵の数は、ざっと五十以上。さらには、全員、何かしらの銃器を手にしていた。おぞましい光景である。この日本で、よりによってこの日本で、テロか?思考しているあいだだけ無駄なのだ。一人が、ハンドグレネードのようなものを投げつけた。
「伏せろぉ‼」
中にいるであろう天音に俺は叫んだ。スコーピオンでそれを撃ち、空中で爆発させる。少なくとも、俺は幾らかのかすり傷を作ることになった。
「ぐぅ、こっちが蜂の巣になってる。早く来いよ、警察共が。」
俺は打ちながら後退していった。瞬間、ドアが開かれた。
「お前、何やって⁈」
「入って‼」
俺はフードを掴まれて、強引に中に引き込まれた。
二階に走る。走りながら、言う。
「無茶言うなよ。」
「…ごめんなさい!」
「ってかお前、何をしたらこんな大事にできるんだ。」
灯来は呆れながら天音に聞いた。
「入って‼」
天音が勢いよく部屋の扉を開けた。
「お前の部屋か⁈」
「そう!」
正面の窓から、この家の庭、向かいの公園も見えた。さっきグレネードを投げつけられていた部屋だろう。
「野郎、まだ諦めていなかったか‼」
灯来は彼ら目掛けてスコーピオンを打ち出した。素早くマガジンを交換し、再び斉射。一方天音は壁に張り付いて伏せていたが、耳を塞いでいた。この家の素材は頑丈らしく、弾丸はたいして貫通していない。だが、俺は天音に防弾ジョッキを着せた。
数分間、ただの籠城戦が続いた。何回か、グレネードを空中で爆破させたりして防いだ。グレネードの被害はまだ来ていない。
「…おかしいな、相手が一斉交代をしてからだいぶたつのに、戦況が壊れたままだ。」
天音が驚きながらこっちを見た。
「…まさか‼」
別の場所から銃声が来た。
「おうら、来てやったぞ!」
「あんにゃろ、あとでひっぱたいてやる。」
国家組織の下部の下部、紅麗と灯来が率いる、国家組織最下部の機動隊、LRPと警察の機動隊が来ていた。灯来は、窓から一気に飛び降りる。
「遅い‼遅すぎるぞ‼」
灯来が叫ぶ。
「仕方ねぇだろ⁈」
言い訳する紅麗。気にせず灯来が敵をバッタバッタと投げ飛ばす。
「スナイパーに連絡、奴らがハンドグレネードを撃ってきたらそれを撃て。」
「「「了解。」」」
LRPが誇る、三人の狙撃手が応答した。
「紅麗、こいつら全員。殺していい?」
「いいだろう。さっき憲法機関に許可を取った。すでに何人か捕虜にとってある。」
「その声が聞きたかったぜ。」
灯来は、銃器を左でもつ癖がある。スコーピオンを左手だけで打ちながら、体術を駆使して敵を倒していった。
「弾切れ…食らわしてやるよ、弾丸の雨を。」
スコーピオンを目の前の敵にぶん投げる。銃器の重さは舐めない方がいい。痛い目にあう。事実、目の前の敵は今痛い思いをしているわけで。そいつの足を絡め、引き寄せ、右手でそいつが持っていたナイフを奪い、首を切る。反対側から来たそいつの首を切った直後、そいつが持っていた89式を手に、フルオート掃射した。目の前の敵がバッタバッタと倒れていき、最後の一人が前倒れになって過呼吸を繰り返していた。
「…一丁終わり。」
灯来が彼の耳元でそう囁いた。バン!と、銃声が響き渡る。
「紅麗、中に天音がいる。署まで…いや、警視庁まで連れていけ。」
「解った。」
「天音、降りてこい!」
死体の掃討が終わったことを確認して、呼び出した。彼女の顔は、青ざめていた。
「天音、大丈夫か、怪我はない?」
「大丈夫…。」
「?」
「灯来、顔洗って来い。返り血だらけで、とても少女に見せる顔じゃないぞ。」
「え?マジで?」
「お前、腕は立つのに、頭が切れないとは…。」
「え?頭切れない?これでも、参謀としての評価は最高だよ?」
「いいから顔洗って来い。」
「お、おう。天音、洗面器かりていい?」
天音はこくんと頷いた。
数分後、顔を洗った灯来が出てきた。
「人員輸送車を出せ。奴らがアジトの位置を吐いた。そこに向かう。」
「了解。」
灯来は輸送車の助手席に座った。
「…お前。」
運転席についた奴の腕を掴む。
「俺の名前を答えろ。」
「…?駆真灯来でしょ?なにを言って…。」
瞬間、灯来の拳は、運転席についた奴の顔面にとんだ。そして、車を降りる。そして、運転席側のドアを開け、運転席に座った男の襟を持って叩き落した。…呼び捨てるのは隊でも紅麗だけなんだが。
「こいつも奴らの仲間だ。連れていけ。」
「は!」
数十分後、警視庁に到着した。
「天音、お前はこれから事情聴取を受けることになる。荒々しいマネをしたらそこの紅麗がそいつの顔面の形を変えてくれる。何かあったらここに連絡してくれ。」
そう言って灯来は自分の携帯の連絡先を差し出した。
「ありがとう、ございます。あの、灯来さんはこれから、どこへ?」
「俺は奴らのアジトを潰しに行く。」
「私も行きます!」
「ダメだ。危険すぎる。お前の出る幕じゃない。」
「でも、発端は私のせいで!灯来さんにこんなに沢山の傷を!」
「傷くらいどうとでもなる。自分の命を重んじろ。」
「だったら、灯来さんも自分の命を大切にしてくださいよ!」
「ふっ。」
灯来は、彼女の言葉を吹聴するかのごとく、笑い飛ばした。
「俺はそんなに弱くはないぞ。さっきの乱闘だって、力の半分も出してない。」
「だったら、何ではじめっからその力の本気とやらを出さなかったんですか?」
痛いところを突いてくる。だが、それにもちゃんと理由があるんだ、これが。
「殺していいものか、警察の首を掴んでおこうと思ってな。来るまで待ってたんだ。」
灯来は、天音の肩に手を乗せる。
「俺のことは気にしなくていい。自分を責めなくてもいい。まずは自分の無事を喜べ。罪を問うのはその次だ。いいな?」
それだけのこして、灯来は身を翻し、天音の目の前からさろうとした。
「あの‼」
天音の声だ。
「生きて、帰ってきてください‼」
その叫びが、灯来の耳に届いた。




