第十七話 悲しみの色
その話題は、世間ではかなり注目された。
「…たかだか一度の地震でねぇ…。」
「震源が今まで震源のなかった地域とのことで、なかなかに注目されてるみたいです。」
風輝と灯来は、コーヒー片手にテレビに見入っていた。
「震源は確か、日本南の太平洋だったか、四国沖をずっと南に行った…。」
「あそこは何のプレートもありません…海底火山は知りませんが、地震が起きたことは少ない…ほとんどないそうですからね。」
「明らかなる異変…ってことだろうな。」
「…灯来さんが追っている連中と何か関係が?」
「…連中の行動が地震につながるってのか?…そらなかなかに考えにくいぞ。」
「そうですよね…どっちにしろ、我がLRPの一部地方拠点が完全に呑まれてしまいました。」
「だな。さすがに津波による災害には勝てなかったようだ。」
「他の支部から、被災地への支援や物資の補給をさせています。」
「それでいい。…さすがにこれは、無視できるわけがないからな。」
「そうですね。私たちも協力しましょう。」
「…全面的にはできないけどな。」
灯来は、その場でソファに座り込んだ。旧教科準備室で二人、後ろの天音を置いてった話をしている。
「私全然話題について行けてないんだけど。」
「悪い、業務の話だからついてこなくていい。」
「何それなんか酷い。」
「仕事にまで首を突っ込むな。…何なら、缶詰被災地に届けてこい。」
「…行っちゃっていいの?」
「体力持つ?」
「持たない。」
「ならここにいろ。」
「ですよね。」
灯来は、テレビの音量を下げた。そして、座って間もないのに再び立つのだ。
「風輝…警戒を強化しろ。」
「やはり、彼らと関係が?」
「念の為だ。…さっきは茶化したが、最近の科学は舐めない方がいい。」
「ですね。了解です。」
灯来は、上着を着て、持っていたマグカップを自分の机の上に置いた。
「灯来、今度はど―」
「屋上行ってくる。」
天音が言い終わる前に、灯来は部屋を出ていった。
「忙しないのね。」
「…ですね。」
風輝も呆れているようだった。
屋上に出た灯来だったが、フェンスギリギリまで駆け寄り、六階の高さから地上を見下した。そして、灯来は天を仰いだ。空は青い。快晴。雲が円を描くように頭上を旋回していた。何もない。誰もいない。そんな空間だった。その静けさに一点、煩いハエが宙を舞っていた。煩い羽音…いや、ローター音を響かせた、軍用のヘリだった。灯来は、そのヘリを凝視する。そう、それは数分前のこと。耳にさしていた通信機に、紅麗の声が届いたのだ。
『ここから南方…何かが高校に向かっている。恐らくヘリか何らかの飛行機だ。』
その正体を確認するために屋上まで来た。しかし、彼は恐ろしいものを目撃した。
「何だ、あれ…黒のボディに描かれた…何かのロゴか?」
一本が四本の枝に別れた木のような形の小さな何かが四つ。…それが、イチョウの葉のような形をしたものが下についた、胴体のようなものにつながっていた。そしてそれは、リングのように、腕のようなものを広げ、鳥のような頭を持っていた。その黄金の刻印は、赤い目をしているのだ。灯来は目を見開いた。
「…八咫…烏!」
直後、大きな爆発音が響いた。
「んなっ⁈」
塀が壊され、ぞくぞくと敵兵たるものが入ってくる。
「…連中が受け持つ軍隊…傭兵か‼」
灯来は急いで階段を降りた。
「風輝!天音を上に‼」
「りょ、了解です‼」
風輝は走って天音と合流しにいった。
…まさか今日来るなんてね。…休めないじゃないか。所々で、爆発音。校舎の中にまで侵入させてしまった。防衛しようかと試みるが、間に合っていないのが現状である。
「きゃぁっ‼」
「ほら吐け!緋居天音はどこにいるんだ⁈」
その場で立ち往生している少女たち数名の前に立ちはだかる男たち。その内の一人が、彼らが今日して持つ銃、PP-19ビゾンを向けた。
「吐かないとどうなるかな。」
ゆっくりと、着実に。
「…た…す、けて。」
誰かが、そう言葉を漏らした。
「…間に合え。」
パァンッ‼…間に合わなかった。が直後、ガキンッという金属音。
「あっぶねぇなぁ…。」
灯来は、その男が放った鉛弾をとっさにナイフで受け止めたのだ。
「んなっってめぇ‼」
そいつが、ふたたび銃を斉射…できなかった。その前に灯来が右手を伸ばし、彼の顎を上げる。その瞬間、ナイフを持った左手が、銃を持った彼の右手をはじき、無防備となった胴体ではなく、その襟をつかみ…その時点ですでに後ろにまわっていた右足で下半身を引っ掛け、そいつを後ろに倒した。彼は右手をはじかれた時点で、ビゾンを手放している。そのまま、灯来は目の前の五人を連続の関節技で押し倒した。
「あ…ありがとう。」
「礼を言う暇があったら走れ!裏の出口は確保されてる、あそこさえ守り切れば引けるはずだ‼」
「は、はい!」
少女たちは、走り去っていった。
「…これだけ離れればいいよな…。」
灯来はそう言う。彼は彼の愛銃、スコーピオンに手が伸びていた。
「…ゴキブリは殺す。…俺のモットーなんだ。」
そう言って、地面に群がる敗者を次々と殺していった。
だめだ…どこにいるんだ、天音…。灯来に言われた。天音を探して来いって。解ってる、解ってるけど…。
「どこなんですか一体⁈…天音さんは灯来、アンタのお客じゃないですか…。」
初めて灯来に愚痴を言った。どうやら私も…かなりやつれていたようだ。注意力を怠った。突然崩れる足場。五階…最上階のここは、もうすでに大分やられていたのかもしれない。
「うっあぁ‼」
少女の悲鳴じみた声が聞こえた。ここの生徒だろうか…。ともかく、その悲鳴のもとにいってみる。それは、別館と本館の渡り廊下だった。別館にはすでに、例の敵が散乱としていて、若干黄緑掛かった白髪、ショートヘアの少女は、本館に走ってきていた。しかし、その渡り廊下も倒壊しつつある。
「速く‼こっちに走ってきてくださいっ‼」
必死になって走っているが…。危ない、かなり危ない。っと思ったがすぐ、倒壊が始まってしまった。
「やだ…死にたくないのです…。」
「まだ助かります!走って‼頑張って‼」
「ぎゃっがぁぁ‼」
「んなっ⁈」
突如、橋が倒壊した。こちら側まであと数歩…しかし、橋は完全に落ちている。
「飛べェェェ‼」
その風輝の声を聴き、少女は橋から飛び出した。
「届いて…。」
そう声を漏らして手を伸ばす彼女。灯来も、思わず手を伸ばす。
「届けっ‼」
そう風輝が低く唸ったあと…建物は完全に倒壊した。パチンッ‼高い音が響く。建物は半壊、橋の残骸は、屋根だけが形骸化して、かろうじて残っている形だ。屋根までが倒壊では、二人とも助からない。…幸運というべきだろうか。その瓦礫で腕に圧力がかかり、かなり痛い。
「よかった…のです。」
「届きましたね…。せいっ。」
風輝は、力を込めて、彼女の体を引き上げる。右手で彼女の左手を握っていた。
「…右手を床に…かけてください!」
…一時はどうなることかと。二人は、別館と別れてしまったことで外と繋がってしまった穴の近くに座り込んでいた。
「…災難でしたね。」
「助けてくれて…ありがとう…なのです。」
「無事でよかった…。こちらこそありがとうございます。」
「あの…私、紫月千夜なのです…よろしくなのです。」
「よろしく尾根いします、風間風輝です。」
風輝は、一泊置いて告げた。
「…ここはもうだめです、避難しましょう。」
「…解ったのです…行くのです…風輝先輩。」
「行きましょう…道中は、私がサポートします。」
「頼もしいのです…安心なのです。」
二人は、廊下を歩いて行った。
…灯来は、その後も敵兵をどんどん撃ち殺していった。まるでなにごとも無かったかのように、何度も何度も。何人やっただろうか…敵の攻撃が、ぴたりと止んだ。
「残党は⁈」
灯来は学校中を走り回った。ふと、校庭を見てみる…そこには、撤退していく敵兵の姿があった。
「連中、もう撤退するのか⁈…連中が潰したい中央指令室はここなのに。」
そこで、灯来の頭に電撃が走った。
「まさかっ⁈」
校舎中をお駆け回った。しかし、生徒の死体は無かった。瓦礫も探った。…それらしい部品は見当たらない。生き残りと、今日の出席を確認した。…やはり、一人だけ数が合わない。
「どこだ…どこにいるんだ、天音。」
走る。誰もいない校庭に独り佇んで。灯来が今耳につけている通信機。そこに、反応があった。…雑音だ。色んな音が混ざった雑音。まさしく、聞くと頭がおかしくなってしまいそうな雑音だった。
『…天音……はぁ……っだいた…繰り……す、天音は頂いた!』
最後、はっきりと聞こえたぞ。…人質ってことなのか…⁈
「どういうことだ⁈おい、応答しろ、この野郎ども‼」
思わず叫ぶ灯来。
『…八咫烏商会所より』
「八咫烏…おい、どういうことなんだ⁈」
その後は、雑音ばかりだった。
「ちっっっっっっっっっっくしょうがぁっっ‼‼」
誰もいない校庭で、一人叫ぶ。まただ、また…こんな失態を犯した。自分は、少のための多の犠牲を無くしたかった。敵は殺しに来る、だから殺す。何より、これは俺の復讐でもあるから。だが、何の関係もない生徒…まさしく、俺に依頼をしてきた生徒だけが、今回連れ去られてしまったことへの罪悪感、後悔、遺憾の念が次々と押し寄せる。もうだめだ…俺は何度過ちを犯した?数えきれるわけがないだろ。何もできないクセに…連中にたった一人で戦おうなんて…たったの一人で、八咫烏とかいう、規模も組織も解らない、情報の無さすぎる相手に挑もうなんて、無茶な話だったんだ。…だいたい、誰にこんな気持ちが解る?誰にも言えない秘密を一人抱えながら…周りが知ってしまったら、周りが危険に…殺されてしまうかもしれないような秘密を一人抱え込みながら、一人で多くをこなして、八咫烏をも討伐しなければならないこの重みが。無理だったんだ、無理難題だったんだよ。…俺なんかに、到底出来るわけがない。…無駄だった、今までの苦労と努力が無駄だった。散々準備して八咫烏と戦おうったって、勝てるわけなかったんだ…目測を誤りすぎた。…もう、俺には無理だ、あとは紅麗たちが勝手にやってくれ…。
「疲れた…疲れたんだよ、もう‼仕方ないだろ‼」
彼は、銃口を頭に向けた。先ほどまで快晴だった空は、厚い雲に阻まれ、ぽつぽつと雨が降ってきた。疲れたため息が漏れた。…死ねば楽になれる、今まで殺してきた連中に、あの世で贖罪できる…これほど願ったことはない…。もう、死ねる、何もない…未練など、何もない。あとは、頼んだぞ…紅麗、風輝、LRPのみんな…。俺はもう、死ぬから…。
「…これが、悲しみの…色なんだな…。」
そう言葉を残し、彼は引き金に指を伸ばした。
…間に合ってくれ!灯来を、今死なせるわけにはいかないんだ‼風輝は、千夜を連れながら、彼女の手を引っ張りながら、校庭を目指していた。
「君はここでいい、ここになさい。雨にぬれないようにいてください。」
「私も行くのです‼」
そう、彼、灯来を探して。…雨のなか、ずぶぬれになりながら。…響いたのは発砲音だった。




