第十五話 敗北と罪と
何かを吐け。この言葉を何度言ったことか。
「…!」
まだ灯来は殴ってしかいない。だが一向に話す気配はなかった。
「ガキだからって舐めてないか?」
「みてぇだな紅麗。仕方ない、少々強気に行くか。」
六畳ほどの狭い空間に金具で縛り上げられた一人の男を見下ろす。コンクリで固められた蒸し暑い空間で、灯来はグローブを付け始めた。
「それ、銃用じゃないの?」
「それもあるが、殴るときの拳守りってのも大きい。」
「なるほど…一石二鳥か。」
「まぁな。だが革の消耗が激しいのも確か。あまりこいつで殴りたくないね。」
まず一発。鈍い音が響く。
「歯が数本折れてら。」
「まだ喋る気にならないか?」
「ぐ…。」
「じゃ、まだ頑張るか。」
飛び出したのは灯来の足だった。
「グフッ!」
「…喋れるうちに話したほうが楽だぞ?これ以上は俺がハイになってくる。」
「さらりと恐ろしい事を…。」
灯来はこいつを睨みつけたまま、灯来の膝は彼の左頬にめり込んだまま。
「横領した武器はどこに流している?」
灯来は疑問を投げかけた。
「…あ、ある商会だ!」
「商会?」
「いや…会社だ‼」
「どっちだ⁈」
灯来の怒気をはらんだ声と共に、再び鈍い音が響く。拳が彼の腹に飛んだのだ。
「ぐ…、や、八咫烏だ、八咫烏‼」
「八咫烏…。商会?」
「いや、か…かい―」
「伏せろ‼」
叫んだのは灯来だった。紅麗はその場で伏せた。灯来は、近くにあった木製の小さな机を二人のバリケードになるように目の前に置いた。
「何を⁈」
直後、爆発。
「人間爆弾だ‼」
「な⁈」
「ありゃきっと、八咫烏がキーワードになって情報を漏らしたものを殺す仕組みになってるんだ…してやられた!」
「先に調べるべきだった。」
「いや…下手にいじくれない仕組みになってるはずだ…畜生!」
床を殴りつける灯来。
「進展があっただけましだ。」
「…だといいな。増援を呼べ。」
「解った。」
目の前ではまだ燃え残りが目立つ。コンクリートは丈夫とはいえ、火にあたると脆くなる。さっさと消火したいところだが。
「…また…まただ!次はない…次はもう、ない。」
灯来は消火を仲間に任せ、現場を後にするのだった。
「灯来…お前は何をそんなに急いでいるんだ…。」
紅麗はよろよろと立ち上がる。
「こんないい勘しやがってよ。」
目の前にバリケードの役割をしていた木造の机を蹴り飛ばす。そこへ、仲間が駆け寄ってきた。
「早めに消してくれ、喚起が追いつかん。幸い、燃え広がることはない。煙の処理だけ注意してほしい。」
そう指示を出し、紅麗もその場を後にした。
「え…。」
「天音か、どうした?」
「どうしたって…その傷、どうしたの?顔も少し黒いし…。」
「…少し煙を浴びただけだ。」
「煙⁈え、どういうこと⁈」
「…知らない方がいい。」
「え…灯来⁈」
灯来はそのまま立ち去る。一人腰を抜かした天音を置いて。黒いススをつけ、いくつかの切り傷を作り、雨に濡れた灯来は、ある決意を固めていた。
シャワーから出た灯来は、白で囲まれた明るい会議室で、二人立ち話をしていた。
「どういうことです⁈」
「つまり、奴らはどちらにせよ俺たちを消すつもりらしい。残念ながら、俺たちの居場所は連中に知られたとみて間違いないだろうな。」
「何故解るんです?」
「先の件ですでに俺たちの情報は連中に知れ渡ってしまった。今回爆発が起きた理由は、仲間の吐露が原因だと解れば、拷問した連中が爆発現場に居、彼らにとっての敵の場所だと解る。」
「そんな…手は打てないんですか?」
「八咫烏…連中はそう言っていた。」
「三本足の伝説の烏ですよね、それ。」
「ああ、何を意味しているのかは解らない。」
灯来は二人分のコーヒーを注ぎながら語る。
「だが連中のコードネームであることは間違いないだろうと推測している。」
「そうなるでしょうね。」
「最後、『かい』と言い残して奴は爆死した。つまり、八咫烏会社…となるのか。」
「語呂がわるい。」
「案外、そういうの沢山あるぞ。」
「だとしてもですよ。」
灯来は風輝にコーヒーを渡し、自分も一口飲んだ。
「どちらにせよ、ここで万事休するわけにもいかない。先手は撃たれた。あとは反撃するのみだ。」
「反撃…ですか。この事件って、どうしてそんなにも首を突っ込むんですか?」
「あいつからの依頼だからだよ。」
「…本当に、それだけですか?」
「…詮索好きは相変わらずだな。今は、〝それだけだ〟と言っておく。」
灯来は、また一口コーヒーを口にした。
「もう連中に住処は知れ渡っただろう。裏の組織が一気にここになだれ込む。」
灯来は、コーヒーを飲み切り、机に置いた。
「一刻も早く、避難場を見つけるぞ。」
「了解です。」
風輝はその場を後にした。
「何をそんなに焦ってるんだ?」
入れ替わりで入ってきた紅麗が言葉を零す。
「敵襲だよ。」
「お前なら大抵のことは何とかなる。違うか?」
「だとしてもさ。ここが占拠されちまうのはかなり痛い。何とかしたいもんだよ。」
「何とかなるといいな。」
灯来は、紅麗を置いてその部屋を後にした。
ある一人の少年は、仲間さえも偽りも偽り続けた。敵を欺き、そのために味方を欺く。彼にとって、それは生きると同義。誰にも真実を伝えることはなかった。
ある時、それは猛威を振るい、無知の仲間を多く失った。彼の帰るべき場も失い、敵による制裁が下されたのだ。それは、誰も悪くない、誰も悪くない。
目覚めると、夜だった。外は、かなり明るくなっている。夜証明が稼働しているのだ。灯来はそれを、不思議に思う。
「何があった?」
『…敵襲だ、管制塔に急げ!』
「ッ⁈」
灯来は、走り出す。彼は常時ジャージだ。着替える必要はない。
管制塔。ここを占拠されたら、終わりである。
「灯来、こっちだ。見てみろ、もう抑えきれない。」
「武器は⁈」
「使ってみろ!俺たちの存在は終わりだぞ‼」
「最もか。畜生!状況は⁈」
「第三関門、破られます!」
「俺が行く!」
「待て灯来‼」
紅麗の怒声に止められた。
「何だ⁈」
「お前は避難をしろ。」
「この状況でか⁈」
「連中、恐らく米軍だ。例の基地の捜索が漏れていたに違いない。」
「それで俺たちに暴徒を。…連中、馬鹿じゃないようだ。」
「撃ったら国際問題になる。ここは引くのが妥当だ。」
「だが恐らく、その情報を漏らしたのには裏がある。」
「解ってる。とりあえず、俺たちの仲間は全員、隣島の空自基地に避難する。」
「了解だ。全員、即離脱しろ‼」
灯来の指示で動き出す全員。まず、彼は窓に走り、外の様子を観察した。厳重に完備された扉は、今にも砕かれそうだった。外にはすでに、味方はいなかった。裏口から隣島へと避難するヘリや船の音がうるさい。外は、まだ曇っている。この状況で降られたらひとたまりもないだろう。避難する仲間の体力をどんどん奪っていく。
「風輝か。」
『はい。天音さんはどうしますか⁈』
「いい。お前は仲間を労え。俺が彼女を逃がす。」
『…ご武運を。どうかお気を付けて。』
そう言って、通話は切れるのだ。
「予想していた展開…予想できた結末。」
多くの伝説では、反乱は阻止できることはなかった。そう記述されている。
「天音‼」
まだあいつは寝ているのか…どうだろう。今はそんなこと考えている暇はない。階段に向かう。
「うっ。」
「きゃっ。」
寝巻姿の天音だった。
「お前、起きたのか⁈」
「騒がしすぎるわ!そりゃ起きるよ…何か、あったんでしょう?」
「…逃げよう、下に向かう。」
階段の下を覗き込んだ。
「なっ⁈」
「え…どうかしたの?」
「駄目だ…上に行こう。」
「え…。」
「急いで、三つ上に向かえ!」
「えっでも」
「早く‼」
背中を押す。天音は、納得していないが、上に向かった。灯来は、C4爆弾を四つ、設置した。それぞれ、螺旋状の階段の一隅を破壊できる構造になっている。そこで、灯来は初めて階段を上り始めた。
「こっちだ!」
追いついた天音を案内し、エレベーターに乗る。そして、最上階を選んだ。
「ふぅ…。」
そして、一息つくのだ。
「何をしたの?」
「今に解るさ。」
そして、最上階。扉が開くと同時に、天音を引きずってエレベーターから飛び降りた。そして、起爆した。爆発音。耳を塞ぐ。そして、もう一機のエレベーターのワイヤーを切断した。屋上に出る。下は敵だらけ、降りられそうにない。雲の隙間から、朝日が見えた。
「こりゃ無理があるな。」
「逃げれるの…?」
「逃げれる。…必ずな。目を瞑るんだ。」
天音の目を隠した。屋上の端まで来る。柵がない端に立つ。灯来は、動き出した。




