第十四話 負け戦
「…やっぱ強ぇ。」
「フン、惨敗やな。」
「クッ。LRPの首領でありながら、勝てぬと申すか!」
「チェックメイトだ。」
「んぁ!」
灯来は今、紅麗との激戦に敗れた。ナイトが今、キングを屠った。
「朝からチェスって。…しかも灯来さんの方が弱いんだ。」
呆れながら入ってきたのは天音だ。
「…畜生。」
「まだまだ。打ち手は良いんだが、まだまだ詰めが甘い。」
そう言って白の駒を片付け始める紅麗。
「…約束、覚えているな?」
「き、貴様…⁈」
「男なら、二言は無しだ。」
「クソゥ!」
そう言って黒の駒を片付け始める灯来。
「何の約束?」
「俺がコイツのラーメン代を奢る事さね。」
「ご、ご愁傷様。」
「この野郎、俺の懐だと解ると、問答無用で替え玉三丁は平らげる。」
「…ご愁傷様。」
この後の事を考えると億劫だが仕方ない。男なら、やらなければならない時がある。それが今なんだ。灯来はそう己に言い聞かせる他なく、渋々食堂に向かう準備をする。
「天音も来るか、奢ってやるよ?」
「いいの?」
「うん、もうお前が来てもあまり変わらないと思って…。」
「…なんかその…ごめん。」
灯来は魂が抜けたような腑抜けた声を出した。
食堂、上官部屋。ここは一般兵の食堂ではなく、主に灯来や紅麗、風輝をはじめとした上官方専用の食堂となっている。とは言っても、料金もメニューも一般兵の食堂と大差なく、違いがある点と言えば、個室が二部屋ある程度だ。しかし、その個室も普段は施錠されており、特別な来客でも来ない限りは開かれることはまずない。そんな場所である。
「ラーメン。塩一丁と豚骨二丁。」
「はいよー。」
男性の店員に灯来は注文を述べた。因みに、灯来のみ塩である。他の二人は豚骨。
「らぁ…給料が…あぁ。」
「サラリーマン?」
天音が首をかしげている。
「まぁそうおっさん臭いこと言うなって。」
「誰のせいだと⁈」
拳を固く握る。黒革の手袋がギシギシと音を立てた。
三人はもくもくとラーメンをすする。灯来は食べ終わりが速く、灯来だけ食べ終えた。遅れて天音も食べ終える。
「そういえばさ、灯来。」
「ん?」
「私、最初からこっちの寮で寝泊まりすればよかったんじゃないの?」
「前から言っているが、これは俺の問題だ。あまりお前を巻き込みたくなかった。無論、それしか方法がないのならそうするつもりだが、俺の家には武器やら機密事項やらいろいろあるから長く開けることはできない。だからっていうもある。」
「じゃあ、今は。」
「時間はかかったが、全ての資料の持ち運びは完了した。武器庫は扉をロックして隠した。これだけで三日はかかった。」
「そんなに?」
「それだけの数の資料を管理してるってことさね。」
「替え玉一丁!」
「はいよー。」
そこで紅麗の勢いのいい声が響いた。
「紅麗、後で俺と訓練だ。」
「げっ。食ったの出てきちまうよ。」
「食後のいい運動になるぜ。」
そう言いながら灯来はすでにつけていた革の手袋で拳を作って構えて見せた。
「…今日は替え玉二つにしておこう。」
「それでも多いね…。」
そこで天音はあることに気付いた。
「…日頃の恨みを晴らそうったって、怪我はさせないようにね?灯来。」
「お前…よく解ったな。」
「今のあなたの目つき、説明してあげようか?」
「?」
「高校生が金をカツアゲした後のような爽快感の混じった狂気だったよ。」
「…なーんでこう、お前の例えはリアルなのかな。」
そう、灯来は時々怖い。そんな目つきをする。
それから数分後。
「そら紅麗、腰引け!まだだまだ甘い。そぅら!」
紅麗はこっぴどく絞られていた。紅麗が走ってタックルしてくる。それを寸で右に交わした灯来の右足が残っており、紅麗は転びかけるが、そのまま前回りをして体制を立て直す。
「そぅらこい、そのダミーナイフを俺に突き刺してみろ。」
そう、紅麗がタックルしているのはこのダミーナイフを灯来に当てるためだ。
「グッ!」
再び地面を蹴って右手を翻し、顔をナイフで引き裂こうとするが。
「甘い、短刀の切っ先が目標に向いてる。それでは見破られるぞ。」
と言いながら下に交わした灯来に背負い投げをされる。
「クソ。」
逆手に持ち替えた紅麗が一気に灯来の懐にくる。しかし灯来は、左腕を先に弾き、右腕を手でスライドさせてナイフをはじき落とし、顎を押しながらワンステップ後ろへ。さらに灯来は、顎を押されたせいで、一気に重心が後ろに倒れかけた紅麗の顎を引き上げながら肩を押す。
「まだっ!」
そのまま逆回転で再び経った紅麗は、ナイフを拾いに行く。
「させん。」
しかし灯来が紅麗の足を払い、ナイフを手にした。
「くるか?いいだろう、来い!」
「らぁ!」
紅麗がタックルを仕掛ける。しかし、灯来は左斜めに体を逸らし、右肩甲骨でタックルを食らう。が、その瞬間にしゃがみ、紅麗は灯来の上に乗った。瞬間、灯来は体を持ち上げ、紅麗を完全に地面に伸びさせる。
「あんたの負けだよ、紅麗。」
ナイフを突き刺してそう言うのだ。
「強い。…紅麗さんでも相当強いはずなのに、その紅麗さんをいともたやすく…。」
「紅麗さんのタックルは強烈です。普通なら防ぎようがない。でも彼は、交わすと同時に足を引っかけて転ばす。さらには、完璧に決まったであろうタックルですら、ナイフを取り上げ相手のバランスを崩し、尚且つ相手を倒してしまう。最後は、彼も動いてません。自らタックルを受け、相手の力を利用して背負い投げる。…正直に言うと化け物です。」
隣で風輝が解説を入れる。他の兵もこの稽古は見物と集まる。
「…本当に、化け物よ。」
「そんな彼でも、〝負け戦〟はしない主義だそうです。」
「何なら彼は負けるというのか。」
「でも、少しでも勝てる見込みがあるときは望むそうですよ。今朝のチェスの様に。」
「…何で知ってるの?」
「いつもの事ですから。」
風輝は笑顔で答えた。
「あ、帰ってきたみたいです。」
灯来は戻りながら小声で紅麗に言う。
「紅麗、天音を暫くたのむ。」
「了解。」
紅麗も小声で答えた。
「…雲行きが怪しいな。風輝、今から車、手配できるか?」
「はい、可能です。」
「なら至急、第三格納庫C区画に手配してくれ。俺たちは徒歩で行く。」
「はい。紅麗さんは?」
「天音を任せた。」
「なぜ私を?」
「偵察に優れているからだな。」
「私の腕前がAなら、灯来さんはS+は言ってるでしょうに。」
「それでも俺一人じゃ解決できんかもしれん。」
「…そうですね。」
「隣の第三格納庫D区画で張り込む。」
「連中、ですか?」
「まぁな。狙われるならあそこと踏んだ。あと、理由だが、もう一つある。」
「?」
「紅麗を休ませたい。」
「…灯来さんらしいです。照れ隠しってやつですかね?」
「真顔で言ったのに?」
「さぁ。ハハハ。」
そんな話をしながら進んで行く。
それから五分ほど。C区画の隅のコンテナの上、丁度D区画が見渡せる窓の位置に構えた。風輝が問う。
「ところで、前から気になっていたんですが。」
「何だ?」
「どうして私を紅麗さんやあなた…灯来さんと同じ扱いをされているんですか?」
「…あぁ、そういう。」
「あくまで私は第二諜報補佐官。補欠です。分隊を請け負っているわけでもない。」
「…俺とお前は同じ境遇だからだ。お前の両親も公務員共によって消された…。」
「そうですけど、あなたと違ってその理由や真意も知らない…。」
「俺は、ただ仲間が欲しかっただけなんだろうな…。同じ境遇だから。それだけだ。」
「…そうですか。」
「俺の孤独、寂しさを補うための仲間だ。いやなら止めてもらって構わない。」
「私は何度あなたに助けられたと思っているんですか?あなたが真っ当な正義を突き通す限り、私は…いえ、私たちは貴方についていきますよ。もう一人だなんて言わせません。」
「…ありがとな、頼りにしている。」
「はい。」
そこから数時間、ここで待ち構える。
五時間ほど経過し、雨がパラパラと降り始めた。そのタイミングで、ポンチョを来た男が三人、入ってきた。灯来は双眼鏡を取り出す。
「…間違いない、連中だ。」
「…了解。待機させます。」
風輝は無線をオンにして小声で言った。
「治安部隊、定位置に散開。」
「…お前も様になってきたな。補佐部隊を作ってやる。」
「光栄です。」
風輝はそう言った。
「確かあの箱は…。」
「持ち出し不可の箱です。上手いですね、ちゃんと別の箱を持ってくるなんて…。」
「持ち出そうとしたタイミングで俺が出る。あとは頼んだ。」
「了解です。」
彼らの内一人が、箱に手を付けた。その時、灯来は超人並みのジャンプ力を発揮して、彼らの前に降り立った。
「疑わしきは罰する…。よく言うがこれは、確信犯だな…。」
睨みながら脅迫じみてそう言う灯来。
「てめ、ガキが!」
乱闘が始まった。
「…これは、負けそうにないですね。本当、何したら負けるんですか、灯来さん。」
風輝が見守る中、灯来は三人と乱闘を繰り広げる。
「殺す!」
まず一人目を背負い投げる。
「畜生!」
二人目の殴りをかわして、腕を引いて前に転ばす。
「ぅらぁ!」
三人目は腹に一撃、さらに背負い投げ。三人はあっという間に撃沈した。
「…さぁて、これからいろいろと、吐いてもらうよ。」




